124.時を超える一矢
抹消結界にティルフィングの刃が激突する!
真なる力を解放したティルフィングは黄金色の輝きと共に、刀身に留め切れなかった膨大な魔力を周囲に溢れさせる。
「ほうほう、私自ら手掛けたというのに触れて消えないとは流石はティルフィングだけありますね……」
淡々と状況を口に出し確認するヒュレル。
その顔には一切の焦りが無く、この術に対する絶対的な自信が感じられる。
「だが、その程度で抹消結界を抜けられるとは思わないで欲しいですね」
ヒュレルは断言する。
事実、ティルフィングの刃は抹消結界に食い込む事は無く、さりとて押し戻される事も無くその場で拮抗する。
「万象分け隔て無く滅ぼす『抹消』の力! 神の力に例外など無いわァ!」
ヒュレルが抹消結界に向けてゆっくりとその手をかざす。
次の瞬間、膜のように張り巡らされていた結界が大きく胎動し、ティルフィングごとリズレイスの小さな身体を弾き飛ばした!
空中で受身を取ったので地面に叩き付けられる事は無かったのだが、着地した途端にリズレイスの様子に異変が起こる。
着地には成功したのに、その場で膝が地に付き、ティルフィングを取り落とす。
そのまま前のめりに倒れ込むリズレイス。
「ティルフィングは、三度願いを叶えた後に持ち主の命を奪う……よもや四度目が来るとは思わなかったが、やはりその代償は――か」
リズレイスは自らの手から零れ落ちた、未だ黄金色の輝きを放ち続けるティルフィングに視線を投げながら、呟く。
絶大な力を持つが、魔剣という呪われた力を持つ剣。
三度目の願いを叶えた後に持ち主の命を必ず奪う剣、それ故に四度目など有り得ない事なのだから、リズレイスの言葉も頷ける。
「潮時なのは感じてたが、一矢すら報いる事が出来ないとは、な……」
「! リズレイス、アンタ――」
「今代の魔王、サミュエルよ。後の世は……任せた、ぞ……」
ヒュレルの衝撃の告白を受け、思考が追い付かず呆然と立ち尽くしていた一行。
いち早く動き出したリズレイスの次に立ち直ったのはカーミラであった。
何かを感じ取ったのか、リズレイスに向け悲痛な声を上げる。
そんなカーミラに被せるように、時間が無いとばかりに手短に、
自らが果たせなかったその願いを。サミュエルへと託すリズレイス。
その言葉を最後に、アーニャの内からリズレイスの気配が消滅する。
「……魂を使い潰して消えましたか。魔力供給がまともに出来ない状態でそんな事をすれば当然ですね」
倒れていたアーニャを見下すように確認し、溜息を付きながら大袈裟な手振りでやれやれ、とばかりに呟くヒュレル。
「――貴様アアアアアァァァァァァ!!」
混乱が収まった後は、恨み、怒り、嘆き。
その全てが混ざり合った、感情に押し出されるかのように怒声を張り上げるクレイス。
最愛のヒトの死も、その後自らが取った行動その全てが。
掌の上で踊らされ続けていただけだったと知ってしまったヒュレル。
氷のように冷静だった彼の姿は既にそこには無く、激情に駆られるばかり。
「ハッハハハハハアアァァ! その怒りで魂を燃やしたまま――消えろ!!」
そんなクレイスの激昂っぷりを見て、愉悦に心躍らせるヒュレル。
魔王や勇者の力をもってしても全く動じなかった抹消結界が、ヒュレルの指示に従って動き出す。
魔王達の周囲を取り囲むように展開されたその結界の領域が、徐々に徐々に狭まり小さくなっていく。
猫が鼠をいたぶるが如く、真綿で首を絞めるかの様に。
視認こそ出来ないが、結界が狭まっていく度にその周囲を漂う塵などが跡形残らず消し飛ばされていくのが認識出来る。
「このまま押し潰す気か!」
「押し潰すという表現も違いますねぇ、『抹消』するんですよ、この世から完全にねぇ!」
「くそっ、中央に固まれ!」
アレクサンドラの言葉に言われずともといった具合に他の面々も集まる。
しかし所詮は時間稼ぎ。
四天王も、魔王も、勇者も。
彼等が持つ手札、切り札。
その全てがこの抹消結界には通用しない。
この世界で最強とも言えるであろうこの面々ですら、ヒュレルの術を破る事が出来ない。
それは即ち、この世界に抹消結界を破る手段は存在しないという事実。
中央に逃げても、いずれ結界はそこまで狭まっていく。
――明確な死が、消滅が近付いていく。
「どう足掻こうと! この世界の家畜共に我が抹消結界、破る事叶わんわアァァ!」
長年の苦労が報われる、その瞬間が遂に訪れる。
その事実に歓喜の雄叫びを上げるヒュレル。
しかし、その時は訪れなかった。
ヒュレルの頭部が、右から左に向けて不自然に傾く。
頭部に加わった不意を突いた衝撃に、ヒュレルは耐え切れずにその身体を吹き飛ばされる。
本来、下顎だけ残して頭蓋骨諸共熟れたトマトの如く弾け飛んでいてもおかしくないその一撃を、
原型を留め吹き飛ばされる程度で済んだのはヒュレルという存在だからこそだろう。
遅れて、その場を走り抜ける乾いた炸裂音。
その音は、以前カーミラとアレクサンドラが耳にしたものと非常に酷似していた。
一連の出来事、それは一秒にも満たぬ一瞬の出来事であった。
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「自分の腕を過信するな、相手を過小評価するな! この一撃で相手を仕留めたと思うな!」
荷物を冷静に、しかし急いで纏める男。
「常に反撃が飛んで来ると思え! 全力でこの場から撤退して距離を取れ!」
言葉を反芻し、自らに言い聞かせるようにしてこの場から駆け足で立ち去る。
その足取りは重装備を担いだ並の一般人の物とは思えぬ程の速さであり、下手すれば馬車より早いかもしれない。
カーミラから供給された魔力による補正が大きく影響しているのが目に見えて分かる。
男の名はアルフ。
亡国の力、失われた技術をただ一人受け継いだ存在である。
ジャイアントキリング(狙撃)




