123.衝撃の真実
「汝は槍、穿つは紫電の閃光! ライトニングスピア!」
「貫け氷針! アイシクルニードル!」
カーミラとクレイスが互いにタイミングを合わせ、魔法を発動する。
氷の針に雷の槍が同時にヒュレルに向けて飛来する。
しかしヒュレル目掛け放たれた筈の攻撃はヒュレルに届く事は無く、
直前で見えない壁に弾かれたかのように霧散する。
「聖浄なる意思宿し、舞い踊れ剣閃! 天舞聖連斬!」
しかし打ち消された直後、カーミラとクレイスの魔法が直撃した箇所目掛けアレクサンドラの無数の斬撃が放たれた!
聖剣による閃きがいくつもの軌跡を描くが、そのどれもがヒュレルには届かない。
「盛れ焔、我が信念をその刃に乗せ、狂者を葬り去れ! 魔王恢焔刃!」
「おりゃああああぁぁぁぁ!!」
カーミラとクレイス、そしてアレクサンドラの一撃に続く。
魔王サミュエルはティルフィングに己が魔力を練り上げ、岩すらバターの如く溶断する熱剣がヒュレル目掛け振り下ろす!
更にドラグノフが触れただけであらゆる魔法効力を打ち消す槍、ガジャルグの一撃が魔王と同時に炸裂する!
竜人の豪腕に魔族最強たる魔王の一撃。
この場には魔王と四天王の内3名、更には勇者がいるのだ。
その全員が共同で放つ一撃。
この世界にこんなモノを受け切れる存在などいない。
「おや、無駄な足掻きってやつですか。良いですよ、付き合ってあげましょう」
そう、いないはずなのだ。
だが目の前の男、ヒュレルはまるでそれが当然とばかりに涼しい顔で言ってのける。
一行の放つ攻撃のその全てが、ヒュレルの目の前で打ち消され、届くことが無い。
壁や結界、そんな生易しい物ではない。
一行を閉じ込めるべく生み出されたそれは、そこで世界が断絶しているかのような堅牢さを誇った。
「そしてそれが、無駄な足掻きだったと分かってしまった時。その時こそ最も絶望の色が濃くなるんですからねぇ!」
愉快そうに口角を釣り上げるヒュレル。
この男が作り上げたという抹消結界という名の結界魔法の前に、
世界最強と言っても過言ではない者達が一堂に集ってもヒビ一つすら入れる事叶わなかった。
「何だ……!? 何だこれは!?」
「何で……何で壊れないのよコレ!」
「だからさっき言ったでしょう。抹消結界、それがこの術の名ですよ。その名の通り、『全て消し去る』だけですよ」
ほぼ同時に、信じられない物を見た事による動揺や焦りが滲む魔王とカーミラの声。
そんな両者を見やりつつ、物分りの悪い相手だと言わんばかりに溜息交じりで再度説明するヒュレル。
「しかし、普通触れればエモノごと問答無用で消し飛ばすはずなのですが。武器の性能は流石とでも言っておきましょうか? 抹消結界の出力に追い付くとはね」
魔王、四天王、勇者ではなく、彼等が持っている武器を見ながらその武器だけを賞賛するヒュレル。
魔王達の実力は全く眼中に無いと言わんばかりに振舞う。
「……私達を閉じ込め、一体どうする気ですか?」
ヒュレルの態度に不快感を表しそうになるも、その感情を振り払い淡々と質問するクレイス。
これ程の結界魔法を使用出来る以上、ヒュレル自身からは魔力を感じないが、
何らかの方法で魔法を使用しているのは確かなはず。
しかし、これ程の魔法を使用出来る男が、一体何を考えて魔王や四天王、勇者を狙い捕らえたのか。
その意図が読めない。
「――春に植えた苗を秋に収穫し、実った果実をもぎ取り、成長した家畜を喰らう。それと同じ事ですよ」
「私達を食うとでも? その手の冗談はせめてドラゴン位の風貌で言って貰えませんか?」
ヒュレルの例えに冗談交じりの手振りで答えるクレイス。
しかし目は笑っておらず、冷静にヒュレルを観察する。
先程の攻撃を意に介さない相手だ、警戒はし過ぎるに越した事は無い。
「まあ、食うというのはちょっと違いますけどね。私には魔力が必要なんですよ、それも途方も無い程の量がね」
「ふん、我等から魔力を掠め取ろうという魂胆か? なら力尽くでさっさとしたらどうだ? それともさっきから安全圏に退いている辺り、その自信が無いのか?」
ヒュレルの回りくどい話に業を煮やした魔王が挑発する。
逃亡不可能な状況ではあるが、魔王の態度にはまだ余裕が見える。
そんな魔王を面白くないとばかりに表情を歪めるヒュレル。
腕を組み、一人考え込み。しばらくした後に何か閃いたかのように表情が笑顔へと変わる。
しかしその笑顔は加虐心に満ちた、邪な笑顔であった。
「そうですねぇ……折角ですから、サービスしてあげましょうか……クックック!」
これから起きるであろう事を想像し、笑いを堪えきれないヒュレル。
「では、少し昔話でもしましょうか? どうせ貴方達はそこから逃げられないんですからねぇ。付き合って貰いますよ?」
有無は言わさない、とばかりにヒュレルは昔話を始める。
「昔々ィ、ある所に人間と魔族が居りましたぁ。二人は人間と魔族でありながらも、同じ村で生活し、種族の垣根を越えてまるで兄弟のように育ちましたぁ。しかしその村はそれを良しとしない集団によって攻め滅ぼされ、その二人を残して村は滅んでしましましたぁ。しかしその二人はそこで挫けず、このような悲劇が二度と起こらぬよう、強さと信念を持って世界の在り方を変えるべく動きましたぁ。それが一つ前の先代魔王、そして先代勇者なのです。ですが、そこで悲劇が起きましたぁ」
一呼吸間を置き、衆目を集めるように振舞うヒュレル。
「兄弟のように育った二人は、当然人間と魔族の関係ではありますが相手を信頼していましたぁ。しかしどうでしょう? その二人は何と! 何の罪も無い人間や魔族の村や町を襲い始めたではありませんか! 気を許しあったのは所詮はまやかし、その根っこは人が魔族を、魔族が人を憎む、世界の在り方そのものでした! その事を許せなかった二人は、魔王城にて決戦を繰り広げ、やがて相討ちに近い形でその生涯に幕を下ろしましたぁ」
「……それがどうしたってのかしら?」
癪に障る話し方に苛立ちを隠し切れないのか、それとも自らの胸中に秘めた何かに触れたのか。
座った目でヒュレルを睨み付けるカーミラ。
「まぁ、これは昔話の一つ。聞き覚えがある方々も多いのではありませんか? ではもう一つお話させて頂きましょうか?」
一区切り付いた昔話を終え、続けてヒュレルはもう一つの昔話を話し始める。
その話を耳にした途端、クレイスの目が見開く。
「昔々ィ、ある所にエルフ族が住まう村がありましたぁ。そこで暮らす二人の若い男女、その二人は半ば親友、半ば恋人といった甘酸っぱい関係でしたぁ。だがしかし! その仲睦まじい関係は長くは続きませんでした! 何故なら、人間の集団がその村を襲い、逆らう者は皆殺しに、抵抗出来ない者は奴隷として連れ去ってしまったからです! 男は所用で村を出ていた為に難を逃れましたが、女はそうは行きませんでした! 抵抗虚しく女は深手を追い、その命潰えてしまいましたぁ。そして男は人間達を憎み、剣や魔法の腕前を磨き、魔王の片腕と呼ばれる程の実力を手に入れ、四天王の座に収まりましたとさ。めでたしめでたし、そうでしょうクレイスゥ!」
「貴様――!? 何でそんなに詳細に知っている!?」
「だから言ったでしょう? 私と貴方は以前逢っていると。まぁ『認識』をいじったので私の事は思い出せないでしょうがねぇ。それじゃあ、ちょっとした昔話はこれで一旦終わりましょうか」
調理を終え、食卓に並べられる豪華な食事を待ち切れない子供のように、落ち着きの無い様子を見せるヒュレル。
早く話してしまいたい、そんな風に見て取れる。
「さて、ではこの面々の中で先代魔王や先代勇者の姿を知っている者は居ますか? まぁ、当然居ますよね? その当時も四天王であったカーミラさん?」
「……だったらどうだって言うのよ」
ヒュレルに水を向けられ、不快そうに吐き捨てるカーミラ。
攻撃してやりたいが、その攻撃のことごとくが打ち消される為、この感情のやり場が無いのだ。
「なら見せてあげましょうかァ!? もっと面白いモノを! 限定幻影認識!」
ヒュレルがその術の名を高らかに宣言する!
一瞬だけ虹色の靄にヒュレルの姿が包まれ、その姿を大きく変える!
肌の色はサミュエルと同じ青色へと変わり、優男な体格は筋骨隆々という表現が相応しい姿へと変貌。
髪は腰まで伸びた青髪であり、あまり手入れはされていないのかボサボサである。
全身を魔王サミュエルが今身に付けている物と全く同じ黒い鎧で包んでいた。
その姿、その声。それは正しく、『魔王リズレイス』であった。
「人と魔族の共存ン? 駄目でしょうそんな事しちゃあ! この世界には争乱と死で何時までも満ちていて貰わなきゃあ! だから私が代わりにいくつか村や町を滅ぼしておいてあげましたよ! この姿でな!」
一体、目の前で何が起きているのか?
その余りの驚きに、思考が追い付かない一行。
更に追い討ちを掛けるかのように、再びヒュレルは限定幻影認識を発動する。
再びその姿が靄へと包まれ、外見を変える。
薄いブロンドの髪に、健康的な範囲での白い肌。
墓前に突き立てられ、以前の戦いでその剣としての生涯を終えたはずの数打ちの剣を携え、
まだ幼さが若干残る愛らしい顔。『シア』がそこに居た。
「ごめーん☆ クレイス君の故郷、襲うように指示出したの私なんだー☆」
可愛さをアピールするかのように、軽く握った自らの拳で自分の頭を軽く小突くヒュレル。
効果時間が切れたのか、自ら解除したのか、限定幻影認識の効力が消失し、
再び出会った時のヒュレルの姿へと戻る。
「ハーッハハハハハァ! 今明かされる衝撃の真実ウウゥゥ! 私の掌の上で踊り続けるその様! 実に滑稽でしたよォ!」
頭の回転が追い付かず、呆然としていた一同。
ヒュレルの言葉の呪縛から一番最初に立ち直ったのは、アーニャ……いや、リズレイスであった。
疾風の如き速さで駆け出し、サミュエルの手からティルフィングを掠め取る。
両腕で構え、振りかぶる。
そして怒声と共にその真名を開放する!
「吠えろ! ティルフィング!!」
刀身や柄、その全てがリズレイスの声を受けて黄金色に輝きだす!
魔剣ティルフィング、その真の力がここに解き放たれた!
ジャンジャジャーン! 今明かされる衝撃の真実ゥゥ!!
分かる人には分かる
知らない人はググるなよ?
 




