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12.魔物と魔族

 カーンシュタイン城跡を発ち、魔王城へと戻ってから数日後。

 昼下がりの魔王城、中庭の角に位置するテラスにて私は午後の一時を満喫していた。

 白木の椅子に腰掛け、テーブルの上に置かれたティーカップの中身を飲み干す。

 カップに注がれていた紅茶は魔族に伝わる物らしく、

 人里に居た時に飲んだ物と違い味も香りも濃かった。

 何だか高級そうな印象を覚えたが、銘柄とかそういうのは分からない。

 なにぶん紅茶には疎いので。


「そういえばさ、魔物と魔族ってどう違うんだ?」


 対面に座っていたカーミラにふと質問を投げかける。

 カーミラの太腿の上にはアーニャが鎮座しており、そのアーニャの頭をカーミラは優しく撫でていた。

 

 ……もし妻が生きていたら、こんな光景になっていたのであろうか。

 そんな妄想が脳裏を掠めるが、すぐに振り払う。

 過去ばかり見ていても仕方ない、娘の為を思うなら今を見るべきだ。


「あら、そんな事も知らないの?」

「そんな事を気にするような機会が今まで無かった物で」

「じゃあ何で今更になってそんな事を気にするのかしら?」

「何で……かと言われると……」


 今の今まで、魔物も魔族も人間の敵という漠然とした認識しか持たずに生活していた。

 そもそも魔族を見たのは村が襲われたあの時が初めてだし、

 魔物も今まで生きてきた中で数回しか見た事が無い。

 私が住んでいた村があった大陸は、王国が定期的に魔物の討伐遠征を行っていたのでかなり安全な国なのだ。

 そのお陰で私の住む辺境の村も安全に生活を送れていた。


「理由はどうあれ、今の私達は魔王城に住んでいる状態。だったら多少なりとも魔物や魔族の事は知って置くべきかなと思いまして」

「で、何でそれを私に聞くの?」

「いや、その、話し易そうな方が貴女しか居なかったもので……」

「あー……うん、気持ちは分かる」


 魔王城に居る魔物や魔族。

 恐らく実力で選ばれているせいかどんなに背丈の小さい者でも2mを優に超す巨躯の持ち主ばかりである。

 オマケに強面。更にその姿も山羊やコウモリや蛇のような人から離れた不気味で恐ろしい見た目の者ばかりだ。

 まだ人に近い姿をしている分、魔王やクレイスの方が話し易いレベルといった具合であった。


「私もここに居場所を見付けてから、あの見た目に慣れるには時間掛かったし。ましてや普通の人間な貴方からすればねぇ」


 カーミラにもどうやら納得して頂けた様子。

 ただの一般人の私がいきなりあんな存在と会話とかハードルが高過ぎます。


「魔物と魔族、か。うーん、そうね……あぁそうだ調度良い例があるわね」


 何か思い付いたようにカーミラは手を叩く。


「貴方が見た事がありそうな、ゴブリン、コボルト、オーク辺りが例として調度良いのよ。じゃあ問題。さっき言った種族、魔物だと思う? 魔族だと思う?」

「私も以前、遠目ですがコボルトなら見掛けた事がありますが……あれは魔物な筈ですが」

「うん、正解よ。でもね、不正解でもあるのよ」

「……どういう事ですか?」


 あれは魔物では無いのか、そうなのか。不鮮明な回答だ。

 以前コボルトを見掛けたのは……作物が育たず貧困に喘いでいた年だった。

 山師に頼んで狩りに同行させて貰った際に、谷を挟んで向こう側に存在したのを見掛けたのが最初で最後だ。

 コボルトも此方を捕捉したのか視線が交差するが、流石にコボルトも谷をわざわざ越えて此方に来る事はしようとしなかった為事無きを得た。

 あの時見たコボルトは、正に獣そのものの用に思えたが。


「あいつ等、大半は魔物よ。でもたまーに頭が良い奴が生まれてね。そういう奴は言葉を喋ったり同属を率いて群れを統率したりするようになったりするの」

「……もしかして、同じコボルトでもそうなると魔族になるのですか?」

「うーん、でもね。群れを率いるだけじゃ魔族じゃないのよね。重要なのは意思疎通が出来る事ね」

「意思疎通、ですか」

「そう。意思疎通が出来て、自分が魔族だ。そう名乗った時点で魔物であるコボルトではなく魔族のコボルトになるのよ。ゴブリンやオークなんかも同様にね」

「……えっと」


 魔族だ、と言っただけで魔物ではなく魔族になる。

 それってつまり……


「ま、ぶっちゃけると名乗ったモン勝ちね」


 やっぱりそうなのか。

 まさか魔物と魔族の違いが、そんな単純な差だったとは。

 流石に拍子抜けだ。


「……何か、魔物と魔族って凄く単純な線引きだったんですね。もっとこう、家柄がどうとかって言うのが絡んでくるのかと思いましたよ」

「魔族にも優良な家柄っていうのは存在するけど、魔物と魔族の世界は人間達と違って純粋に力が全てだからね。劣等種とか呼ばれているような魔物でも意思疎通が出来て名乗っただけで魔族になって、それに力まで備わったりすればあっという間に上に駆け上がったりするし、逆に優秀な家柄に生まれた魔族だろうと、力が備わって無ければ末路は酷いモンよ」

「力が全て、ですか……物騒ですね」


 確かに人間社会とは違う点だな。

 私達人間は実力よりも縁故を重視する傾向が強い。

 王が次の王を決める時は当然血縁関係の中から選ぶし、

 村の村長を決める時も、余程の事が無い限り現村長の家から次の村長が選出される。

 しかしこれはどちらが優れているとは言い辛いな、

 魔物や魔族の世界は力が全てって事は、まともな法が無いって事だろう?

 気に入らないヤツが居れば、力で押し潰す事が何にも囚われる事無く出来るという事だ。


「これが魔物と魔族の違いよ。それからこれは補足なんだけど……魔族になる条件は『意思疎通が出来て自分が魔族だ』って名乗るだけって言ったわよね?」

「言いましたね」

「これはつまり、貴方も魔族になれるって事でもあるのよね」

「はぁ……?」


 思わず間の抜けた声が漏れてしまう。

 いや、意思疎通が出来て自分が魔族だと名乗る。

 これは人間でも出来る事であって。


「ま、人間で自分が魔族だー。……なんて事言ってるヤツなんて見た事無いけどね。それに人間側から見れば気でも狂ったかって処刑されかねないし」

「それは……確かに」


 魔物や魔族は人間の敵。

 そう教わっているのに自分が魔族だ等と名乗りを上げる訳が無い。

 頭がおかしいヤツだと思われるのが関の山だ。

 仮に実力が伴っていたとしても、それはそれで今度は王国軍や教会が出動するような大騒動になってしまうだろう。


「これが魔物と魔族の差。人間だって、喋らない家畜や獣なんかは物扱いするでしょ? それと同じ事よ」

「成る程、良く分かりました」


 魔物と魔族の違いは、要は意思を持ち話し合える存在かただの獣かというのが最大の点なのか。


「……カーミラがこちらに訪ねて来るとは、珍しい光景ですね」


 突如、カーミラの表情に不機嫌さが満ちる。

 その直後、嫌味をたっぷり混ぜ込んだ口調の声が背後から飛んでくる。

 後ろを向くと、そこにはクレイスの姿があった。

 あぁ、アンタ生きてたんだ。

 別にあのまま死んでも良かったのに。


「……あら、クレイスじゃない。空から落ちて死んだって聞いてたけど」

「えぇ、あの程度で死んでたら魔王様の側近である四天王など務まりません……それに気付いてれば……私が落ちて無事に済むならあのアーニャだって……」


 何やらブツブツ呟いてるが、まだアーニャに危害を加える気が完全には無くなっていないようだ。

 もう好い加減諦めてくれよ。娘が邪神とやらの力でどんなに強かろうと、娘に害意を向けられているのを見て気にしない親など居ないのだから。


「それにしても人間と暢気に談笑ですか。貴女も魔族を名乗るなら、そんな不潔な行為やめたらどうですか?」

「別に私が何処で何をしようかなんて勝手でしょ、用件がそれだけなら帰りなさいよシッシッ」


 まるで犬を追い払うように手でひらひらと払う仕草を取るカーミラ。

 フン、と鼻で笑う仕草と共にクレイスは魔王城内へと消えて行った。


「……やっぱりアイツ好かないわ。別に私が何処で何をしてようが勝手じゃない、アンタは小姑かっての」

「こじゅうとめ?」

「お父さんかお母さんの姉妹の事だよ」

「わるいやつなの?」

「悪いかどうかは……人によるね」


 カーミラの膝の上で大人しく座っていたアーニャの質問に優しく答える。

 まぁ私には兄弟姉妹は居ないから、小姑も小舅も居ないんだけど。


「昔ばかり見てても仕方ないと思うんだけどねぇ。クレイスのヤツもさっさと前を向けば良いのに」

「昔ばかり見てても……ですか」

「あら、貴方も以前諦めが肝心って言ったじゃない」

「そういえばそうでしたね」

「折角の人生、楽しまなきゃ損じゃない。親は誰だって、子には笑って生きていて欲しいと思う物じゃないかしら?」

「そうですね。そう、思います」


 私も娘には、至極真っ当に。幸せに生きて欲しい。

 こんな訳の分からない魔術で、アーニャの人生を歪められるような事はあってはならない。

 そう思いつつ、今日もまた吉報が来るのを待つのであった。

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