118.託された者
「成る程、次は私という訳ですね」
時は少し戻り、魔王一行はドラグノフ、カーミラに後ろを任せて更に遺跡の奥へと進んでいた。
室内が魔法の光で満たされ、目の前には一振りの剣を携えた亜人族の魔族がようやく来たか、とばかりに魔王達を窺っている。
手にした剣はこれまでの道中目にした武器と比肩するだけの膨大な魔力を放っており、
持つだけの実力を有さぬ者が無理矢理使用を続ければ、物言わぬ廃人になるのは間違いない。
その例に違わず、目の前の魔族の男は最早その目に光が宿っておらず、
心や人格といった自分が自分である為に必要なその全てが死に絶えているようだ。
「茶番に付き合うのは気乗りしないのですが、魔王様の歩む道の露払いこそが四天王の務め、私の仕事ですからね」
魔王の側にいる四天王がもうクレイスしかいないので、
その言葉を体言するかの如く自然な流れで魔王の前に立ち、待ち構えていた魔族と相対するクレイス。
「良くもまぁ、これだけの武器を揃えられる物だな」
「ええ、本当ですよ。使い手は兎も角、武器の持つ力だけならガジャルグやティルフィングにも匹敵するんじゃありませんか?」
「……かもしれんな」
クレイスの問いに一瞬躊躇いながらも、肯定する魔王。
ガジャルグはともかく、ティルフィングは先代魔王から受け継ぎ、相応の誇りを持ち、敬意を払って使っている魔剣だ。
それと比肩するような存在などありはしない、あってほしくないという思いと、目の前にある代物。
気を抜けば意識すら刈り取られそうな程に理不尽な量の魔力を有した剣を見比べ、
内心悔しがりながらも、そこは素直に認める。
「――この者も精神汚染を受けてますね。適正の無い者が、それだけ強力な武器を扱えばそうなるのも当然ですね」
この者もまた、身の丈に合わぬ武器を持たされ精神を焼かれた被害者。
しかしクレイスは一切同情の素振りを見せず、淡々と魔王を奥へ向かうように後押しする。
「ではこの場は私が引き受けましょう。魔王様は急ぎ反乱分子の元凶の征伐を」
「分かった。無理はするなよ」
二つ返事でクレイスをその場に残し、奥へと進む魔王。そしてアーニャ。
互いが互いの実力を認めているからこそ、有事の際でも後顧の憂い無く後を任せられる。
確かな信頼関係が構築されている魔王サミュエルとクレイスだから出来る淡々とした応答である。
「……国内に混乱が起これば、他国の人間共の侵攻する隙に繋がります。反乱分子は他国が付け入る隙すら与えぬ内に摘み取る必要があります、それ故に早さが必要……だから、さっさと消えて貰いますよ。恨むなら、そんな代物を持ち込んだ相手を恨んで下さい!」
もう目の前の魔族は助からない。
仮に無傷で倒したとしても、ここまで精神汚染が進んでしまえば廃人は避けられない。
ならば自我も無く無為に生き長らえる醜態を晒さぬよう、一思いに殺してやるのがせめてもの情け。
とでも言いたいのか、クレイスはそれを態度で示す。
腰に帯刀していた一振りの剣を引き抜き、足元の床を踏み抜くような勢いで飛び込み、問答無用とばかりに切り結んだ!
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もうじき日が落ち、山の向こうへ消えて行く夕暮れ時。
全身を黒衣に包んだその男は、刀身を布で包んだ大剣を側に寝かせ、適当な樹木に背中を預けて身体を休めていた。
目を閉じてはいるが、遠目から見ても全く隙が見当たらなく、その全身一挙手一投足がまるで抜き身の刃のような鋭さを放っている。
彼の名はルードヴィッツ。
以前魔王城へと侵入し、魔王とその配下全てと交戦し、まるで意に介さず退けた挙句何処へと逃走した男である。
アーニャの内に宿る何者かも彼を知っており、世界を滅ぼす手助けをしたとも言っているが、
その真偽は最早時の流れに吹き消され、確かめようが無い事となっている。
瞼を閉じ、その身を世界に委ねるように脱力したルードヴィッツの眉がピクリと動く。
誰にも気付けない、しかしだからこそ「それ」を感じ取ったルードヴィッツは即座に側の大剣を背負い、
自らが感じ取った魔力反応の場所目掛け全速力で駆け出す。
もうすぐ闇夜の帳が下りる薄闇の中だというのに目的地目掛け、猪の如く力強く一直線に。
しかしながら障害物があれば時に猫科の動物の如く全身のバネを使い高く跳躍し、土を蹴り上げ、障害物を飛び越えていく。
蒼と紅の瞳が見据える先は、未だその頂を白く染め上げた遺跡の跡地。
姿捉える事すらやっとのその黒き影は、眼光鋭く狙い定め、真っ直ぐに猛進していった。
後書きのネタ尽きてるんだけどどうすりゃ良いのさ?




