116.最後の将
魔王達一行が発った後、反乱分子の侵攻が始まった。
このレオパルド城下街は伊達に魔族最強の王、魔王のお膝元を名乗っていない。
街や人々を外敵から守る防衛機能たる城壁も堅牢な作りをしていた。
反乱分子の中には魔法の使い手もいたらしく、城壁を破らんとして次々に魔法攻撃を仕掛けるが、
魔王直属の魔法兵達がそうはさせまいと次々飛んで来る魔法攻撃を相殺し撃ち落としていく。
中には巨人の魔族に槌を持たせ、城門を打ち破ろうとその腕を振るい、衝撃が壁にまで伝わるような一撃を打ち込む。
魔法攻撃のような強力な一撃さえ防げば、門以外は石造りの外壁だ。そう易々と破壊する事は出来ないだろう。
だがだからこそ、門は土嚢や積み上げられる代物を掻き集めて封鎖、強度を補強し耐え凌いでいる。すぐには突破は出来ないだろう。
それ故に城壁を乗り越えようと梯子や縄を壁へ掛け、街へと押し入ろうとする洗脳兵達。
アリのように這い上がってくる洗脳を受けた兵を必死に槍の柄で突き落とす守衛達。
いっそ殺してしまえば二度と動かない分対処は楽なのだが、クレイスからの厳命によりここの兵達は彼等を殺す事を許可されていない。
そもそも殺して良いのなら、こんな風に後手後手になる事など無いのだ。
接近を確認し次第、城壁の上から魔法や矢の雨を存分にお見舞いしてやるだけだ。
多少の被害位は出るだろうが、洗脳された有象無象と錬度や士気の高い魔王直属の兵とでは戦力が比べるだけ無駄な程開いている。
地の利も装備の差もあり、全てに勝る魔王軍が負ける理由が無いのだから。
だが、彼等は戦争を生業とした者でも、自らの意志で弓引く謀反者でもない。
ただ一人の命で自らの意志に関係なくその刃を振るう被害者なのだ。
それ故にクレイスは、彼等を殺める事を認めなかった。
撃退のみで留めるように厳命したのだ。
無論、防衛という任でも魔王軍は十分に働いた。
しかしながら殺せない以上、敵の数は減らない。
這い上がった者達から順々に拿捕しろというのは土台無理な話。
防衛線が破られるのは時間の問題であった。
「駄目だ! こっちはこれ以上持たない!」
「殺し殺されをする位なら一歩退き体勢を立て直せ! これはクレイス様からの直々な命令だ!」
「了解しました! 申し訳ありません、一歩退きます!」
城壁が機能していたのは、ほんの数刻前までであった。
見てから迎撃魔法を使用する以上、敵の魔法攻撃を撃ち落とすにも限界がある。
撃ち盛らした魔法による攻撃が城壁を叩き、徐々に亀裂を走らせていく。
敵も馬鹿ではない。城壁に弱った箇所が出たと見るや、そこへと攻撃を集中させる。
そして遂に城壁は破壊され、そこから決壊した河川の如く城下街へと侵入していく。
無論、専守防衛では限界が来るのはクレイスも分かっていた。
だからこそ、破られた先の手も打ってあった。
人々が城内へと登城し、人気が失せた所から次々に簡易バリケードを設置。
城下内をブロック毎に区切るようにして侵攻の手を少しでも遅らせるようにした。
当然、街に多少の被害は出るだろうが、それでも命が失われるよりはマシだ。
城壁と簡易バリケードを生かしつつ、可能な限り殺さず、殺されずに徐々に後退するように魔王軍は戦い続けた。
日も傾く程に時間が経ち、容赦ない反乱分子に対して手心を加えた攻撃しか出来ない魔王軍は当然、追い詰められていた。
じわりじわりと後退し、遂に勅命という名目で集め保護している民衆が待つ魔王城の城門前まで反乱分子は迫った。
流石に魔王城を取り囲む城壁は城下を守る壁とは比べ物にならない程堅牢で、梯子程度ではどうにもならない程に高い。
翼を持つ魔族が飛び越えようにも、流石に地面と比べて空を飛んで行っては魔法や矢の雨に晒されて辿り付く前に撃ち落とされるのが関の山だ。
故に城門を破るのが一番賢明なのだが、そうはさせまいと城門にありったけの荷物を積み上げ、
その荷物を押し込むように何十名もの兵が反乱分子の攻撃の衝撃を抑え、受け止める。
ここまで耐えてきたが、ここが分水嶺。
外壁も、街もまだ許せる。
だが、ここから先だけは譲れない。
この先には、戦う術のない民衆が肩を寄せ合っているのだ。
戦う力がある兵達が、その身をもって絶対に止めねばならない。
「絶対にここで食い止めろ! ここが本当の最後の砦だ! これ以上の侵入は絶対にまかりならんぞ!」
「兵長の言う通りだ! お前等気張れよ!」
門の向こうから聞こえる、反乱分子の雄叫びに掻き消されぬよう。
血走った怒声のような大声を張り上げる魔王軍一同。
城壁の上からの援護もあり、勢いこそ弱まっているが、所詮は決定打を撃てない手抜きの一撃。
何時かは限界が来る。
だが、その限界が来る時間を少しでも引き延ばすのが魔王軍一同に与えられた使命。
一時間でも、一分でも、一秒でも多く。
時を稼ぎ、魔王が首謀者を討つ為の時間を稼ぐ。
そう考え、策を弄し。必死に堪えてきた。
――だが、遂にその時が訪れる。
吹き上げられた木の葉のように、数十名の魔王軍の兵達が宙を舞う。
バリケードごと破壊され、悲鳴と共に扉はその姿を無残なものへと変貌させた。
城壁が破られ、遂に魔王城内、中庭へと反乱分子の侵入を許してしまう。
一斉に駆け出し、本丸である魔王城目指し侵攻する反乱分子。
中で控えていた魔王軍も総出で取り押さえようとするが、数が多すぎて手が足りない。
今までの侵攻速度を少しでも下げようと設置していたバリケードの類も最早存在せず、
城の入り口まで正面が完全にがら空きとなっている。
足の速い魔族の一部が、遂に扉へと辿り付く。
この扉を開ければ、その先は完全な城内である。
最早民衆を守る壁は、この扉一枚だけとなってしまった。
彼等の本意ではないだろうが、下卑た笑い声を上げる反乱分子達。
ようやく辿り付いたぞとばかりに気を取り直し、扉を押し開けるべく勢い良くその手を突き出す!
その時であった。
魔王城、その最後の壁である本丸の扉が破砕音と共に吹き飛ぶ。
しかし、吹き飛んだ向きは内側から外側へ向けてである。
即ち、中から破壊されたのだ。
その扉の破壊に巻き込まれ、扉の前にいた一部の魔族が宙を舞う。
軽い地響きが断続的に続き、その正体が城の奥から現れ、日の光に晒される。
磨き上げられたその全身が陽光を乱反射し、さながらその姿は光の巨人であった。
城の入り口、その天井部分を破壊しながら出てきたその図体は巨人と言うに相応しいものがある。
魔王城の三階にまで手が届きそうな程の巨躯であり、その高さは優に10メートルはあるかもしれない。
全身を覆うフルプレートの甲冑姿であり、その目元からは魔法によるものか、自らの意志を感じさせない無機質な赤い光が鈍く灯っている。
一歩外を踏み締めれば、その足元が揺れ、地面にちょっとしたクレーターかと見紛う程の足跡を刻む。
それだけで重量が最早ドラゴンすら敵わぬような超重量である事が容易に予想が付いた。
自ら動く巨大な超重量。
それは存在そのものが暴力的な武器である。
普通に巨躯である魔王すら赤子に思わせる程のその巨大っぷりには、流石に反乱分子にも動揺が走る。
「ハルコン様だ!」
「そうだ! 俺達の後ろにはまだ巨岩将ハルコン様が付いている! 怯むな! 反乱分子共をひっ捕らえろ!」
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「それにしても、全員で行くんですか?」
「全員で? 我等が何時全員で殴りこみを掛けると言った?」
城を魔王一行が発つ直前に湧いた、私の疑問に余裕の表情で答える魔王。
「――我が城には、最堅の四天王がいます」
「図体でか過ぎるからこういうこっそり行動、ってのには絶対連れて行けないんだけどねー」
魔王に続き、クレイスとカーミラも答える。
「えっ?」
「いや、ずっとそこにいたじゃねーか」
思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。
あっち。とばかりに親指を横に突き出し、城内を指すドラグノフ。
いや指を指されても分からないんですが。
「えっ……? いや、だって四天王の皆様はここにしか……」
「そもそも、私達は魔王に仕える四天王ですよ? 何故四天王と呼ばれているか理解していますか?」
「それは……あっ」
何故今まで不思議に思わなかったのだろうか。
魔王に仕える「四」天王なのだ、4人いなければ字面的におかしい。
しかし、そんな者があの城にいただろうか?
あれだけ自由に城内を、あれだけの期間動き回っていたにも関わらず、そんな者は一度も見掛けなかった。
魔王達すら知らない、あの地下空間を含めて、である。
「――ずっと正面エントランスにいただろう。四天王、巨岩将ハルコンが」
「エントランスって、だってあそこには鎧しか……まさか!?」
「そのまさかよ。あのどう見ても巨大な甲冑にしか見えないヤツ、ハルコン含めて私達魔王直属四天王って訳」
「だって、ピクリとも動いてませんよ? 生きてるんですか?」
「生きてはいないぞ。奴は城の主たる魔王の魔力のみを認識し、魔王の魔力と命令にだけ従うゴーレムのような物だからな」
完全にただの置物だと思っていた。
まさか四天王の目の前を何度も素通りしていたとは。
予想外過ぎる最後の四天王のその正体に、思わず乾いた笑いしか出ないのであった。
うひー、姿だけは13話でチラッと出してたのに
まさか本格的に動かすのが大雑把計算100話以上約1年半のロングパスになるとは思わなかった
 




