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114.不老の業、不死の願い

ヴォルカニック聖刻という名に心躍る今日この頃

ベアトリーチェにそういう使い方があったか!

 吸血鬼は、人智を超えた異常なまでの再生力を有している。

 流石に首を刎ねられたり、頭を潰されたり心臓を貫かれれば死ぬが、

 逆に言えばそれ以外では決定打にならないという事だ。

 腕や足を切り落とされれば常人であらば魔族でも決定打になる致命傷のはずが、

 吸血鬼にとってはそれが致命傷にならない。

 それ故に吸血鬼共は常人には出来ない程に死線を踏み越えてくる。

 腕の一本や二本が安いのだ、大胆に攻められるのも道理だろう。

 その死線を踏み越えさせぬよう、抑止力という意味でこちらは最初に切り札を見せていた。


 貫いた者に確実なる死を与える魔槍、ミスティルテイン。


 死なぬ者に滅びを与えるこの槍は、自然治癒という再生力を阻害し、どれ程の魔法障壁を相手が展開していようと、その全てを無視して相手へと届く。

 刺し貫かれた相手はどれ程強靭な肉体を持とうと、一撃でその命潰える。

 この槍を持ち込んだ男、ヒュレルからはそう説明されている。

 何か腹に一物抱えていそうな怪しい男故に、その説明をそのまま鵜呑みにはしなかった。

 無論この槍の性能テストは行った。ヒュレルの言っている事が嘘で、騙された結果自分が死にました、では笑えないからな。

 近場で適当な魔物に喧嘩を吹っ掛け、この槍で突いてみた。

 結論から言えば、この槍の性能は説明を受けた内容通りであり、恐ろしい程の殺傷性能を秘めていた。

 その時の相手は黒い体毛の犬を一軒家程度の大きさまで拡大したような魔物であったが、

 相手の飛び掛かりをサイドステップで避け、右前足に一突きした。

 あの体格の魔物が相手であらば、ダメージにはなっただろうがそれが致命傷だとは口が裂けても言えないような軽傷だ。

 にも関わらず、刺された魔物は槍が刺さった瞬間。目から光を失い、自らの勢いそのまま地面に叩き付けられ地に転がった。

 痙攣一つ見せず、この槍が刺さった瞬間一撃で絶命したのだ。

 無論、これだけではない。

 夜間に散策中、霊体の魔物を見付けたので不意打ちで悪いがこの槍を投擲して攻撃してみた。

 一撃で獣を倒すだけならば、槍に毒でも塗れば良いだけだ。

 しかし、この槍は霊体である魔物の身体にしかと突き刺さり。刺された相手は消滅霧散した。

 霊体には物理的な攻撃は効かない、斬ろうが刺そうが攻撃が擦り抜けてしまうからだ。

 また、当然ながら毒も効かない。毒が回る身体が存在しないのだから当然だろう。

 だがこの槍は霊体の身体に刺さり、一撃で絶命させた。

 毒を塗っただけの槍では不可能であり、霊体にダメージを与えるだけに足る魔力を有しているのはこの時点で確認出来た。

 ならばあのヒュレルという男の言っている事は概ね事実なのだろう。

 この槍ならば、吸血鬼を一撃で殺せる。

 命を惜しむ傾向の強い吸血鬼故に、この槍をチラ付かせれば強気に出れないだろう、そういう抑止力面でも期待出来る。

 だと言うのに。


 手の内を明かしたにも関わらず、相討ち覚悟で突っ込んで来るとは流石に想定外だ。

 口の中に鉄の味が溢れる。

 胸部には激しい痛みが、いや胸部と言わず先程したたか叩き付けられたせいで全身に痛みがある。

 衝撃で手から滑り落ちた魔槍ミスティルテインは、カーミラの身体の中央、心臓のある位置をしかと刺し貫いたままだ。

 常人ならば確実に、いや吸血鬼ですら絶命しているであろうその一撃は間違いなくカーミラの命を奪ったはずだ。

 しかし刺し違える形で打ち込まれたあの掌底は流石に効いた。

 間違いなく骨が折れている、それも一本や二本では無いだろう。

 ここから離れて治療せねば。この状態で魔物にでも襲われたらひとたまりも無い。

 だがそれでも、目の前の宿敵が完全に死んだ事を確認せねば。

 まるで生まれたての小鹿のような頼りない、自分の足取りが嫌になる。

 だが、アレを受けてもまだ生きている。

 宿敵を討つべく日々研鑽を重ねてきた血の滲む努力は無駄では無かったという訳か。


 何とかカーミラの転がった場所まで辿り付く。

 ピクリとも動かず、死体にしか見えない。

 いや、吸血鬼がやっと死体に戻れたというべきか。

 傷口が再生する気配も無く、完全に事切れているようだ。

 仇を討てた事に肩の荷が下りる。

 しかしこれで終わりではない、吸血鬼はこの女以外にも存在する。

 事実、俺の故郷を襲った吸血鬼は男だった。

 こうやって吸血鬼を根絶していけば、何時かは必ず俺の故郷を滅ぼした吸血鬼にも辿り付く。

 胸に宿した復讐心を再度確認し、カーミラから槍を引き抜くべく柄に手を伸ばす。

 その瞬間、自らの手首に掴み掛かる白い腕。

 その手の持ち主を見て、戦慄する。


「捕まえた」


 その手は、確かに死んだはずの吸血鬼、カーミラ・カーンシュタインの物であった。



―――――――――――――――――――――――



「馬鹿な……! 何でこれで死なない――!?」


 不気味な笑みを浮かべ、口元から白く鋭い歯を覗かせながら、

 ヴラウドの腕を引っ張るようにしてその場に立ち上がるカーミラ。

 恐慌状態から我に返ったヴラウドは、咄嗟に反撃すべく開いた左手で胸元から薬瓶を取り出そうとする。

 しかしそんなのはお見通しとばかりにもう片方の手で左手も掴まれ、身動きが取れなくなる。

 ヴラウドの疑問に答えるべく、余裕の笑みを崩さずにカーミラは何故生きているかを説明する。


「ん? 正直な話をするとね、死んでるのよ。確かにその槍は私を殺すに足るだけの力があるみたいね」

「死んだだと? 馬鹿な! そんな事有り得ん!」


 カーミラの言っている事が理解出来ず、感想を述べるだけになってしまうグラウベ。

 最早その表情に余裕は無く、混乱と焦りしか無い。


「重傷だとかそういうのすっ飛ばして一撃で殺すだなんて随分厄介な槍ね。でもね、『普通に殺す』だけじゃ私は殺せないのよ。勉強になったかしらボウヤ?」


 三十路に入ったであろう男を童扱いしながら、鼻で笑うカーミラ。

 さてと。と、前置きをしながらカーミラは続ける。


「アナタを殺すのは簡単だけど、勘違いされたまま殺すのはスッキリしないのよねぇ」

「くそっ、離せ……!」

「じゃ、離してあげるわ」


 ヴラウドの首元に噛み付き、白く鋭い牙を突き立てるカーミラ。

 その牙が突き刺さった途端、ヴラウドの身体から抵抗の力が抜け、脱力した状態でその場に立ち尽くす。

 それを確認した後、宣言通りヴラウドの腕を離すカーミラ。

 ヴラウドは手を離した後も、抵抗も逃走もする事無くその場にただ佇んでいる。


「少し、頭でも冷やして来たらどうかしら。そうねぇ……」


 顎に指を当て、少し考える素振りを見せるカーミラ。

 その後、まるで閃いたとばかりに手を打つ。


「ロンバルディアの白霊山にまでバカンスに行ってきたらどうかしら? 身も心も冷えて落ち着いて考えられるわよ?」


 カーミラは先程魔力を乗せた強打を打ち込んだ、ヴラウドの胸元に手を当てる。

 暖かい陽光のような光が手に宿り、ヴラウドの傷を癒していく。


「じゃ、回れ右。行ってらっしゃーい」


 満面の笑顔でそう命令すると、無言で言われた通りにこの地を駆け足で走り去って行くヴラウド。

 カーミラが行ったのは、吸血鬼達が持つ種族としての特徴であり、吸血鬼を強力な存在たらしめている固有能力。

 吸血した相手を眷族化する洗脳能力である。

 突き立てた牙から魔力を流し込み、流した相手の精神を奪い、掌握する。

 流し込んだ魔力が枯渇すれば洗脳は解けるが、先程カーミラは相当な量の魔力を流し込んでいた。

 ヴラウドも抵抗するだろうが、それでも一週間は丸々カーミラの命令を忠実に遂行するだけの僕となるだろう。

 この場においては、戦闘不能になったも同意義である。


「まっ、殺さずに温情掛けてやってるんだから少しは反省してくんのよ。もし今度何も反省しないで私の前に来るんだったら――」


 先程のような陽気、余裕の笑顔がカーミラから消え。

 その顔にどす黒い、加虐的な笑みが宿る。


「その時は、今度こそ遠慮無く『食わせて』貰うわよ」


 魔術光がカーミラの口元から覗く白い牙を煌めかせる。

 愉快そうに喉を鳴らし笑うカーミラの真横を横切るように、背後から駆け抜けていく一陣の影。


「ん? ちょっと!」


 明らかに良く見知ったその影に咄嗟に静止の声を投げ付けるが、相手は意に介さず突き進んでいく。

 舌打ちしながら、誰も居ない空間で誰かに叱責するように怒気を孕んだ口調で話し出すカーミラ。


「あのさぁ、何かあったら報告しろって言ったはず何だけど? その目は節穴なのかしら?」


 一呼吸の間を空け、ちょっと聞いてるの? と返答を催促するカーミラ。


「……通じない。肝心な時にこれって勘弁して欲しいわね」


 何が原因なのかしら、妨害魔法でも張られた? でもそんな気配は……

 カーミラは独り言と共に思巡したが、その答えを答える者は誰もいなかった。

三冊買ってる俺に隙は無かった

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