11.魔王という存在
古レオパルド領、カーンシュタイン城跡。
空間の歪みによって魔王城と直結している為、この地もある意味魔王城と言える。
この城跡に住まう四天王、カーミラは先代魔王にも仕えた事のある実力者だ。
先代魔王に仕えた経験を享受する為、現魔王もそれなりの頻度でカーミラの下を訪れていた。
邪神の存在という頭を悩ませる種が新たに出来てしまった今日もまた、魔王サミュエルはカーミラを訪ねていた。
「おのれ邪神め……言う事を聞かないばかりか歯向かうとは……! 敗れて尚おめおめと生き続けるなど先代魔王に顔向け出来ぬ……!」
「……アンタ、傲慢不遜タイプだと思ってたけど細かい事気にするんだね」
壁面の燭台に灯ったぼんやりとした灯が室内を照らし出す。
重責に苛まれテーブルに倒れこみ、頭を抱える魔王サミュエル。
そんな様子を対面から溜息混じりに見詰めるカーミラがそこに居た。
「良いじゃん別にさ、そんなに負ける事が駄目なの?」
「貴様も四天王の端くれなら、先代魔王達が背負ってきた歴史と信念の重さを理解しろ!」
「……いや、先代魔王がどれだけの重責を背負ってきたかは、私も重々理解してるけどさ」
サミュエルは理解無き配下を叱責するように、怒声を上げる。
一方のカーミラは怒声を気にせず足を組み、腰掛けた椅子の背にもたれ掛かる。
椅子の軋む乾いた音が静かな城内跡に響いた。
「そんな過去なんて気にしてる暇があるなら、今これからをどうするか。それだけ考えてれば良いじゃない。後ろ見てウジウジ悩んでるなんてらしくないわよ」
「今これからか……やはり、魔王の名に塗られた泥を雪ぐ為にもあの邪神に打ち勝たねば」
「勝つって、一体どうやってよ」
「私と四天王全ての力を用いれば、あの邪神にもあるいは……!」
「え、ちょっと。アンタ何言い出してるの?」
半ば呆れ、半ば恐怖が混じった困惑の表情を浮かべ、慌てた様子でカーミラはサミュエルを諌める。
「となれば他方に出向させている四天王を呼び戻して……」
「わ、私はやらないわよ?」
「何だと?」
「あんな理不尽な相手、勝てる訳無いじゃない!」
以前、邪神の力と相対したカーミラはあの力の理不尽さを痛感している。
自分に勝ち目は無いと判断した為かサミュエルの意見には及び腰だ。
「だからこそ我々が力を結集して」
「結集したって勝てる訳無いわよ! 私以外が全滅して終わりよ、私だけ残っても有効打無いし!」
「くっ……お前だけ生き残ると言い切る辺り、相変わらず自分だけが生存する能力に関しては一級品だな」
「いや、死んだなら死んだでそれで良いんだけどね。多分だけど、あの邪神の力が本気になって掛かって来ても私を殺す事は出来ない気がするのよね。まぁ身動きを封じる位はしてくるだろうけど」
「私にその不死身の身体が備わっていれば、今すぐにでも邪神に相対するのだが……!」
「……この身体、そんな良い物じゃ無いわよ」
胸元に手を当て、視線を落とすカーミラ。
その眼はどこか物悲しさを秘めているようにも取れる。
が、サミュエルはその様子には気付いていないようだ。
「にしても何で私に相談してきたのよ。そういうのはクレイスとやってなさいよ」
「……あの邪神の力が宿っているのは『人間』だからな。クレイスは、人間の事になると冷静さを欠く事が多くてな」
「……あぁ、成る程ね。だからか」
納得した、と言わんばかりに相槌を打つカーミラ。
「人間が絡むとクレイスはすぐに抹殺案ばかり提示するからな。私も諌めてはいるが一向に治る気配が見られん」
「……昔アンタから聞いた話からすれば、無理もないのかもしれないけどさ」
「確かに私も人間達は好かんが、何も皆殺しにする程ではないだろう」
両腕を組み、溜息と共に背もたれに体重を預けるサミュエル。
「クレイスと話した後も考えたのだが、あの人間の娘は撃退ではなく懐柔する方向もあながち悪くないと思うのだが。どう思う?」
「懐柔ねぇ……そりゃそう出来れば良いに決まってるけど、何か方法でもあるの?」
「いや無い。だからこそ相談に来たのではないか」
「エサで釣るとか?人間であるあのアーニャの父親やアーニャ自身ってならまぁそれなりに思い付くけどさ」
「例えば?」
「人間なんて衣食住や金さえ適当に与えとけば9割位の人間はすぐに言う事聞くわよ」
「成る程、下種な人間らしいな」
「まぁ残りの1割は命よりプライドを取るような馬鹿の類で、そういう連中はこのエサじゃ釣れないけど……でもさ、相手は人間じゃない。邪神でしょ? ―――邪神を釣れるエサって、何?」
「…………」
「…………」
会話が止まる。
カーミラもサミュエルも共に考え込み、邪神が欲しがりそうな物を浮かべているが答えは出ない模様。
「人間の魂、とか?」
疑問符と共にサミュエルは例を挙げてみるが、その答えにはかなり自信が無い模様。
「とかって言われても。それに今の今まで何処かで魂を食ってるような動作見せた事ある?手出し出来ないにしても監視位はしてるんでしょ?」
「いや……我等に対峙してる時以外に魔力反応の欠片も見られなかった」
「じゃあ違うんでしょ」
バッサリと切り捨てるカーミラ。相手が魔王であろうと一切容赦無しである。
「で、結局どうすんのよ? 色々相談するのは良いけど、最後に決めるのはアンタなのよ?」
「……あの邪神に勝てる可能性がある者を一人だけ知っている。そいつをあの邪神にぶつけようと思うのだが」
「勝てるって……アンタが負けたって事はその邪神に勝てるイコール、アンタより強いって事よ? 誰よソイツは? というかそんな奴が居たらアンタ魔王じゃ無くなっちゃうじゃない」
魔王とは、現存する魔族の中で最強である者のみが冠する事を許される称号。
よって魔王とはこの世界にたった一人しか存在せず、
魔王が歴史上、存命の内に二人存在したという前例も一度足りとも存在しない。
魔王こそが、魔族の中で最も強い存在。
魔王じゃなくなる、とカーミラが言った理由はそこにある。
実質、サミュエル自身が自らより強いと言ったに等しい者の名がその口から放たれる。
「竜将ドラグノフだ」
「ドラグノフ……確か四天王の一人だっけ? 名前しか聞いた事無いけどどんなヤツなの?」
「あの女はそうだな……頭が弱いが竜族の血のせいか兎に角頑丈で力強い。が、戦闘能力が気分しだいなせいでかなりムラがある」
「……聞いた感じのまま感想を言って良いなら、『大丈夫なの?』と言いたくなるわね」
頑丈で力強いと言ったが、それは竜族の血筋故。
竜族の血を引いている以外取り得が無いように聞こえる。
「竜族の弱点を知っていなかったら、私もあの女に負けていたかもしれん。力だけなら私より遥かに上の実力を持っている事だけは断言出来る」
「で、ソイツをぶつけようって訳?」
「うむ、あの女は強い奴が居ると聞けば飛んでくる戦闘狂だからな。邪神のあの強さを目の当たりにすれば喜んで戦ってくれるだろう」
「……ま、勝手にすれば?あ。でももし邪神が負けるような事があったらさ、その娘と父親、私が貰って良い?」
我関せずな態度を取るカーミラだが、最後に一言付け加えるようにそう言う。
「貰う?そんな者を貰って一体何をするんだ?」
「んー?暇潰し。無駄に長く生きてると時間の使い道に困る訳よ。良いかしら?」
「私は一向に構わんが、我々に迷惑が及ぶようならば始末するぞ」
「大丈夫大丈夫。流石にその辺は弁えてるつもりよ……で、そのドラグノフがアンタが持ってる最後の切り札って訳?」
「……そうなるな。邪神以外で私に勝てる可能性がある者など、あの女位しか知らぬ。不本意だがな」
苦虫を噛み潰したように顔をしかめるサミュエル。
魔王という称号に誇りを持っている現魔王としては、自分より強いと認めるのはかなり癪であろう。
「じゃ、ドラグノフとか言う奴が負けたらどうするの?それも一応考えた方が良いでしょ」
「負けたら……無念極まるが倒すという方向を完全に断念する。負けたならば完全に懐柔の方向に舵を取らざるを得ない」
「にしてもアンタより強い、かぁ……ドラグノフとか言う奴が戦う時、見に行こうかな」
「見世物では無いのだがな」
「私からすればこの世界全部が見世物よ。面白可笑しく生きてないと色々しんどいのよ」
長年生き続けているカーミラには、独自の感覚があるのだろう。
二人だけの城内跡に、ケラケラとカーミラの笑い声が響いた。




