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106.『勇者』である為に

この世の全てを握り潰せ!

 後ろで魔王直属の配下である四天王の二人、クレイスとカーミラが私の処遇に関して口論している。

 カーミラは私をこのレオパルドの地から追放する、という方便で話を通そうとしているがそれにクレイスが反論しているようだ。

 今までの処遇からして、どうやら私を殺すという方針は既に無いらしい。

 それは安心だ。


 ……安心している自分にむず痒いような何とも言えない感覚が走る。

 魔王城に囚われている勇者である自分が殺される心配が無いというのは不可解な話である。

 だが奇妙な境遇も数ヶ月に渡り浸かり続ければ慣れるもので。


 先程から私の背後に向けられている視線に気付く。

 そこには先程カーミラと交戦したにも関わらず、

 息一つ乱さず私を観察するアーニャ――先代勇者の姿があった。


「勇者であるお前が殺されずにこうして魔王城に囚われてるとはね。問答無用で殺されない辺り、魔族側の態度は軟化してるのかな? だとしたら、俺とリズレイスの奴がやってきた事は全部が全部無駄じゃなかったって事か」


 先代勇者は、リズレイスの名を口にする。

 その名は今まで何度か耳にしている。


 ――第53代『久遠の眠り』の名を冠した、先代魔王リズレイス。


 歴代の魔王同様、人々を苦しめ殺め。恐怖に陥れる存在だと聞いていた。

 しかし、何の因果か。このアーニャという娘の身体を通じて、先代魔王と接する機会を得た。

 リズレイスと以前二人きりで話した際、私は彼の考えを聞いた。

 彼は王として、魔族に平和をもたらそうとした。

 無論敵には容赦は無いようだが、敵対する考えの無い者には比較的寛容な態度のようである。


 ……先代魔王リズレイスは、私が見ていない戦いの先を見ていた。

 戦いを無くし、平和を作る為に。

 秩序を守り、弱き者を助け。

 今だけでなく、未来をも守ろうと。

 彼なりの先の先を見据えて行動していた。


 ――弱きを助け、悪を討つ。

 魔王リズレイスの考えている事と、勇者に与えられた使命。

 そこに一体、どれ程の差異があるというのか。

 分からない。

 勇者とは、一体どうあるべきなのだ?

 魔王を倒しても終わりではないと言うならば、私は何を成せば良いのだ?


「リズレイス……先代魔王の名だな。そのリズレイスから、魔王に迎合した勇者がいると聞いたのだが、もしやそれはお前の事なのか?」

「迎合?」


 納得が行かないその先代勇者は顔をしかめるが、諦めたように溜息を一つ零す。


「そうか、そう見えるよな。だけど迎合って言葉は違うな、俺とリズレイスの目指した未来は同じ物だったんだ」


 空を仰ぎ見、目を細める先代勇者。

 空は雲一つ無い澄んだ青空が広がっており、その青いキャンパスの上を数十羽の鳥の編隊が滑るように羽ばたいて行く。


「人間だとか、魔族だとか。そんな見てくれとかいう生まれ付きどうしようもない事の為だけに血が流れ続けるこの世界が嫌なんだよ。お前もそうは思わないか今代の勇者とやら? 勇者がわざわざ魔王城にいるって事は自分の足でここまで来たんだろ? その目で、その耳で。何を見て何を感じた? お前はどう思った?」

「そ、それは……」


 バツが悪くて視線を逸らしてしまう。

 私が見えていたと思っていた事は正面だけの事であり、その実右も左も何も見えていなかった。

 魔王に諭されたとは思いたくないが、彼の言う事は正論だ。

 魔王が勇者を、勇者が魔王を殺す。

 この現状が続く限り、何も変わらない。変えられない。


 私が何も答えられず、言葉に詰まっている様子を見て何を察したのか。

 まるでフォローを入れるように先代勇者は話を続ける。


「まあ、死んじまったらしい俺が偉そうに講釈垂れるのも何様だって話だけどさ。ご高説して置きながら俺もリズレイスも結局何も変えられなかったんだからな」


 先代勇者と先代魔王。

 彼等の戦いを経て、何も変わらず人と魔族が戦いを続けているこの世界が続いている。


「自分の有り方を変える必要なんか無い。その結果周りと衝突するのも仕方ない。だけどな、自分の掲げた信念があるなら、それだけは曲げたらいけないんだ。それを曲げるって事は、今までの自分の否定。今までの自分の死と同異議だ」


 信念。

 自分が胸の内に掲げた正義、法とも言える。

 それを実現する為に私は勇者になったはずなのに、その信念をここ最近全く省みていなかった気がする。


「さて。死人の分際で長々ここに居座る訳にも行かないな、そろそろ引っ込むとするよ。この身体、まだ小さな子供の物なんだしな」


 先程の戦いで衣服に付いた土埃を払い、手にした聖剣を手の内で回し、絵の根元を掴みながら私に手渡すように差し出す先代勇者。


「それじゃあこの剣はお前に返しておくわ。精々頑張れよ今代の勇者さん」



 ――俺の二の舞にはならないでくれよ。



 そう言い遺し、目の前の少女は平凡な何処にでもいる子供、アーニャへと戻った。


「信念……勇者になると決めた動機、か」


 魔王を倒す。

 じゃあ倒したらどうなる?

 魔王を倒せば全てが丸く収まるのか?

 魔王を倒せば食料が沢山手に入り、この世から争いが消えるのか?

 冷静に考えれば、そんな事有り得ない。すぐに分かる事ではないか。

 仮に魔王を倒す事が必要だったとしても、魔王を倒すというのは結果ではなく過程に過ぎない。


「――飢えや争いを無くしたい。それを成す者、『勇者』でありたい」


 初心を思い返す。

 そう考え、願っていた。

 今でもその考えが間違っているとは思わない。

 しかし刻んだ足跡を振り返れば、何も考えず。魔物、魔族、魔王だけを見て走ってきた足跡があるだけ。

 多少は人々に感謝された事もあった。だが、それ以上に流れ落ちた血の量の方が多い生き方をしてきた。

 してきて、しまった。

 そんな私だけど、今からでもやり直せるだろうか?

 

「よくわかんないけど、がんばってね!」


 目の前の少女は、毒にも薬にもならない言葉を投げ掛けて立ち去っていく。

 その歩いていく先にはまだ口論を続けているカーミラとクレイスの姿があった。


「――何も得ずにただ勇者を放り投げるなんて馬鹿のする事ですよ!」

「魔王から勅命受けたのアンタでしょ? まさか忘れたとは言わせないわよ! 魔王城空っぽにするのに勇者だけ置いとく危険性は考えないんですかー!?」

「首輪を付けたのはカーミラさんですよ? こちらこそ忘れたとは言わせませんよ? それが正しく機能して無力化出来ないのであらば問題は貴方にあるはずですが?」


 あの二人は犬猿の仲だな本当。

 また何かの存在がアーニャの身体に乗り移ったようで、そんな二人を一喝して黙らせている。


 ――もう一度、見詰め直して考えてみよう。

 私の目指した『勇者』である為に

混沌なる世界を掴む力よ、その拳は大地を砕き、その指先は天空を貫く!

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