105.糸と刃
無いんだなこれが
「未来の弱者が泣かぬ為と言ったのに! 何故俺達を裏切った! 答えろ!」
怒りの業火をその瞳に宿し、吠えるアーニャ。
その目はとても少女の物とは思えぬ鋭さを湛えている。
「先に裏切ったのは――」
拳を握り締め、口元を震わせながら言い掛けた言葉を飲み込むカーミラ。
言葉を飲み込むと落ち着いたのか、一息付きながら続ける。
「もうその話は終わったのよ。アンタが刃を向けるってなら、こっちも応戦するしか無いんだけど?」
「ぬけぬけと終わったなどと――!」
「カーミラさん!」
「手出ししないでくれるかしら?」
アーニャの動く気配を感じ取り、援護するべく動き出そうとするクレイスを止めるカーミラ。
「さっき援護してくれた事には礼を言っておくけど……この戦い、クレイスには関係無いわ」
「関係無いなんて事は無いでしょう、仮にも貴女は――」
「関係無いわよ」
バッサリと両断するカーミラ。
「今、アーニャの中にいるのは過去の亡霊。リズレイスのヤツと私が生きた時代の残滓」
勇者が代々受け継いできたという聖剣に触れた事で、アーニャに仕掛けられた術式が発動。
今、この少女の中には先代勇者の魂が宿っている。
その勇者はかつて魔王と手を取り合う事を望んだ。
しかし、運命がそれを許さず。魔王と殺し合う事となってしまった。
「『昔の魔王』の敵。だったらリズレイスがいない今、『昔の四天王』である私の手で決着を付けるのがせめてもの餞でしょ?」
先に動いたのは、アーニャであった。
土を蹴り上げ、身体を前倒しにしながら猛進する。
その勢いは早く、カーミラに魔法を撃たせる隙は与えないとばかりに一気に肉薄する。
魔法を唱える隙は無いと判断したカーミラは、咄嗟に右腕を振るい、風の刃をアーニャ目掛けて飛ばす。
詠唱を省略して放った攻撃、それ自体には深手を与える程の威力は無い。
直撃しても勇者の力を身にしたアーニャ相手では足を止める程度が関の山である。
しかし相手がこちらに向かってくる勢いを利用すれば、威力は更に上がる。
それを加味して放った一撃だが、アーニャが上空へ跳び退けた事によりその攻撃は空振りに終わる。
「汝は槍、穿つは――ッ」
しかしアーニャの跳び上がった隙を逃さず、一撃を入れるべく詠唱を始めるカーミラ。
その行動を見たアーニャは聖剣を握る片手を離し、その空いた手をカーミラ目掛けて薙ぐように振り抜く。
振り抜いた手はただ虚を切っただけに見えた。
しかし、カーミラの右手には何時の間にか、微かに煌めく糸状の一糸が絡み付いていた。
間に合わないなら相手に来て貰えば良い。
腕に絡み付いた糸に気付いたカーミラは咄嗟にその糸を断ち切ろうと、もう片方の腕を振るったが時既に遅し。
アーニャが空いた手を力強く引き寄せると、抵抗すら出来ずにカーミラの身体が宙へと投げ出される。
「裂閃!」
その言葉と共に、きりもみ回転しながらカーミラを横切るアーニャ。
その僅かな一瞬で、首と胴の二箇所を両断されるカーミラ。
切り捨てられた身体は黒い霧となり、地上へと集まる。
「そんな攻撃で、私を殺せると思ってんの?」
「だったら死ぬまで殺すだけだ――!」
「あら、耐久勝負って訳? 先にそっちが萎えて腰砕けになるのが関の山なんじゃない?」
鼻で笑いながら挑発するカーミラ。
即死するはずの致命傷すら意に介さないカーミラからすれば、殺すという言葉程滑稽な物は無いであろう。
「――どういう理屈でお前が死なないのかは分からないが、先程回復魔法を使用した気配を感じた」
アーニャの推察の言葉を耳にし、眉をひそめるカーミラ。
気付かれたか。とばかりに舌打ちする辺り、どうやらこの推察は当たっているようだ。
「即死するはずの攻撃を受けても死なないが、どうやら回復する必要はあるみたいだな。ならお前の魔力が枯れるまで殺し続けるだけだ!」
「あー、面倒臭いわねぇ」
アーニャの雄叫びに近い殺害宣言に対し、気の抜けた声で心底面倒臭そうに頭を掻くカーミラ。
自らの唇を舌で舐め、妖しげな瞳でアーニャを見る。
「この際黙らせちゃおうかしら」
「何の騒ぎだ?」
カーミラの不穏な考えは、割って入ったアレクサンドラの発言により遮られる。
新手か、とばかりに警戒色剥き出しで声のした方向を確認するアーニャ。
しかしアレクサンドラの姿を確認し、頭から爪先まで流し見て、不可解な状況に困惑する。
「――何故人間がここにいる?」
「何故と言われてもな。その剣を置いたまま去る訳には行かないんだ、勇者としてな」
「勇者だと?」
急に借りてきた猫のように大人しくなるアーニャ。
その姿を見て、閃いたかのように手を打つカーミラ。
「ああ、最初からアレクサンドラちゃんを連れてくれば良かった訳ね。なーんだ、私ただの殺され損じゃない」
「啖呵吐いた割りにまともに攻撃出来てませんでしたけどね」
「うるさいわね。身体はアーニャのなのよ? 手加減しないと怪我しちゃうじゃない」
クレイスの水差しに悪態をつくカーミラ。
「一体どういう事だ? 誰か説明してくれないか?」
アーニャの疑問に答えるべく、大きく溜息を一つ付くカーミラ。
事のあらましを説明するべく、現状を語り始めた。
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「――つまり、俺は死んだのか」
「まぁ、そういう事になるわね」
「どうして死んだのか思い出せないが……そういう事なら説明は付くか」
アーニャは未だ敵対心の抜けない表情を浮かべつつも、カーミラの説明に納得する。
アレクサンドラを流し見るアーニャ。
「今代の勇者の顔に免じて一先ず信じる事にしよう」
「そりゃ、どーも」
「それにしてもこんな小娘が勇者とは、勇者の名も地に落ちた物だな」
アーニャの容赦無い言葉が胸に突き刺さり、蹲るアレクサンドラ。
「……流石に魔王に言われるより傷付くな」
「傷付くも何も事実でしょうに」
「うるさい!」
再び入るクレイスの容赦無い言葉に怒り出すアレクサンドラ。
「なーに、弱いなら強くなれば良いだけさ」
「そう簡単に強くなれたら苦労してないよ……!」
屈託の無い笑いを上げながらアレクサンドラを小突くアーニャ。
それとは対照的に、やや落ち込んだ様子のアレクサンドラ。
「――で、私は何も聞いて無いのですが。詳しい説明をして頂けますよねカーミラさん?」
「あー、やっぱしないと駄目?」
「当たり前でしょう! 魔王様から命を受けて早々こんな事件を起こして!」
お冠なクレイスを納得させるべく、面倒臭いなぁ、と零しつつ。
カーミラはクレイスに説明を開始した。
闇を飲み込む混沌を!光を以て貫くがよい!カオスエクシーズ・チェンジ!
その姿、まさにBKの絶対王者!




