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103.勇者の処遇

無いんだなこれが

 最近、魔王城の中が妙に慌しい。

 表沙汰にならぬよう取り繕ってはいるようだが、今までと比べて明らかに城を行き来する荷馬車の量が増えている。

 何をするでもなく、最近の日課となりつつある城内散策を終え、再びカーミラの根城であるカーンシュタイン城跡へ戻る。

 何度となく通っているが、このゲートと呼ばれる空間の歪みはどういう原理で存在しているのだろうか?

 私の知り得る知識の中に、こんな魔法が存在すると聞いた事も見た事も無い。

 不思議に思いつつも、カーンシュタイン城の地下区画を進む。

 普段からカーミラが引き篭もっている蔵書庫に戻ると、この城の主にして四天王の一人、カーミラが頬杖を付きながら何かの書類に目を通していた。

 その書類を机の上に放り出し、こちらの存在に気付くカーミラ。


「あら、おかえり。何処行ってたの?」

「魔王城へ行っていた……というか、ここ以外は魔王城にしか行けないだろう。この首輪のせいで」


 自身の首元に付けられた首輪を良く見ろと催促するように、自身の指で首輪を顕示する。

 それもそうか、と悪びれるでもなく淡々と返答するカーミラ。


「さっきクレイスのヤツから魔王の勅命を受けたわ。これから反抗勢力を叩き潰すってさ」


 先程、カーミラが目を通していた書類はその事に関してか。


「あっ、一応言っておくけど、反抗勢力ってのは人間達の事じゃないわよ?」


 こちらを気遣うかのように補足するカーミラ。


「また私達の土地に土足で踏み込む気なのかと思っていたよ」

「言っておくけど、サミュエルの奴は人間との争いに関しては消極的なんだからね? 今までの歴代魔王の所業と比べてみなさいよ、こんなに大人しい魔王とか珍しいんだからね?」

「それは分かっているが、だが消極的とはいえしない訳ではないんだろ?」

「まっ、アッチが殴り掛かって来るならこっちもやり返すわよ。これは人と魔族っていう理由じゃなくて、国としての落とし前って意味だけどね」


 積極的に侵攻し、人々を殺める残虐なる魔王。

 大衆の間に伝わる魔王のイメージとはそんな物である。

 だが、私の見ている魔王はそんなイメージとは真逆だ。


「最近魔王城が慌しくなってきてるが、それが原因か」


 最近私は迷っている。

 勇者は魔王を討つ存在であり、討てば人々は救われる。

 単純にそれだけを考えて戦ってきた。

 だが、アーニャの中に宿った先代魔王の考える未来を聞いてから、それで本当に良いのかと考えるようになった。

 カーミラや先代魔王の言う通り、倒し倒されはい終わり、では決して世界は変わらない。

 これは決して説き伏せられた訳ではなく。自分が、人々の希望である『勇者』として考えて一旦出した答えだ。


「――戦争になるのか?」

「折角魔王が統治して、魔族内にも平和が戻ってきてるのにそれをぶっ壊す馬鹿が出てきたからね。やるしか無いでしょ」


 だが、では何をすれば良いのか。

 その答えが一向に思い付かない。

 城内を散策し、見聞を外に向け。時に薄闇の中、一人自問自答してみるが、答えは浮かばない。


「アンタ達人間だって、平和な暮らしを壊そうと賊が襲って来たら倒すでしょ?」

「無論だ」

「そしてそれは魔族でも同じ事。相手が人間だとか魔族だとか、そんなの関係無い。このままでは自分の命、自分にとって大切なヒトや大切な何かを奪われ犯される。それを退ける為に武器を取り、相手を傷付け時に殺めるのよ」


 私は一体何をしているのだろうか?

 私は一体何をするべきなのだろうか?


「で、アレクサンドラちゃんはどうするの?」

「だからちゃんはやめろ。……私か? どうするとは一体どういう事だ?」

「ねぇ、以前私がアンタを殺さずに捕らえておくだけにする為の条件覚えてる?」

「条件?」


 この首輪を付けさせられた事は覚えているが、他に何かあっただろうか?


「その中に『四六時中監視を付けさせろ』ってのがあったの覚えてる? その約束、私守ってるかしら?」


 そういえばそんな内容もあった気がする。

 が、カーミラは間違いなくそれを守っていない。

 守っていないからこそ、今まで何度も一人で城内を動けたのだ。

 以前不審な動きをしていたアルフをつけた時も、周囲に監視らしい者は誰もいなかった。


「その首輪に関しては嘘言ってないから、敷地外に逃げ出そうとすれば爆発するのは本当よ? そこまで嘘付いたら流石に怒られそうだし」

「どうせならそれも嘘であって欲しかったがな」

「私の本音を言うとね、勇者である貴女を殺させたくなかった。勿論、魔王もだけどね。それを許せば、今までの歴史通りに物事は流れて、何も変わらないから。貴女を守る為に適当に嘘並べといただけなのよ」


 魔王に仕える四天王が、私を守るだと? 勇者である私を?


「利用するって言ったけど、勇者である貴女を利用出来る訳も無いし。されてくれないでしょ?」

「当たり前だろう」

「だから正直、今の貴女をここに置いとく意味が無いのよね」


 そうか。

 魔族視点で、彼等は私を持て余しているのか。

 強くて手に負えないという意味ではなく、弱くて使い物にならないという意味であろうというのが、歯がゆくもあるが。


「これからまた戦いが始まる以上、貴女に構ってる余裕は無くなるだろうし。そろそろ潮時かなー、って思ってさ」

「潮時? 何のだ?」

「私は貴女を殺したくないし、当然魔王も殺させない。貴女は私達に協力はしないし、貴女をここで殺そうが捕らえ続けてようが、どうせまた新たな勇者は現れる。なら貴女をここに置いとく意味って何があるのかしら?」

「――まさか、私を解放する気なのか? そんな事を魔王が許すと?」

「うーん、そうねー……」


 先程からカーミラの真横に座り、机の上で無邪気に絵を書いていたアーニャが、カーミラの視線に気付く。

 途端にアーニャの顔付きが年季の入った強面な表情へと変わる。


「――私をダシに使う気か? 別に構わんぞ、私とてこの状況では何も変わらんのは重々承知しているからな」

「流石! リズレイスならそう言ってくれると思ってたわ!」


 指を打ち鳴らし、笑顔で感謝するカーミラ。


「何度も言うが、私自身が本当にリズレイスという人物なのか自覚が無いのだがな」

「邪神が発作的に暴れて、その混乱に紛れて勇者が逃げ出した。って筋書きならどうとでもなるでしょ。その首輪を外せば魔法も使えるようになるし。魔王を倒すのが無理でも、全力で逃げる事だけに集中すれば流石に逃げ切る事位は問題無いはずよ、腐っても勇者なんだから」

「腐ってて悪かったな!」

「物の例えなんだからそんなにカリカリしないでよ、牛乳飲む?」

「飲まない」


 カーミラから勧められる牛乳を拒否し、続ける。


「それに、聖剣を放り出したままここから逃げ出す訳にも行かない。あれは歴代の勇者が代々継いできた象徴でもある。そんな事をすれば仮にロンバルディアに戻った所で咎を受けるだけだ」

「それもそうか。ならお前に返してやろう、無論条件はあるがな」


 アーニャに宿った先代魔王、リズレイスが二つ返事でこそないが返答する。


「条件?」

「その返した剣で、背後から魔王を刺すなよ。暗殺者みたいなみっともない真似はせず、真っ直ぐ帰れ。それだけだ、簡単だろう?」

「それを守らなかったら?」

「約束を破るなら仕方あるまい。報復として貴様には死んでもらう、それだけだ」


 淡々と言ってのけるリズレイス。

 しかし、その目は至って真面目であり、脅しではない事はすぐに分かった。


「どれ、聖剣とやらを持ってきてやろう。少し待ってろ」


 そう言うと善は急げ、アーニャは足早にカーンシュタイン城を発つ。

 カーンシュタイン城から出たという事は、聖剣は魔王城にあるのだろう。

 それもそうか、私の手の届く位置に置いていたのでは意味が無いか。


 それからしばし時を置き、カーミラはハッとした様子で何かに気付く。


「……ティルフィングに触れたから、先代魔王がアーニャの中に来た。じゃあ勇者の象徴である聖剣にアーニャが触ったら――」


 カーミラの疑問は、恐らく間違っていないだろう。

 引き攣った笑いを浮かべながら頬を掻き、まぁ多分大丈夫だろう。

 と考えていたのかは分からないが、やっぱり駄目だろうと座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がる。


「ちょっと! 『アンタが触る』のは駄目だって!! 私が持ってくるから!」


 大声を張り上げ、勢い良く駆け出すカーミラ。

 割と本気で慌てているのか、魔力を用いて一陣の風かと見紛う速さで走り出し、あっという間に私の目の前から消えてしまった。

時をも凍らす無限の力が今、蘇る!

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