102.拿捕
光の使いよ、今、悠久の時を超え、輝きの衣をまといて、かの地に降臨せよ!
厳命されたにも関わらずこの様か――!
魔王直属の兵として、此度の捜索の任に当たり。
山狩りの最中、同胞に怪しい遺跡を見付けたと伝えられ。
まんまと付いていった過去の自分を張り倒してやりたい。
私が話した相手は、魔王陛下に敵対する勢力と内通していた。
不意を突かれ、捕縛され。
麻縄で縛り上げられた挙句、地面に転がされている自分がいる。
「魔王の犬か。捕らえたは良いが、どうする気だ?」
頭上から声が聞こえる。
声の方向に目を向ければ、そこには全身を傷だらけの鎧で身を覆い。
頭上に黒ずんだ王冠を被った一人の魔族がいた。
この者がもしや、捜索任務を行う事になった原因なのだろうか?
その魔族から――正確には余りにも不気味でどす黒い魔力が放たれている、その魔族が頭に乗せている冠にはそれを納得させるだけの存在感があった。
「いえね、情報をあわよくば聞き出せればなと思いまして」
もう一人の声の持ち主が、こちらに歩み寄る。
その男はまるで死人かと思う程に白い肌をしており、
風貌自体は魔族というより人間の方が近いように思える。
腕も細く、隣に立つ屈強な魔族と比べて余りにも貧弱である。
しかし、何故だろうか。
こうして身動きを封じられていない状態ならば1分といらずに容易く仕留められるような貧相な若造であるにも関わらず、
どうしてこんなにも目の前の男に恐怖を感じるのか?
「さて、宜しければ貴方の知っている事を洗いざらい吐いて貰いましょうか?」
「断る……! 貴様等に話す事など何も無い!」
例えようの無い恐怖が背筋を走ろうと、私は魔王陛下に仕える誇り高き兵だ。
敵に捕らえられようと、魔王陛下に不利な情報を流す口は持ち合わせていない。
「そうですか。まぁ良いんですけどね別に」
問うた優男は、いやにあっさりと退く。
「どうせ末端の兵ですし、大それた情報は知らされていないでしょうし。人質なり何なり使い道はいくらでもあります」
「くっ、殺せ! 我等とて魔王陛下に仕える誇り高き騎士だ! 逆賊の手に落ちる位ならば死を選ぶ!」
「おやおやいけませんね。一つしか無い命なのですから無駄にしてはいけませんよ?」
小馬鹿にした口調で、こちらに命の大切さを説く優男。
「人質にする為に捕らえたのか?」
「まさか。何の為に貴方にその冠を与えたと思っているのですか? 兵の錬度、装備的に考えて彼を逃す手はありません。この人も洗脳しちゃいましょうか」
「だが、これ以上は不味いのでは無かったか?」
「ええ、代わりに溢れた分は殺しちゃいましょう。私がやっておくので役立たずを適当に集めておいて下さい」
「分かった、女子供や老人を優先的に用意しておく」
彼等が何を話しているのかを理解出来ない。
洗脳? 殺す?
これから何をされるのか、何が起こるのかは曖昧なままだが、
それがロクでもない事だけは確かだろう。
「――まぁ、殺すと言っても無駄にはしませんがね。雀の涙とは言いますが、多少は足しになって貰いますよ?」
この場所を、クレイス様や魔王陛下に伝えねば。
しかし、それが叶う訳も無く。
目の前の巨漢の魔族が、こちらを見ながら口を開く。
「……サクリフの名の下に命じる。我が命に従え」
――そこで、私の意識は途切れた。
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「――連絡が次々と断絶しています。ここに拠点があると見て間違いないですね」
魔王の執務室にて、確信に満ちた目をしながらクレイスは魔王に報告する。
「報告によれば、どうやら我が軍の兵士の一部が敵対勢力に取り込まれたようです」
「――洗脳か。以前に一度見ているとはいえ厄介な代物だな」
洗脳魔法とは、他所を意のままに操る精神系魔法。
制約こそあれど、条件を満たせば先程まで刃を交えていた相手ですら夜伽の相手に貶める事すら可能な凶悪な魔法。
こうなるのも、必然であった。
「これ以上悪戯に被害を増やす訳にも行かない。私の案を採りたいが構わんか?」
「……そうですね。洗脳魔法を使う相手にはこの手しか無いですね」
魔王の提案を了承するクレイス。
「それで、仕掛けるのは何時にする?」
「先程捜索隊の兵達に伝令を飛ばしました。捜索は中断し、今は該当域を包囲する形で監視させてあります。これで逃亡は阻止出来ますが、可能なら早い方が良いですね」
「――ならば、翌朝に攻め込もう。兵は神速を尊ぶという言葉もある事だしな」
「分かりました。では他の者達にもそう告げておきます」
魔王は即断する。
そして、その魔王の決断に対し二つ返事で答えるクレイス。
クレイスは言葉通り、魔王の策に則り、口頭で他の四天王達に伝えるべく執務室を後にする。
「魔族と戦い、人と戦い……何時終わるのだろうな、この戦いの連鎖は……」
溜息交じりに吐き出した魔王の問いに答える者は無く。
ただただ虚しく言葉は宙へと溶けていった。
残念ながら無い




