100.偵察
100話だってさ
へぇー(無関心)
伝説って?
翌日、ドラグノフから伝えられた「あっちの方向」という名の東の方角を目指し。
魔王に仕える兵士達の少数が偵察として放たれる。
以前はボロボロに壊滅させられていた魔王軍だが、随分とアーニャが大人しくなった為、
実に1年もの期間が掛かったがようやく完全再建となった。
だがしかし、以前のように人間達の領土に踏み込む訳にはまだ行かない。
現魔王の築いた秩序を乱す不穏分子の排除、それが最優先なのは自明の理である。
「――クロノキアまでの範囲にそれらしき報告は入っていません。一先ず次はクロノキアを拠点にしつつ更に捜索範囲を広げようと思いますが宜しいですか?」
偵察部隊を指揮し、報告を受け取ったクレイスは執務室にて魔王へと現状報告を行い、意見を求める。
そのクレイスの問いに答えるべく、魔王は続ける。
「それで構わん。だがわざわざ少数行動にしたのだ、相手に気取られない事を最優先に行動しろと伝えろ」
「心得ております。それと、少しでも異変を察知したら直ぐに退却し報告しろとも厳命しておきます」
クレイスは後ろで待機していた兵に先程までの内容を伝え、指示を飛ばす。
その指示を受け取った甲冑姿の兵は姿勢を正し、敬礼の姿勢を取った後、執務室を後にする。
「しかし……」
兵が扉の向こうに去ったのを確認した後、腕を組みながらクレイスは呟く。
「この期に及んでまだ魔王様に反旗を翻す輩がいたとは……」
「うむ、それは私も意外だったな――以前のノワールは例外としてだが」
「あのノワールだけは唯一、先の戦いで死亡を確認出来なかった輩ですからね」
かつての戦いを思い起こすかのように目を伏せる魔王。
「このティルフィングの真の力を受けて尚、生きていたというのは驚いたが……流石に今回の件に奴は絡んではいないだろう」
「私も同感です。ノワールが人間領の方角へ遁走した後、再びレオパルド領に戻ったという報告は入っていません。以前のように戦乱中のゴタゴタの中でならいざしらず、落ち着いている現状であの巨躯では人目を忍んでこっそりとまた戻っているというのは考え難いです」
以前、ノワールと二度目の交戦をした際に人間領の方角へ逃げていったのは魔王自身がその目でしかと確認している事実であり、疑いの無い事実である。
今現在、魔王に反抗し得る程の力を持ち、存命なのはノワール位である。
他は全て現魔王がその座に収まる際に討ち取ったか、配下として吸収してしまった。
新たにそういった勢力が生まれるにしても、今回のように何の音沙汰も無しに急に現れるという事は考えられない。
「しかし、これ程に強力な洗脳魔法を使える者が今までしれっと野に伏せていたとは考えられん。一体何処から現れたと言うのだ」
魔王の呟くと、クレイスは手にしていた資料の一部をめくり、その文章に目を落とす。
「――確認されている限りでも失踪報告の上がっている魔族の数は既に万を超えています。その内一体何割が洗脳を受けているのかは分かりませんが、それでも数千を下らないのは確定でしょう。それだけの数を操る事が可能だとは……」
「クレイス、洗脳の規模からして相手のおおよその実力を測る事は出来ないか?」
魔王の質問に、クレイスは表情を歪める。
回答したい所だが、答えを持ち合わせていない。そういった具合だ。
「……難しいですね。そもそも洗脳系の魔法を使えるという人物自体が私の知っている限りで一人しかいませんし。アレしか比較対象が居ないのでは測りようがありませんよ」
「アレとか言ってやるな」
「失礼、言葉が過ぎましたね……ですが以前、彼女が操って見せた時の数とは比較にならない規模です。文字通りの意味で桁違いです」
「参考にはならんか……それだけの魔力を持ちながら、雑魚という訳は無いからな」
「少なくとも、交戦すれば一介の兵如きが何とか出来る相手では無いでしょう」
魔王は大きく溜息を付き、背もたれに自重を預ける。乾いた木の軋む音が響く。
「あの小娘に先代魔王の魂とやらが入り込むようになってから、大分城内も落ち着いたというのに次はこれか。休む暇が無いな」
魔王は目を窓へと向ける。
春先の温かな陽光を室内へと取り入れている窓の先には、残雪も無くなりつつある春のレオパルドの姿が広がっている。
「また、戦争が起こるのかもしれんな」
「――出来れば避けたいですが、難しいでしょうね」
クレイスの冷静な判断が、厳しい現実を叩き付ける。
これ程大事になる事件を起こせば、魔王に目を付けられるのは分かりきった話である。
にも関わらずそれを行っている以上、魔王に敵対する気は満々という事だ。
魔王の現体制が気に入らないからこそ、これ程の大規模な事件を起こしているのだろう。
「兎も角、現状は偵察隊の報告待ちですね。場所が絞り込めないのでは手の打ちようもありませんから」
報告が入るまでの僅かな期間。
魔王達は束の間の穏やかな時に身を休める。
――その時が来るまで。
ああ!




