10.決着
「おとーさんただいまー!」
「何なの……何なのよこの子……ッ!」
笑顔で私に駆け寄るアーニャと、私の娘に対し怯えた表情を向けるカーミラが蔵書庫へと戻ってきた。
どうやらアーニャに宿った邪神の力とやらに酷い目に遭わされたようだ。
怪我は負ってないようなのでサミュエルやクレイスと比べて大分温情が掛けられてるようだが。
「何がどうなってるかを知りたいからここに来たのですが」
「わ、私はこんなの知らないわっ! こんな状態になる魔法、見た事も聞いた事無いわ!」
半ばキレ気味に捲くし立てるカーミラ。
相当怖い目に遭ったようだ、無理も無い。
「おねーちゃんやさしかったよ。いっぱいあそんでもらった!」
「そうかそうか、良かったなアーニャ」
しかしカーミラもこのアーニャに掛かった魔術の解除法を知らないのか。
となると一体どうすれば良いんだ?
「おねーちゃんもたのしかったよね?」
「楽しい訳無いでしょ! 何でイチイチホラーチックに出てくるのよ!?」
大声で怒鳴り付けるカーミラ。
怒鳴り声に不意を突かれたのか、アーニャが涙ぐむ。
「ふぇぇ……おねえちゃん、わたしとあそぶのたのしくないの……?」
「えっ、いやそんな、事無いわよ。だから泣かないでね、ね?」
アーニャの前でしゃがみ込み、泣き出しそうになったアーニャのご機嫌を取り始めるカーミラ。
このカーミラという人、四天王なんて大層な地位を授かってるにも関わらず、何だか妙に人間臭い。
見た目も人間と変わらないし、もしかしてさっきアーニャとかくれんぼで遊んだのも好意による行為なのか?
「わたし、おねーちゃんとあそぶのたのしいよ? またこんどいっしょにあそんでくれる?」
「えっ……」
言葉に詰まるカーミラ。
即答出来ない程に酷い目に遭ってきたらしい。
迷って回答を告げないカーミラの前で、再び涙ぐむアーニャ。
「わ、分かったわよ! また遊んであげるから、ね?」
「やったー!」
観念したようでカーミラは引き攣った笑顔をアーニャに向ける。
アーニャは眩しい笑顔を浮かべながら両手を挙げて喜ぶ。
「良いんですか?」
「し、仕方ないじゃない……それに……」
ゆっくりと立ち上がり、視線をアーニャに落とすカーミラ。
「……暇潰しには、調度良いじゃない。こういうのも」
溜息交じりに放たれたその言葉には、何処か諦めのような感情が混じっているような気がした。
アーニャとのかくれんぼも終え、これ以上ここに留まる理由も無くなったので帰る事にした。
「しかしまたあの寒い思いをして帰路に付くのか……何で厚着して来なかったんだろう……」
「寒い? 厚着? 貴方は何を言ってるの?」
思わず零れた愚痴に、カーミラは不思議そうに首を傾げる。
「ドラゴンに乗ってここまで来たんだよ、空があんなに寒いなんて知ってたら……」
「ドラゴンって……貴方達、わざわざ空を飛んでここまで来たの?」
呆れた口調で、カーミラは酔狂な人を見るような目線を私に投げ掛ける。
どういう……事だ……?
「わざわざって、それ以外にここに来る方法があるのか? 徒歩じゃとんでもない時間が掛かるぞ?」
「……そういえば貴方達、変な場所から来てたわね。ゲートは通らなかったの?」
ゲート? 何だそれは?
その疑問に応じるかのようにカーミラは続ける。
「この元レオパルド領って、昔から続く魔王と勇者の戦いやら、昔に存在したっていう破壊神やらの影響で、空間が捻じ曲がってる場所が多いのよ。
で、偶然にもこのカーンシュタイン城跡と魔王城であるレオパルド城跡が空間の歪みで連結されちゃってるの。
私がここに居るのは私の故郷だからって理由が大半だけど、一応魔王城へと直接乗り込めるゲートがあるこの地を守るって理由もあるのよ」
カーミラは懇切丁寧に説明する。
そんなゲートが魔王城にあったとは知らなかったな。
ん? 待てよ?
「そのゲートとか言うのって、通り抜けるのに時間が掛かるとか体力が要るとかそういう制約があったりするのか?」
「そんな物無いわよ。何時でも魔物だろうが一般人だろうが魔王も勇者も、誰でも通れるわよ。転移魔法と同じ様に一瞬で行き来出来るわ」
……と、カーミラは言ってました。
勿論クレイスもこのゲートの存在は知ってるだろう。
つまりクレイスは、わざとこんな便利なゲートの存在を隠し、使わず。
あんな寒い思いをするドラゴンによる飛行ルートを選んだ訳で。
それはつまり。
「クレイスの野郎……!」
アーニャを突き落とす為だけにわざわざこんな手段を選んだんだな。
実際には突き落とされたのは自分だが。
そのまま死んでしまえ。
カーミラに案内され蔵書庫の更に奥へ向かうと、
地下通路の一角にある小部屋の中で空間の歪みという物を目の当たりにする。
直径約3メートル程だろうか? 球体状のその歪みは堂々と空中に鎮座している。
紫色の縁が集中線のように伸びており、それが中心の光へと吸い込まれている。
中心の白い光の中には、石畳と細々と生えた小さな木々が風景として写っていた。
これは恐らく、魔王城の何処かの風景なのだろう。
「ここに入れば、魔王城に抜けられるわ」
「こんな便利な物があったとは……」
「あの野郎後で堕とす」
アーニャがまた邪神スイッチが入ってる。クレイスは次にアーニャと遭ったらタダでは済まないだろう。
「この中に入れば魔王城へと抜けられるわ、こんな感じでただ入るだけで良いわ」
カーミラが空間の歪みに飛び込むと、水底に沈んでいくかのようにカーミラは消えて行く。
本当に入るだけで移動出来るみたいだ。
……またクレイスの時のように私達を騙して私達に危害を加えるんじゃないか?
と、一瞬考えたがその疑念は放り投げた。
アーニャを守るとか色々考えたが、邪神が宿っているアーニャには誰も手出しが出来ないだろう。
事実、魔族最強の証でもある四天王やら魔王がまるで赤子の手を捻るかのようだ。
そのアーニャですら負けるような相手が居るとすれば、私に勝ち目など端から無い。
それにカーミラからはクレイスやサミュエルのような敵意を感じない、彼女は信じても良いのではないだろうか。
私もカーミラに続き空間の歪みへと飛び込む。
視界が揺らいだが、ほんの一瞬だ。一呼吸置く間も無く魔王城へと抜ける。
周囲を見渡したが、どうやらここは魔王城の中庭の一角らしい。
「とうっ!」
アーニャも続いて空間の歪みから飛び出てくる。
「ここから私の所へ来る事は出来るわ、尤も、来た所で何のもてなしも出来ないけれどね」
「これでおねーちゃんといつでもあそべるね!」
アーニャはそうカーミラに言いながら目を輝かせた。
カーミラの表情が引き攣っていた気がするが、気のせいだろう。




