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1.想定外

 ――かつて、この世界には『魔王』と呼ばれる者が居た。


 魔王は、その身に有した類稀なる魔法と力によって、世界を恐怖に陥れた。

 人々は魔王に与する者……魔物や魔族の手により傷付き、貧困に喘ぎ、数多くの命が失われた。

 混迷を極める世界の中、流星の如く現れ人々の希望の光となった者が居た。


 ――そう、皆がご存知『勇者』の存在である。


 勇者は人の身に余る程の魔力を持ち、人々を魔の手から幾度と無く救い出し、数多くの死地から舞い戻った。

 そして、勇者は長い長い命懸けの旅の末、魔王を討ち滅ぼした。


 こうして、人々に安息の日々が戻った。

 しかし、未来へ向けて歩き出した人々の間に不穏な噂が漂い始める。


 勇者に討ち取られた筈の魔王が、再び姿を現した……という物である。


 この物語は、

 前魔王による戦いから、百年余りの年月が経った時の出来事である。




 ――――――――――


 ――――――



 何故、こんな事になってしまったんだ。


 私、アルフはフロテア村で生を受け、両親に愛され育った。

 何の憂いも無い人生だと思っていたが、15の時に両親が事故で亡くなった。

 当時は悲観に暮れたが、幸い村の皆が好意的に接してくれたお陰で立ち直る事が出来た。

 その時知り合ったのが私の妻である村長の娘である。

 妻は落ち込んだ私を懸命に励ましてくれた。その優しさに私は心惹かれた。


 正式に交際を申し込み、19の時に結婚。

 村の皆に祝福された幸せな結納だった。

 妻の懐妊も発覚し、十月で無事娘も生まれた。

 生まれた娘はすくすくと育ち、順風満帆な日々を送っていた。

 幸せな夫婦生活を送れると思っていたが、それも長くは続かなかった。

 23の時に村が水害に襲われ、その天災に巻き込まれ妻は私と娘を置いて先立ってしまった。


 途方に暮れた、私は嘆いた。

 何故神は私から大切な人々を奪うのか。

 両親を、妻を奪ったのか。

 自棄になり、自ら命を絶とうとも考えた。

 だが、出来なかった。思い留まらざるを得なかった。

 私が死ねば、娘はどうなる?

 まだ娘は3歳だ、おぼつかない手足でようやく歩き、物を食べられるようになったばかりだ。

 そんな娘を置いて、父としての責任を放棄して逃げるのか?

 私に、そんな事は出来なかった。


 妻を亡くしてからはただただ娘の為だけに働いた。

 土を耕し、種を撒き、豪雨の中畑を心配し様子を見て、

 額に汗し収穫をし、木箱に納め、悲鳴を上げたくなるような重さの荷車を引いて町まで売りに行く。

 生活は苦しく、到底楽な物ではなかった。

 不作に苦渋を味わわされた年もあった。

 その年は漁師に頼み不慣れな船上で漁を手伝い、山師に頼み弓で猪を狩った時もあった。

 どんなに苦しくても、昼夜遅くまで娘の為にと汗水を流した。



 ――そして、今に至る。


 娘は5歳になった。私譲りのとび色の瞳に、妻譲りの亜麻色の艶やかな髪。

 目鼻立ちは妻譲りだろう、可愛らしい少女へと育った。将来は妻のような美人になるに違いない。

 陽光のような笑顔を浮かべながら、私と日々の何でもない出来事を話せる程成長した。

 子供は成長が早いというが、娘を見て実感せざるを得ない。

 生憎お金が無いので、衣服は土色の何の飾りっ気の無いボロ服だが、何時かその身体に晴れ着を着せてやりたい。


 過去を思い耽って、今を見詰め。私は嘆く。

 何故、こんな事になってしまったんだ。


「おとーさーん!」

「そんなに勢い良く走ると転んじゃうぞ?どうしたんだアーニャ」


 子供らしい短く早い間隔の歩幅で、アーニャは私の足元に駆け寄る。


「あのね、まおーがまたおとーさんのわるぐちいったから、ふんでおいた!」


 アーニャが褒めてと言わんばかりに胸を張り、ふんぞり返る。


 何故、こんな事になってしまったんだ。


 古レオパルド領、魔王城最深部、玉座の間。

 真紅の布地に、見事な金の刺繍をあつらえた高級な絨毯。

 その上で、無残なまでに娘に殴打、蹴撃、蹂躙された……魔物、魔族の長。


 ――魔王サミュエルが転がっていた。


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