この街の挽歌
「本当にこの街が壊れるんですか?」
そう思っていいくらいの平和さだった。
「さあな」
というキシルだったが、それでも、以前この街に来た時となにかが違うように感じていた。
「さあなって…」
キシルのそんな考えには当然ユナは気が付かず少し呆れた様子を見せた。
「けど、この街が壊れる事は確かだ。あいつが泣いていたからな」
「へえ…あ、キシルさん」
「なんだ?」
「私、お腹が減りました」
「はあ!? 三時間前に食っただろうが…」
「三時間、も! 前じゃないですか! 」
「一日何食食えば気が済むんだ…」
金は無限じゃないんだぜ…
そう考えるキシルだった。
「あー、あの店なんかどうだ? 美味しいらしいぞ」
キシルはユナに出来るだけ、安くて美味い料理を提供してくれる店を勧めた。
「じゃ、早速行きましょう! キシルさん!」
半ば連行のような形でキシルを引っ張って行った。
「いらっしゃいませー」
店に入ると女の店員さんが出迎えてくれた。
「あいつ…」
「キシルさん、お知り合いですか?」
そうキシルに聞いたがキシルはユナの質問には答えず、ただ、その店員さんを見ていた。
「ん? キシル…?」
聞き慣れた名前だ。そんな事を思ったのは他ならぬ女の店員さんだった。
「あ、やっぱり! キシルさんだ!」
「ミラか!」
「お久しぶりです! キシルさん」
彼女の名前はミラ・シニカム。彼女と言うぐらいだから性別は女。歳は十七。袖をまくった和服を着こなしている。本人はあまり言わないが(と言うか否定するぐらいだが)結構な可愛さを有している。この店の看板娘と言っていいほどだ。
「これ美味しいですね! この味は…味噌ですか?」
「おう! お嬢ちゃん、いい舌持ってるね。料理とか作った事あるのか?」
「ありますよ」
などと店主とユナが話しているのを横目に先の店員とキシルも話をしていた。
「ミラ、何でこっち来てんだ?」
「それはですね…あの、なんて言うか…お姉ちゃんを探しにですね?」
「改まった口調の敬語はやめろ。んで? 姉さんだっけ。また居なくなったのか?」
敬語なんざ使うのは横で店主と話している奴だけでいい。
キシルは元来、敬語と呼ばれるものが好きではない。自分は尊敬される程の人間ではない。と思っているからだ。
「はい。まあ、あんなお姉ちゃんだから、仕方ないっちゃあ仕方ないんですけど…」
「そうだな…」
ミラの姉、ラナ・シニカムは一言で言うと全進夢中。二言目には神が作った天災。三言目はとんでもないくらいの妹狂。以下略。
「だから、お姉ちゃんに会ったらこの街に居るって伝えてくれない?」
「おう。いいぜ」
しかし、ふと、キシルはある事に思い至った。と言うよりは思い出した。と言うのが正しいだろう。
「お前は」
「はい?」
「お前は自分で旅は、もうしないのか?」
「あ、そうですね…」
「なんでだ? お前、旅が好きなんじゃなかったか?」
「まあ…はい、好きでしたけど…今でも好きですけど…」
ミラは照れ臭そうに俯いて、歯切れが悪くなった。
「けど? なんだ?」
「えっとですね……その……」
ガラガラガラ…
「ただいま。ミラ」
「あ、おかえり! ユラ!」
ミラはユラと呼ばれたその青年の所へひとっ飛びで行った。
「ん…」
コツン…
ミラはユラと額を合わせた。その行為はこの街ではキスと等しい意味合いがあるのだ。
「ミラ、今日はもう帰るぜ」
旅に出ないのは恋人が居るかららしい。まあそうだよな。恋人って大事だからな。
そんな事をキシルは考えていた。
「うん! また来てくれる?」
「また、いつかな。おいユナ! 置いてくぞ!」
そう言う頃にはもうキシルは店を出ていた。
「あ! はい! お代ここ置いておきますね! 美味しかったです! ご馳走様でした!」
ユナはすぐにキシルを追って店を出た。
「さーて、どうすっかな…」
外ではそんな風にキシルが悩んでいた。
「この平和そうな街が壊れるとなると……」
ユナもユナで頭を働かせようとしたが、ヒートアップ。オーバーヒートした。
「なっ! ユナ! 頭から湯気出てるぞ!」
「だ、大丈夫…」
「本当かよ…」
心配だ。とでも言いたげな顔をキシルはしていた。
「ほんと、これからどうするかな…」
ガラガラガラ…
そう言った時、不意に店のドアが開いた。
「ん?」
「あ、キシルさん」
「どうかしたか? ミラ」
「あ、あの…革命に参加してくれませんか?」