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東横さん

作者: 目黒 アタル

ここは渋谷駅。


JR山手線・湘南新宿ライン、京王井の頭線、メトロ銀座線・半蔵門線・副都心線、東急田園都市線・東横線…


東横線が生まれ変わろうとしている途中の今、2013年2月。


わたしが、東横さんと出会ったのはここ渋谷駅。

東横さんは、電車の名前じゃなくて…

ここで出会った青年の仮称。

東横さんは、濡れぞうきんかぶった犬みたいな人だった。


JR山手線外回りの最後尾に乗っていたわたしは…

ホームに降りて山手線の長さと、人の多さに圧倒されていた。

渋谷は、この日が初めてだった。戸惑いながら、東横さんと対面した。

画面で見たことはあっても、本人を目の前にすると印象が違う。

画面の東横さんは、いつも服を着ていなかった。

全裸ではない。と、言っておこう。


渋谷に鎮座するハチ公とはちがって、よれよれの服着た、犬みたいな青年だった。

一歩間違えたら少年にも見えなくない。

だからか、顎には無精ひげ。

そのひげが、雑巾臭さに拍車をかける。

東横さんの背丈は、わたしと同じ150cm台だ。

それが、犬っぽい。


雑巾君、そう呼びたくなるほどに、東横さんはヨレヨレだ。

話し声は甲高く、男を感じない。


が、東横さんは…


「ん!」

と、ひじを突き出してきた。

わたしは、眼を丸めた。

「俺にだって、女はいるんだって見せつけたいの。」

わたしは、固まったまま。

構わず、東横さんは話を続ける。

「嫌ならいいんだけど。」少し切なそうに言い放つ東横さん。

わたしは、「嫌じゃないよ。」と、東横さんの腕に滑り込んだ。

少し強引な男は嫌いじゃない。

男を感じなかった時間は、一瞬だった。


東横さんは、女に幻想を抱いてるタイプだった。

その原因は、家族構成なのだろうか。

その謎は、解けてはいない。


東横さんは、わたしに渋谷を案内してくれた。東横さんの知ってる範囲なんだけど。

今になって思えば、東横さんの接待なんだろう、このデートプラン。

今では行かないお酒さえ、この日は行って一緒に飲んだ。

わたしは、テキーラ。

カクテルと言えど、テキーラという言葉を女が出すと、男はいい顔をしないようだ。

わかっているが、このカクテルを見つけると頼んでしまうは、わたしの癖だ。

許してくれ。

お酒も入って、あたしの甘えモードも強くなっていたのだろうか。

顔をすり合わせる事が増えた。

東横さんのお家にもちろん東横線で帰った。

(東横さんと、仮称してるのに、銀座線では読み手は驚くだろう。

そんなことは、置いておくが。)


東横さんちはきれいなところだった。

駅からも近くて、便利だと思う。

その証拠に、東横さんは更新していた。

東京は、更新料が当たり前のようにある。

借り手は、腐るほどいるのだろう。いい土地柄だ。


ドアを開け、東横さんのベッドに一目散に座った。

東横さんは、呆れて何か言ってる。

そして、わたしに覆いかぶさる。


東横さんも男だった。


「東横さん、やめてよ。」

突然の行動に、抵抗した。

でも、そこは東横さんの巣。

蜘蛛で例えるなら、わたしは蝶々だ。

もちろん、蜘蛛は東横さん。

蜘蛛が、蝶々に触れたらわたしの勝ち目は五分以下。

今、まさに五分以下の戦い「なぅ」


翅をバタつかせ抵抗する蝶。

貪りつく、蜘蛛。

罠にかかったといより、蝶が、巣に来たのだ。

蜘蛛なら食べて当然である。


「嫌、嫌。」

三十分も抵抗したら、東横さんは諦めた。

やっぱりそうだよね。と、


ここからが問題だった。わたしは愚かな蝶だ。

やっと、諦めた蜘蛛に、自ら食べられたのだった。


「ちょっとぉ、こんなんでやめないでよ。」

眼を瞑って、東横さんに抗議する。

「はあ?」東横さんは、呆れた。

東横さんとわたしは、この日初めて一つになった。

そして、お互いの性に対する価値観の変わった日でもあった。

東横さんの、女性への幻想は消えてはいないが…


もしかすると、蜘蛛はわたしだったのかも知れない。


この日から、一夜、一夜と数えきれない夜を、東横さんと過ごした。

何度もケンカし、何度も抱き合った。

恋人でないけれど、有名なテーマパークに行ったり…

渋谷の街の中では、いつも腕を組んでじゃれ合った。

そして何度も東横線に乗った。東横さんに会うために。


横浜と、渋谷の折り返し運転が終わるのと同じころ

わたしも、東横さんと、終わりを迎えようとしている。


繰り返される、折り返し運転が終わるだけで、東横線は無くならない。

東横線は、中目黒からのメトロの日比谷線直通運転を止め…

渋谷で副都心線と直通運転をする。もう、あの階段を昇ることは無くなる。

あの長いエスカレータは、渋谷で降りるときにしか使わなくなるのだろう。


東横さんは、気付いているのだろうか

わたしの心変わりを。

東横さんは、気付いているのだろうか

わたしの気持ちを。


心変わりと同じころ

わたしのケータイと東横さんのケータイは

同じ故障に遭った。


だから、確かめられないでいる。


サヨナラという決定打を。


そして、ここ渋谷駅に来る度に、わたしは東横さんを思い出すだろう。永遠に。


 『東横さんへ

  貴方と過ごした時間、わたしは幸せでした。

  ありがとう。

  わたしは、あなたの彼女になりたかった。

  寂しいけれど、潮時だと思う。

  チョコもゴムもヘチマタオルも全部無駄になっちゃった…

  ホント、ありがとう。』


これが…わたしの、答えだ。

東横さんの答えも訊かず、一方的なピリオド。



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