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復讐

作者: 鈴懸陽子
掲載日:2012/06/15

やっと、このときが来たのだ。


「や、やめろ千代!手を離せ!」

欲した情景が目の前にあるせいで、心臓が激しく脈打つ。酔いにも似た感覚に恍惚と浸っていると、男がわめく。顔面蒼白、身体はふるえながらも、鈍器で殴られた足を動かし、必死で立とうする。

「まだこの女のことが好きなのですか。私よりも。…やはり、殺すしか方法はないようですね。」


あなたがいなくなれば、この低俗な舞台は終わる。


おびえて金切り声をあげる女ともう一度、視線を合わせ。そして――首に絡めた手に力を込めた。

「千代!」

男の叫び声が、だれもいない公園に響き渡った。




「そうやって、また人を殺すのですね。」

両手、肩、顔の順に強ばりを解く。

「ち、よ…?」

男が茫然としている間に悲鳴を上げていた女に謝意を伝え、締めつけているように見せていた首から手を離す。

女は叫ぶのをやめて報酬の確認をし、去っていった。会話中、彼女の呼吸が乱れなかったことに安堵する。小さくなる背中に彼女の幸福を祈ると、私は男のほうへ体を向けた。

(うみ)(そら)という美しい双子がいたのを覚えていますか。」

人気のない公園に残されたのは、千代(ちよ)という女と、現状の変化に戸惑う男だけ。

礼一(れいいち)さん。私はあなたを復讐しにやってきました。」

夜の風から、むせかえるような草の匂いがした。

「2人を殺しあわせた罪は重い。償いを。」



私には、友だちがいた。海と空という名の2人は二卵性の双子の姉妹で、海はひかえめ、空は活動的な女の子。親からは仕事を理由に見放されていたが、互いを支え合い、近所や学校の友だちに愛されていた。

小学5年の春。隣に引っ越してきた私は、好きなバンドが同じだったことをきっかけに、高校で別々になるまで2人とほとんど一緒に毎日を過ごした。流行りの漫画や服、バンドのライブツアー、勉強、恋…。過ごした時間の倍の時間が流れた現在(いま)でも、共有した思い出は忘れていない。楽しくて、癒されて、たまに永遠に感じられて。


この穏やかなときを、ずっと守りたいと願っていた。

生きるための光だった。


ある日それは、もろくも崩れ去ってしまう。双子が好きになった1人の男という、三文芝居のような悲劇が幕を開けたことによって。彼女たちは傷つけ、奪い。そして最期には…死が待っていた。

「あなたは、目の前で光がなくなる哀しみを感じたことがあるのでしょうか。」

くり返し記憶をたどって、2人が殺しあった理由がどうしてもわからなかった。学校が離れていたけれど、ほとんど毎日のように会っていたのに。そこまで思いつめていたのに、どうして何も話してくれていなかったんだろう。気づかなかったんだろう。痛くて哀しくて、それでも、知りたかった。

「だから、あなたを探した。」

 男のほうは、殺し合いの凄惨な光景を見たショックで、記憶を失ったと聞いていた。けれど、何か分かるかもしれない、という望みは捨てたくなかった。


―そして姿を消した男を探しているとき、偶然知った隣県の事件。

双子の海と空のように女性が2人、傷つけあい、命を落とす。もしくは精神に異常をきたす、そんな。生き残りの男は記憶喪失。

調べてみると、他にも同様の事件があった。繋がりを直感する。



「勘違いじゃないか?証拠はあるのか!?」

「いいえ。」

海や空が呼んでいた名前は礼一ではない。他人のそら似だと言われれば、それまで。

「でも確証はあります。だって私は、彼女たちのお隣さんで、友です。全てとは言えませんが、見ていましたから。」

近づく前に垣間見た彼の顔、声、仕草、わずかに覚えている彼女たちを誘惑したそれと、酷似していた。そしてこの礼一という男と知り合って。私の胸から生じる鼓動で全てを理解する。この男が愛らしい双子を殺し、また前後する女性たちを奈落の底に落としたのだと。

あのころのように爽やかな魅力を振りまいていた男。確信した。やっと見つけた。この舞台のもう一人の主役。本性は、悪魔よりも残虐な嗜好をもつ化け物の、この男を。


「…猶予は与えました。いくらでも分岐点はあった。なのにどうして、それを見ようともしないで、あなたを想う私を陥れようとしたんですか。殺そうとしたんですか。」

襲い来る絶望や虚無感。ずっと感じていたそれらを必死に抑えながら問い詰めた。ここでやっと、しらをきることはできないと判断したのだろう。薬で動かなかったはずの足で、だるそうに立ち上がり、いままでの焦りや脅えがウソだったと証明するかのように、彼は口端をつりあげ狡猾にほほ笑んだ。

「もしそれが、俺だとして。どうやって償わせる?逮捕はできないだろう。」

「例え警察につき出せなくても。いくらでも償わせ方はある。」

最初に争ったときに落とした、大木の根元にある刃物を拾い。千代の動作を予知し、その前に襲いかかろうとする礼一の腹めがけ、それを投げたー

「ぐっ」

見事、目当てのところに刺さり、血が滲みでていく。それを認めた途端、自分の身体じゅうの液体が沸き立つのがわかった。

彼はその場に崩れ落ちる。

「ははっ…!殺すのか。千代、おまえだって俺と同類じゃないか。知ってるぜ、本気で俺に惚れてただろ?それに、悪い奴だって人間だ、殺せば人殺しだ。」

そうだ。私はこいつを傷つけた。程度の差はあれ、2人が傷つけあうのを見て愉悦にひたっていた、こいつと同じ。


だが、ここで終わりにはしない。復讐という吐瀉物(としゃぶつ)のような下劣な演目の、一幕が閉じたに過ぎないのだ。


近寄って刃物を抜き取ると、服にできた染みはさらに広がっていく。

予想していたサイレンの音が近づいてくる。礼一が呼んだのだろう。

「私は殺しません。ここで自らの死も選びません。知っている者がいる、監視する者がいる――殺したいと思うほどにあなたを『好き』な人がいる。…どうですか、気分は?」

 しばしの別れを惜しむかのように、私は頬にくちづけた。



それから病院で目を覚ました礼一の前に、当然だが千代は現れなかった。

礼一は事情聴取の警察に自分を刺した人物を話し、身柄を拘束してもらうよう頼んだ。警察はできる限りのことをしたが、千代という人間はどこにもいなかった。住んでいたアパートはもぬけのから、その部屋の契約等の手続きに必要な身分証明書は偽物。鑑定などを行ったが、該当者なし。千代と争った、もう一人の女も同様。こちらを疑い始めた彼らに気づき、捜索はあきらめざるを得なかった。


退院後、礼一は引っ越すことにした。あの事件を誰も知らないようなところへ移りたかった。千代という女がいないところで生きたかった。


だがそれは、浅はかな考えだ。


職も変え、新居に慣れてきたころ。彼のもとに薔薇の花束が送られてきた。差出人を探していると、紙片が落ちる。

「うそだろ…」

人物を特定できなかった、見慣れた達筆で書いてあったのは。


『だいすき』




私と彼を主演に、次幕があがる。

半永久的に続く

滑稽で醜悪な舞台。




あなたはどこまで、ついて来れる?





某診断メーカーお題「守りたいと願った」使用。

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