第六話
――午前七時半。
エティシラはいつもラオヴァルトに起こされている時刻より、三十分早く目を覚ました。
まっすぐに差し込んでくる、朝の日差しが眩しい。
眠い目を開いて窓の外を伺うと、昨夜の大嵐が嘘のように静かな風景がそこにはあった。
淡水色の空はどこまでも澄んでおり、昨日は身を潜めていたのであろう小鳥たちも元気に囀っている。
「……?」
と、ここでエティシラは、いつものように純白のベッドで寝ていたことに気づく。
毛布までちゃんとかけられていた。
――昨日は、ラオヴァルトにしがみついてそのまま床で眠ってしまったはずだ。
恐らくラオヴァルトが、眠ってしまった自分をベッドまで運んでくれたのだろうけれど。
「ラオヴァルト……?」
部屋の中を見渡して執事の姿を探すと、カーペットの上に横たわり眠るラオヴァルトの姿があった。
エティシラは思わず彼の元へ寄り、息を潜めてその寝顔を見入ってしまう。
必ず自分より遅く就寝し、まだ自分より早く起床する執事の寝顔はかなり貴重なのだから。
だんだんと眠気が離れ、エティシラは昨日のことを鮮明に思い出す。
半径五メートル以内に近づくな――と言っておきながら、嵐に怯えて、泣きながらラオヴァルトにしがみついたこと。
ラオヴァルトはそんな自分に怒ったりせずに、優しく抱きしめてくれたこと。
それから、
『……あなたが落ち着くまで、ずっとこうしています。俺が付いています。だから、どうか安心してお眠りください』
ラオヴァルトのあの言葉――。
様々なことを思い出してゆくうちに、エティシラの頬は赤く染まる。
青藍色の瞳を嵌めた、整った顔がまっすぐに自分に向けられていた。
そばにいて、と一言命令すれば、眠るまでずっとそばにいてくれた。
「……ラオヴァルト」
エティシラは小さく呟いた。
ラオヴァルトはまだ目を覚まさなかったが、彼女はそのまま続ける。
「ありがとう」
消え入ってしまいそうなほど、小さな小さな声で。
しかし、それは眠っているはずのラオヴァルトの耳に届いていたのか――。
「……ん……」
ラオヴァルトは小さく唸り、ゆっくりと目を開いた。
「っ!」
突然現れた青藍色の瞳に、エティシラはびくっと肩を上げ、露骨にうろたえる。
「お、お、お、起きたのね」
「姫様……。結局、俺もこの部屋で眠ってしまいました。すみません、すぐに執事部屋へ戻ります」
ラオヴァルトにしては珍しく焦った様子で、すぐに立ち上がって身を正した。
エティシラの父と母は、もうすぐ帰ってくるはずだ。
姫の部屋で眠ってしまったところを見られては、彼にとっても示しがつかないのだろう。
「……今日はなるべく暖かい格好をしてなさいよ。一晩中毛布もかけずに寝てたんだから、身体冷やしてる……でしょ」
まるで母のような言葉で、エティシラは部屋を出ようとしたラオヴァルトを引き止める。
「ありがとうございます、姫様」
ラオヴァルトは一度振り返って微笑むと、「失礼します」と頭を下げて部屋を出ていった。