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青藍執事の秘密  作者: 灯都和
ChapterⅠ◆青藍色の瞳
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第五話

 力いっぱいドアを閉めた衝動で、クローゼットの上に飾っていたウサギのぬいぐるみが床に落ちた。

 けれどエティシラはそれを拾い上げる気にもならず――逃げこむようにやってきた自室で、うるさい鼓動を刻む胸をぎゅっと押さえつけていた。

 ――お父様もお母様も、一体何を考えているのかしら。

 夜が明けるまで、娘を若い執事と二人きりにするだなんて。

「……心臓が、持たないじゃない……」

 小さく呟いたところで、ドアがおもむろにノックされた。

「姫様、夕食をお持ちしました」

 そのドアの向こうからは、ラオヴァルトの普段と何ら変わりない涼やかな声が聞こえる。

「は……入っていいわよ」

 なぜか変に緊張してしまい、エティシラは一呼吸置いてから言った。

 普段夕食は父と母と一緒に摂っているが、今日は二人共出かけてしまったので一人で食べる。

 エティシラはテーブルの前の椅子に腰掛け、着々と食事をテーブルの上に並べていくラオヴァルトの表情をじっと見つめる。

 苛立いらだちを覚えてしまうほど冷静だ。


「……ねえ」

「はい」

「め、命令よ」

 フォークの刃先をラオヴァルトに向けて、彼を精一杯睨みつける。

「今日は、半径五メートル以内に近づかないでちょうだい」

 もちろん、「心臓がもたないから」とか「何かよからぬことが起こったら困るから」とか、理由までは詳しく言わなかった。

「……姫様のご命令ですから、聞き入れない訳にはいきませんね」

 ラオヴァルトは従順に、エティシラから五メートル以上離れる。

 理由を聞いてこない彼は、もしかしたら全部わかっているのかもしれない。

「それでは、失礼します」

 そして優雅な笑みを浮かべたままで小さく頭を下げると、ラオヴァルトは部屋を出ていった。


「……いただきます」

広い部屋に一人になったエティシラは、浮かない表情で食事を始める。

 いつもなら父や母と話しながら楽しい食事を摂っているけれど、今日は一人ぼっちなので退屈だった。

 誰か――ラオヴァルトとでも一緒に食事を摂っていれば、退屈じゃなかったかしら。

 ふとそんなことを考えて、エティシラはすぐに首を左右に振った。あの執事は危険だ、と。

 半径五メートル以内に近づくなと言ったのも自分だ。


 卒然と聞こえてきた激しい雨音に、エティシラは窓の外へ視線を投げる。

 ――少し霧がかっている、濃紺の空。

 外では、城をも打ちつける大雨が降り始めていた。



 ◆



 日付が変わる少し前になった頃には、外の天気は大雨から嵐へと変化していた。

鋭い刃のように、容赦無く降りしきる雨。

 穏やかだった木々たちを、激しく揺らす風。

 ひどく騒がしい夜だった。

「………」

 窓はたしかに閉めているはずなのに、激しい雨と風の音は室内まで入り込んでくる。

 おまけに雷まで鳴り始め、エティシラはびくびくとベッドの上で震えていた。

「姫様、そろそろお休みの時間です」

 夕食前の時ぶりに、ラオヴァルトがエティシラの部屋を訪れた。寝る前の挨拶をしに来たらしい。

 普段なら丁寧に毛布までかけてくれるのだが、今日は命令通りに、半径五メートルほど離れた位置で頭を下げている。

「それでは、おやすみなさいませ」

「ひっ……!」

 突然ラオヴァルトによって部屋の照明を落とされ、エティシラは肩をびくっと上げる。

 ラオヴァルトはそのまま部屋を出てしまったらしく、暗闇の中でドアの閉まる音が響いた。


 こんなに壊滅的な天気である上に、真っ暗な中で一人ぼっちにされたエティシラの心は大きな恐怖に包まれていた。

 大雨も大風も嫌い。

 中でも取り分け、雷は苦手だった。

「いやーっ!!!」

 なので――窓の外で雷がピカっと光った時、エティシラは耳を塞いで声を上げた。

 怖い。

 こんな中で、眠れるはずもない。

 その瞳にはうっすらと涙も浮かび、身体は相変わらず小刻みに震えている。

「姫様?」

――そのとき、真っ暗だった部屋がぱっと明るくなった。

「っ……!」

 露わになった室内には、様子を見に来たらしいラオヴァルトの姿がある。どうやら、彼が照明をつけたらしい。

「どうかなさいましたか? 今、ただならぬ悲鳴が聞こえてきたのですが」

 珍しく心配そうな表情をしている彼は、こんな時でもしっかり半径五メートル以上離れた場所に立っていた。

「……ラオヴァルトッ」

 エティシラは縋るように執事の名を呟くと、涙を流して彼の元へ駆け寄った。

 そのまま、何のためらいもなくラオヴァルトに強くしがみつく。

 あまりの強さに、エティシラはラオヴァルトを巻き込んで床の上に倒れこんでしまった。

「痛いです」

 下敷きにされた状態のラオヴァルトが苦笑いする。

 床に、厚い素材のカーペットを敷いてあったのが幸いだった。


「半径五メートル以内に近づくなと俺に言ったのは、姫様ですよ」

 呆れたような口調で言いながらも、ラオヴァルトは彼女を拒絶することはなく優しく微笑んでいた。

「……うるさいわね、怖いのよっ!」

 なんとかして凛とした声を放ちたかったけれど、エティシラはどうしても涙声になってしまう。


「――エティシラ姫様」

 優しく囁いて、ラオヴァルトは自分の胸に顔を埋める姫を強く抱きしめた。


「どうぞ、ご命令を。……俺にどうして欲しいんですか?」


「……」

 エティシラは一度躊躇ためらった後、意を消して小声で言った。

「わたしが眠るまでは……そばにいて」

「分かりました」

 小さく頷いた後、ラオヴァルトは独り言のようにぼそっと呟いた。

「――何もしないと云う保証はできませんけど、それでも良いなら」

「!?」

 敏感に反応したエティシラに、ラオヴァルトはその微笑みを、心の底から面白がっているような笑いに変えた。

「冗談ですよ。俺は執事として、あなたにこれ以上のことはしません。――絶対に」

 あやすような言葉と同時に、ラオヴァルトはエティシラを抱きしめる力をさらに強くした。


「……あなたが落ち着くまで、ずっとこうしています。俺が付いています。だから、どうか安心してお眠りください」

 そして、片手でエティシラの頭をそっと撫でる。


 ――こうして、嵐の夜は少しずつ更けていった。


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