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青藍執事の秘密  作者: 灯都和
ChapterⅠ◆青藍色の瞳
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第四話

 その日のエティシラの部屋には、正方形のテーブルに、一対一で向かい合うエティシラとラオヴァルトの姿があった。

 もう随分と長い間、部屋にこもりっきりでこうして向き合っている。

「そろそろ降参してはどうですか?」

 目の前の執事が、憎たらしい微笑みを浮かべた。

 それでもエティシラはかたくなに首を振り、「もう一回!」と再び対戦を願い出る。

 しかし、待ち受ける結果はやはり同じものだった。

「……また負けたわ」

 エティシラははぁ、と自嘲的に溜息をつく。

「だから、そろそろ降参してはどうですかと言ったんです。もう終わりにしませんか……というか、これで終わりにさせてください。俺もそろそろ飽きてきました」

 ラオヴァルトはついに立ち上がり、一方的にゲームを止めてしまった。

「なにそれ、わたしが弱すぎるって言いたいの? ラオヴァルトが異常に強いだけでしょう」

「いえ、俺はそんなに強くありませんよ。姫様が弱いんです」

「なによもう! せめて、もっとオブラートに包むとかしてくれたっていいじゃないっ!」

 やや不機嫌になったエティシラは頬を膨らませる。

 ラオヴァルトは「ごめんなさい、姫様」と苦笑していた。


 ――暇を持て余して、軽い気持ちでラオヴァルトとチェスを始めたのがいけなかった。

 自分が弱すぎるのかラオヴァルトが異常に強いのか、エティシラはことごとく連敗した。

 何度対戦しても、立て続けに負けてしまう。

「もうチェスはいいわ。他のことをしましょう」

 テーブルの上に広げられたチェスの道具類を片付けると、エティシラもラオヴァルト同様立ち上がった。

「お勉強でもなさったらいかがですか」

「絶対いや」

 ラオヴァルトに素早く返し、エティシラは宛もなく窓の外を見下ろした。


 二階に位置するエティシラの部屋の窓からは、この王宮の玄関前がよく見える。

 世界各国のあらゆる花を集めたその玄関前は、鮮やかでとても美しい。

「……ん?」

 そこに見慣れた人影が二つ現れて、エティシラは前のめりになる。

「姫様、落ちますよ」

 エティシラの隣へと寄り、ラオヴァルトは彼女に警告する。

「そんなことよりラオヴァルト、あれ見て! お父様とお母様だわ」

「え?」

 エティシラの指差す先には、たしかに彼女の父と母の姿があった。

 どこかへ行くつもりらしく、一段と煌びやかな衣類に身を包んでいる。

「二人共お出かけみたいね。ねえラオヴァルト、お父様たち何か言ってた?」

「いえ、特に何も……」

「一体どこへ行くのかしら。お父様たちに聞いてこないと」

 エティシラは顔を上げると、早足で部屋を出た。

 ドレスの裾を持ち上げながら長い階段を下り、玄関前へ急ぐ。

 ラオヴァルトもその後を追った。

「お父様、お母様!」

 玄関の扉を開けて外へ駆け出すと、今まさに馬車に乗り込もうとしている父と母が驚いたように振り返った。

「エティシラ。どうしたんだい、そんなに息を切らして」

「お父様たち、どこかへ行くみたいだったから……。どこに行くつもりなのか、聞こうと思って」

 肩で息をしながら、エティシラはなんとか父へと言葉を紡ぐ。

「あらやだ、言ってなかった?」

 母は口元に手を添えると、「あのね」と前置きして話し始めた。

「私たちはこれから、ブレターニッツ公爵の家へ行くの。明日の朝になったら帰るわ」

「あ、そうなの? …………って、明日?」

「そうよ。今晩は公爵の家に泊まるから」

 母の言葉を受けて、エティシラは俯いて頭の中を整理し始める。

 ――お父様とお母様は、今晩お泊りしに行く。

 明日まで帰ってこない。

 それは、つまり――。

「……!」

 エティシラはばっと顔を上げて、声を張った。


「そ、それって、明日の朝までラオヴァルトと二人きりってことじゃない!」


 完全な二人きりというわけではない。

 使用人は何人もいるし、その他にも専属のシェフや先生が住んでいる。

 だが、姫の世話のほぼ全般は執事がこなしているのだから――実質、ラオヴァルトとずっと二人で過ごすようなものだ。

「まあまあ、いいじゃないか。若い物同士仲良くしてたらいいさ」

 呑気な父を、エティシラは必死で指摘する。

「何言ってるのよ、お父様! わたしも連れて行ってちょうだい」

「ははは、ごめんなぁエティシラ。公爵家ではワインパーティーをするんだ、それにはお前を連れていけない」

 たしかに未成年のエティシラは酒を飲めないのだから、行くことはできないけれど。

「……っ…………よからぬことが起こったら、どうするつもりよっ」 

 エティシラは小さな声で、ぼそっと呟く。

 その声を聞き逃さなかったラオヴァルトは、妖しげに微笑むと、彼女の耳元で囁いた。

「――……何かよからぬことが起こってほしいんですか? 姫様」

 僅かに目を細めてもなお、その青藍色の瞳はぎらりと美しく輝いている。

「~~~っそんな訳ないでしょ、馬鹿執事!」

 顔を真っ赤にして、エティシラはラオヴァルトをどつく。

 しかしこうしている間に、父と母はそそくさと馬車に乗り込んでいた。

「あ、ちょ、待ってよお父様! お母様!」

 焦って声を上げたが、馬車はあえなく発車してしまった。

「それじゃあな! ラオヴァルト、エティシラを頼むぞー」

 馬車の中から、父の明るい声が聞こえてくる。

「かしこまりました」

 ラオヴァルトはそう言って頭を下げると、馬車が完全に見えなくなった頃になって顔を上げた。

 そして、隣でたじろいでいるエティシラに視線を投げる。

「明日の朝までよろしくお願いします、姫様」

「よろしくしなくていいわよ!!」

 エティシラは大きく言い放つと、ラオヴァルトに背を向けて部屋を目指し駆けだした。

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