逃避
ダークケイト改め、アサオとの闘いから1週間が経過した。
俺が最後の最後までダークケイトだと思い込み、持てる全ての力を出し切って掴んだ勝利は、あの少女――本物のダークケイトの出現によって霞んでしまった。
当然、闘いは終わるはずもなく、今日も俺はトラウマーと一戦を交えているわけだ。
ではここで、そろそろ皆も気になっている頃であろう、美少女ヒーロー☆めもりの秘密についてご説明したいと思う。
「どすこーい!」
「おやめなさい!トラウマー!」
「どす!?」
ご覧頂けたであろうか。
そう、人の悪い思い出から生まれた怪物が俺に見とれているのである。
① 敵をも魅了する可愛い容姿
設定上、めもりは17歳ということになっているが、年齢の割に幼く見える童顔、もちもちの肌、聞く人をくすぐるような声、ツインテール、そして何より貧乳。
そのポイントは高いと言わざるを得ない。
「どすこーい!!」
「きゃあああ!!」
「どす!?」
ご覧頂けたであろうか。
そう、人の悪い思い出から生まれた怪物が俺に見とれているのである。
② 破れやすいコスチューム
言わずもがなである。
これ以上語る方が野暮と言わざるを得ない。
「先輩」
「きゃあああ!!?」
「現実逃避してる場合ですか」
ご覧頂けたであろうか。
そう、人に非ざる怪物、怪物から生まれた人、怪物の皮を被った人、ご存知極悪非道な後輩マネージャー、森である。
「痛い痛い痛い痛い!!」
言わずもがなである。
痛い以外の言葉が見つからない。
「何やってるんですか」
「何って、美少女ヒーロー☆めもりの秘密がそろそろ知りたいという読者のためにだな」
「知りたい人なんて3で割り切れる数字より少ないと思いますが」
「それって一人しかいないってこと!?むしろそれ誰!?」
「……と、まあおふざけはここまでにして」
おふざけかよ。必死に突っ込んだ俺は何だったんだ。
「そろそろ真面目にやってもらわないと困ります」
「トラウマ―は倒してるんだからいいじゃねーか」
「そういう問題じゃありません」
真面目にって言ったって。
そりゃ確かにさっきは少しふざけてたけど……
「闘いの時は真面目にやってるつもりだ」
「いいえ、真面目にやっていません」
なんだっつーんだよ。
「あのなあ、俺だってこれでも真面目に……」
「先輩、このままではいつか死にますよ」
「なっ……!?」
森は、ごく真面目に、落ち着き払った口調でそう告げた。
「この間、ダークケイトを目の前にして、どうでしたか?」
あの時の光景がフラッシュバックする。
「ど、どうって……」
アサオを消し飛ばす小柄な少女。
あの屈託のない笑顔。
「先輩も“一応”ヒーローですから、そこまでは鈍くないと思いますが」
一応、という単語が強調された気がした。
「勝てない、と思ったんじゃないですか?」
「……ッ!……それは」
嫌な汗が額から流れ落ちる。
「あれ以来、どこか諦めて闘っているんじゃないですか?」
「……違う」
森の真っ直ぐな、冷たい目を直視できない。
「トラウマーをこのまま倒し続けたって、世界を守ることはできない」
「……違う」
「なんとなくトラウマーと闘って」
違う。
「なんとなく勝って」
違う。
「今まで与えられたものになんとなく従って」
……ヒーローだから。それだけの理由で美少女って設定になんとなく従って。
「自分が死なないために闘って」
死にたくなくて、あれだけ必死に闘って。
死から逃れるように、何も見ないで、ただ闘って。
焦って闘って。
「先輩は自分に与えられたものの重みを知ったはずです。けれど、まだその重みに気付いていないフリをしている」
ああ、そうさ。
「今までと同じように振る舞うことで、問題を先送りにして。ただ与えられたものに縋って、ヒーローという名に縋っているだけです」
「……ッ!!違う!!」
「先輩は――」
「違うっつってんだろうが!!」
気が付けば俺は森の頬を殴っていた。
その頬は赤みを帯びていく。
「……ッ」
「……」
森は少し驚いたように目を見張り、しかしすぐに落ち着きを取り戻したように俺を真っ直ぐ見つめ直した。
「……!!……くそっ」
その視線に耐えられず、俺は逃げるようにその場を後にした。
「……なんで何もやり返さないんだよ……!」
いつもなら腕を引き裂くくらいのことするはずだろ……!
「……あの容姿であんな必死に走っちゃって」
「……パンツ、見えちゃいますよ」
一瞬だけ見た森の目は、先ほどの冷たいものではなく、
とても、悲し気なものであった。




