ダークケイトの帰還・前編
――ダークウール城――
「ええい!美少女戦士☆めもりはまだ倒せないのか!」
「ももも申し訳ございません。あとアサオ様……」
「アサオじゃなくてアサコと呼べと何度言ったらわかるの!このポンコツトラウマー!」
「ももも申し訳ありませんアサコ様……」
「で、何?」
「おおお恐れながら、美少女戦士ではなく、美少女ヒーローでは……」
「……」
「それでは月に代わって――」
「うるさいわね!どっちだって大して変わらないでしょうが!!」
「ぷぎゃっ」
人形の形をしたトラウマーを鬼の形相で殴りつけた、麻の生地のスカートをはいたその女性、アサオもといアサコは酷く焦っていた。
「……早く……一刻も早く、あの美少女戦士を倒さねば……!」
「びびび美少女ヒーロー……」
「うっさい!」
「ぷぎゃっ」
「ぶえっくしょい!」
今日もどこかの誰かが俺の噂をしているらしい。
まったく、ヒーローってのも辛いもんだ。
「……」
「あ、すまん。唾飛ん……だ……?」
見下ろせば、そこには悪の親玉よりも冷たい目をした森がいた。
「先輩」
「は、はい……?」
いかん、いかんぞ。
これは何か俺がやらかした時の目だ。
考えろ考えるんだなどという思考の間は一切あるはずもない。
「もし次にその姿で親父臭いくしゃみをした場合は酷く痛い目に遭うと覚えておいてください」
「腕!腕が後ろにクイッとなってるのは酷く痛い目じゃあああああああ!!」
「ちなみに唾はしっかりと私の周りに飛散したのでこれはその分です」
「飛散!?付着じゃなくて飛散でこれなの!?」
「付着した場合は腕が1回転します」
「えええええ!?」
「あ、親父臭いくしゃみをして、唾が私に付着した場合は3回転半します」
「トリプルアクセルじゃねーかああああああ!!!!」
「ふうん。次々とトラウマーを倒してるというからどんな奴かと思えば、大層間抜けそうなツラじゃないか」
「本当にわかってます?」
「わかってます!痛い!痛いのがわかります!」
「だがこのアサコが来たからには……」
「わかってないようですね」
「痛い!わかる!痛い!俺!痛い!わかる!」
「来たからには……」
「わかる!痛い程に伝わる!」
「おい!!」
「ん」
「お!」
軋む腕がようやく解放された。一体どこの誰かは知らないが、
「ありがとうございます」
「何で宿敵にお礼を言われなきゃならないんだ!私の話を聞け!」
「宿敵!?」
じゃあ、まさかこいつが……
「ああ、そうさ!私の名は――」
「もしかしてこいつがダークケイトか!」
「へ?」
「こんな物語の序盤で出てくるとはなんて卑怯な……!」
レベル20くらいの勇者の前に魔王が現れた感じじゃねえか。パワーバランス崩壊ってレベルじゃねーぞ!
「いやいや何言ってんだい、私は――」
「くそ!」
最早恥ずかしい台詞を叫ぶことに戸惑ってる場合じゃねえ。
「やってやらあ!!」
俺は変身ベルトの星を右に回し、力一杯叫んだ。
悪の親玉を前に黒歴史の確定だとか、羞恥心なんてこれっぽちもなかった。
「集まれ星の光!スターメモレアルタクト!」
俺の右手にはスターメモレアルタクト、通称SMAWロケットランチャーが現れた。
そう、油断していたのだ。ついさっきは噛まずに言えたから。
「な、なんだいその大仰な武器は!?」
「……」
目の前で驚くダークケイトと後ろで冷ややかな目線を送る森を尻目に、この時の俺は至って冷静だった。
「……いや、こいつだって武器としての威力は申し分ないはずだ」
威力だけならスターメモリアルタクトをも凌ぐ。
ただ美少女ヒーローが扱う武器としては非常に現実的すぎる、という一点を除けば何の不服もない。
「これで!終わりだ!!」
スターメモレアルが火を吹く。
「ちょっと……待ってええええええええ!!!!」
弾は一直線にダークケイトに向かい――
「や、やった、のか……?」
目の前は煙に覆われている。
弾はダークケイトに命中した、はずだ。
この至近距離では外しようがない。
「そうさ、当たらないわけがない」
当たった。当たったんだ。
「直撃で、やられないはずがない……!」
徐々に煙が晴れていく。
奴の姿は見えない。
勝った!勝ったんだ!
「やったぞ!森……」
森の方を振り向こうとしたその瞬間、
「こんの……クソガキ……」
煙の中の“何か”が動いた。
「やってくれたわね……!」
いや、何か、ではない。
それは紛れもなく“誰かの影”で。
「……嘘……だろ……?」
その影は紛れもなく、
「流石の私もブチ切れたわ……!!」
ダークケイトのものだった。
――油断して噛んだわけではなかった。
――至って冷静でなんていられなくて、
――俺はただ、焦っていたのだ。
「おや?あそこで戦っているのはもしかして――」
(つづく)




