赤井正太郎
「……どういうこと……?」
その日、いつものように私はトラウマー出現を感知した場所へ出向いた。
するとそこには、
「ありがとう!おじさん!」
「おじさんじゃなくてお兄さんだっつーの!」
見知らぬ男と少年、そして、倒されたトラウマーがいた。
「あ!めもりだ!」
「ん?めもり?」
私に気付き、こちらへやってくる二人。
「めもり遅いよー!このおじさんが先にやっつけてくれちゃったよ!」
「だからお兄さんだっつーの!」
「……誰?あなた」
訝し気に素性を問うと、その男は、快活な声でこう答えた。
「俺の名前は赤井正太郎!ヒーローやってんだ!」
「……え……?」
ヒーロー?この男が?
「え!?おじさんヒーローだったの!?」
「おいおい!どっからどう見たってヒーローだろうが!」
「えー!?だって変身してないじゃん!」
そうだ、変身しないヒーローなんてヒーローじゃない。
「いいんだよ!俺は変身しなくたって強いんだから!」
「えー?」
変身しなくても強い?まさかこの男、素手でトラウマーを倒したの?
「で、あんたこそ誰なんだ?めもり、とか呼ばれてたけど」
「え!?あ、私は……」
「おじさん知らないの!?『美少女ヒーロー☆めもり』だよ!」
「へえ!あんたもヒーローなのか!」
「……ま、まあ」
「トラウマー達といつも闘ってるんだよ!」
「トラウマーってさっきの怪物か?」
「そうだよ!おじさん本当に何にも知らないんだね!」
「うるせーなー」
この男、トラウマーの存在も知らずに闘って、それで勝ったって言うの……?
「ね、ねえ……」
「なんだ?」
「あなたも……ヒーロー、なの?」
「ああ!まあヒーローっつっても、不良をこらしめたり、ばあさんの荷物運び手伝ったり、地味な仕事ばっかだけどな!」
そう言って男は苦笑いしながら頬をかく。
「今日も、たまたまパトロールしてたらこの少年が変な怪物に襲われてて――」
不良をこらしめる?荷物運びの手伝い?
そんなのヒーローがやるようなことじゃない。
ヒーローはこの世の悪と闘って世界の平和を守るためにいるんだ。
この男はヒーローなんかじゃない。私は絶対に認めない。
ヒーローが二人もいるなんて――
「まあ同じヒーロー同士さ、仲良くしようぜ」
「え?わわっ」
無理矢理握手をさせられる。私は認めたわけじゃないのに。
「じゃあ、またな」
「あ、ちょっと……」
「あ、それと」
「え?」
「俺24歳。お前は?」
「……17だけど」
「じゃあ、俺を呼ぶ時は、『先輩』って呼べよ?めもり後輩」
「は、はあ!?」
「返事は?」
「……わ、わかりました、先輩」
なんて強引な男なんだ。
それからというもの、赤井正太郎はことあるごとに私の前に現れた。
「よ!」
「……」
「こら!なんで無視すんだよ!」
「……何で私の隣を走っているんですか」
「また例の、とらうまーだっけ?そいつの退治に行くんだろ?」
「……だったらなんですか」
「俺も行く!」
「……結構です」
「ちょ!待てよ!」
「……念のため言っときますけど、全く、似てないですからね」
「物真似じゃねえよ!って、おい!」
私がトラウマーとの闘いへ向かおうとすると必ずと言っていいほどいつも彼は現れた。
「へーお前強いのな」
「……当たり前じゃないですか、私、ヒーローですよ?」
「……にしてもその格好はちょっとアレじゃないか?」
「……アレ?」
「いや、だって、ほら、スカートが短いから……」
「……?……だからなんです」
「激しい動きすると見えるんだよ……中が」
「……ッ!……ねじり切る!」
「ちょっと待て!どこを切るつもりだ!」
「腕です!変な勘違いしないでください!」
「何赤くなってんだよ!待て!待て!」
かといって、私の邪魔をするわけでもなく。
「ありがとう!めもりちゃん!」
「どういたしまして」
「さすがめもりだな!」
「……おじさん、誰?」
「俺はこいつの仲間だ!あとおじさんじゃなくてお兄さんな!」
「そうなの?めもりちゃん」
「私もこんなおじさん知らないよ。さ、帰ろうね」
「うん!」
「ちょっと待て!あとおじさんじゃなくてお兄さん!」
「……先輩」
「ん?」
「……先輩は……その、いつも見てるだけですよね」
「だってお前一人で十分倒せる敵だろ?」
「……それはそうですけど。……なんていうか、先輩は、闘いたくないんですか?」
「?」
赤井は私の言っていることがまるでわからないという顔をする。
「一応……ヒーローなのに。悪と闘うのがヒーローでしょ?」
「俺だって悪と闘ってるぞ?」
「……先輩の言う悪はその辺の不良でしょう」
「その辺の不良だって何の罪もない人達に悪さするだろうが」
「……いや、それはそう、ですけど……」
「お前のやってることと俺のやってることなんて大した差もないと思うけどなー」
「……はあ……もういいです」
一緒にされるなんて心外だけど、これ以上何か言ったところで無駄だろう。
聞いた私が馬鹿だった。
「それにさ」
そんな私の徒労感をよそに赤井は爽やかな顔で、
「なんつーか、仲間の仕事を見てるとさ、安心できるんだよ。俺は一人で世界の平和を守ってるわけじゃないんだって」
そう私に告げた。
仲間。
友人に自分の夢を否定されて以来、私はずっと一人だった。
トラウマーを倒し続けてきたことで私の名は広まり、街を歩けば皆に感謝される。あの頃とは違う毎日。
けれどどんなに感謝され、羨望されたとしても、私が一人であることに変わりはなかった。
喜びを分かち合える人。私の隣を歩いてくれる人は誰もいなかった。
そんな私に、赤井が告げた『仲間』という言葉は、心に深く響き渡った。
「……先輩と一緒にしないでください」
「なんでだよー同じヒーローじゃねえか」
「先輩と私ではヒーローレベルが違うんです」
「ヒーローにレベルなんてあんの!?」
先輩を『ヒーロー』として、完全に認めたわけじゃないけれど、
「そんなことも知らないなんて、先輩は駄目駄目ですね!」
「なんでそんな嬉しそうに罵倒すんだよ!」
「べ、別に嬉しくなんかありません!」
「さてはお前Sだな!」
「ち、違いますっ!」
こんな毎日が続くのなら、ヒーローが二人いるのもそう悪いことでもないのかもしれない、そう思っていた。
しかし、そんな日々も長くは続かない。
心に、誤摩化しは決して通じないのだ。
「今日もおつかれさん!ほいタオル!」
「いりません、汗かくほどの相手じゃなかったですから」
「そうか?割とぎりぎりだった気もするけど……」
「そう思ったのなら手伝ってください。本当に見てるだけなんて役立たずもいいところです」
「……」
いつもなら何か言い返してくるはずの先輩が今日は何も言わない。
「……先輩?」
不穏に思い、顔を見ると、先輩は深刻な眼差しで、
「……お前さ、最近身体の具合でも悪いの?」
そう告げる。
「……?別にどこも悪くないですけど」
年中無休のヒーローが体調を崩すなんてもっての他。
体調管理も仕事のうちだ。
「いや、なんか、最近お前……弱くなってない?」
「……は?」
予想外の言葉に思わず間抜けな声を出してしまう。
「俺の気のせいかもしれんが、なんか、動きが鈍ってるというか……」
動きが鈍っている?私が?
「そんなはず……」
確かに今日は少し苦戦したかもしれないけど、それはトラウマーがいつもより強かっただけで――
「でも今日ぐらいの奴、今までのお前なら楽勝だったはずだろ」
そんなわけない!先輩は闘っていないからわからないんだ。
「先輩にはわからないかもしれませんけど、今日のトラウマーはいつもより強かったんです!」
思わず声を荒げる。
「いや、でも」
「……闘ってもいないくせにわかったようなこと口に出さないでください!」
声が響き渡り、静寂が流れる。
何、言ってんだ……私。
我に返り、後悔の波が押し寄せる。
「……めもり」
先輩が戸惑いながらも私に声をかけようとする。
「……それは……確かに、そう、だけど、でも」
「私は弱くなんかなってません!」
先輩の言葉を振り払うように一層大きな声を上げる。
しかし――
「いや、その人の言ってることは正しいよ」
幼い少女の声が、私の言葉を静かに振り払う。
「せっかく“最強”の称号を持つに相応しい子を見つけたっていうのに……」
私達二人にゆっくりと近付いてくる少女。
「『トラウマ』が弱まってるじゃないか。めもりちゃん」
「何……なのよ……」
全てを見透かされているような目線に、思わずたじろぐ。
「誰だお前。こいつに何の用だ」
尋常じゃない雰囲気に、先輩も緊迫した口調で問いかける。
「何の用ってめもりちゃんを迎えに来たんだよ」
「めもりを?迎える?」
庇うように私の前に立つ先輩。
「……あんた、誰よ」
私の問いに無邪気な笑顔でその少女は、
「僕はダークケイト。トラウマー達を束ねる王だよ」
恐ろしい言葉を口にする。
「王……?」
じゃあまさか、こいつが悪の親玉……?
「……その王が、めもりに何の用だってんだ」
「だから迎えに来たって言ったじゃないか」
私を……迎えに……?
「だって、僕達は仲間じゃないか」
「…………え……?」
仲間……?何、言ってるの……こいつ……・
「はあ!?何言ってやがる!めもりはお前を倒して世界の平和を――」
「君こそ何言ってるの?」
私の心の奥の“何か”がざわつく。
これ以上先を聞いてしまうと、取り返しのつかないことになってしまう、そんあ気がする。
「めもりちゃんはトラウマー化できる“最強”の人間じゃない」
トラウマー化?トラウマー化って何?
あの怪物、私がこれまでに闘ってきた、あいつらと何か関係があるの?
「そのめもりちゃんの今の姿がトラウマー化した姿だよ?」
この私の姿がトラウマー化した姿?
私は、あいつらと同じ、なの……?
「……なんだよトラウマー化って……」
「……通常、悪い思い出から生まれたトラウマーはその主から分離するんだけど、中にはそのトラウマーと自分を融合させることができる人もいるんだ」
やれやれと面倒くさそうに説明する少女。
「それが……めもりだってのか……?」
「そだよ。その姿も、身体能力も、魔法じみた特殊能力も、そして『トラウマー』や僕の存在に気付いたことも全て、めもりちゃんの『トラウマー化』が起因。いや、それらを望んだ故の『トラウマー化』と言ってもいいかもしれないね」
「そんな……まさか……」
「僕の所にはそんな人々が集まってる。だからめもりちゃん、僕の所においでよ。君のことをわかってくれる“仲間”がそこには大勢いるんだ」
少女は優しく、そして残酷に私へ手を差し伸べる。
私をわかってくれる?この人は私をわかってくれるの?
この人が私の、“仲間”なの……?
吸い寄せられるように私は少女の手を取ろうと手を延ばし、
「ふざけんな!めもりはお前達の仲間じゃねえ!俺の仲間だ!」
先輩にそれを、遮られる。
一転して光のない、真っ黒な目で先輩を睨む少女。
「……そうだね、君がいたんだ」
「めもりは渡さない」
「君がいたから、めもりちゃんは弱くなったんだ」
「……あ?」
「君がいたからめもりちゃんの『トラウマ』は徐々に弱まっていった。君が“勝手に”めもりちゃんのトラウマを消そうとしたんだ」
「……ッ!ふっざけんな!!」
「もうやめて!先輩!」
少女の胸ぐらを掴む先輩を止める。
「……もう、いいの……」
「めもり……?」
「……もういいの、先輩……」
私の心の奥にあった何か――『トラウマ』が湧き出てくる。
あの日しまい込んだ気持ち。
ヒーローを夢見る気持ち。ヒーローを目指しても無駄だとわかった時の気持ち。
それでも誰かに縋ろうとして、突き放された時の気持ち。
そして。
例えそれが、見せかけの希望だとしても、それに縋って、縋るしかなくて。
ずっとそれに気付かないふりをしてしまい込んでいた気持ちが溢れてくる。
『美少女ヒーロー☆めもり』は私の『トラウマ』の形。
この姿も、武器も、身体能力も、トラウマーを感知する能力も。
全て私が『トラウマー化』したことによって作り出した、見せかけの希望。
「そいつの言ってること……全部、正しいから……」
私の演じる『ヒーロー』は全て見せかけの嘘だった。
わかっていた。そんなこと初めから、わかっていたことなのに。
「だから……もう……」
目の前が真っ暗になり、立っていられなくなる。
今まで押さえ込んでいた闇が、光を飲み込んでいく。
「けど!お前の想いだって正しいはずだろ!?」
「……おもい?」
「世界の平和を守りたいって想いは!嘘なんかじゃないだろ!?」
「せかいを……まもりたい……?」
嘘だった?嘘だったの?
「……わからない……」
わからない。わからない。
「……わかん、ない……」
わかんない。もうわかんないよ。
「めもり!……っぐ」
「……これ以上僕のめもりちゃんを汚さないでくれるかなー?」
私への呼びかけを断ち切るように、胸ぐらを掴んでいる先輩の腕を少女の小さな手が握りしめる。
幼い子供の手に掴まれたとは思えない、鈍い音が響き、
「……くそ!」
思わず少女を突き放す先輩。
「困るんだよね、勝手なことばかりされると」
「めもりはお前のものでもなければお前の仲間でもない!めもりは、俺の仲間だ!」
「……ふーん」
少女の目線が先輩へと向けられる。
先ほどまで私へ向けられていた目線と同じ、まるで心の中を見透かすような、気味の悪い目線。
そうだ……この目線は私に向けられていたものと同じ――
「やめて!先輩は関係ない!」
「“めもりちゃんは君の仲間”か。なかなか言い得て妙なり、だね」
「……は?」
「やめて!」
「赤井正太郎、生まれついての才能と幼少の頃からのたゆまぬ努力……君は正しく、“姿形など変えず”とも“ヒーロー”だよ」
「な、何を……」
「けれど、そのあまりに真っ直ぐ過ぎる才能と努力によって、君は過去に一度過ちを犯しているね」
「…………!!」
先輩の目が、大きく見開かれる。
顔色はみるみる悪くなり、その拳は震えている。
「先輩!」
そいつの言うことに耳を傾けては駄目だ。
心が闇に、トラウマに、飲み込まれてしまう。
「そう、君は――」
少女が喋り終わるや否や、先輩は再び彼女の胸元を掴み、
震える拳で、彼女の顔を、胸を、腹を、腕を、脚を、
何度も何度も何度も何度も、
何度も何度も何度も何度も、
血が枯れ果てるまで殴り続けた。
その間、殴られている少女は、
「あはははは!あはははは!あはははは!あはははは!」
心から可笑しいと言わんばかりに、その幼い声が枯れ果てるまで笑い続けていた。
「あはははは!あはははは!あはははは!あはははは!」
私はただそれを、見ていることしかできなくて。
ただただ殴り続ける先輩と、笑いながら殴られ続ける少女を見ていることしかできなかった。
そうして最期に、その少女は確かに、私の方を見て、こう言ったのだ。
「僕はここで“死ぬ”けど、すぐにまた“戻ってくる”よ」
「だって、僕はいつだって、誰よりも君の側にいて、当たり前にそこにいる存在なのだから」
気付いたとき、その少女は俺に胸ぐらを掴まれたまま、息絶えていた。
俺の腕は、顔は、身体は、その少女の血で、真っ赤に染まっていた。
「そう、君は、過去にその手で人を殺しているね」
同じだ。あの時と。
少女が息絶えるまで殴り続けた不良を俺は、息絶えるまで殴り続けたんだ。
心の奥底に眠る、あの日の記憶が鮮明に蘇る。
「全部、俺のせいだろ」
「全部、俺が悪いんだ」
自分の力を、自分が積み重ねて来たものを心底憎んだ、あの日の『トラウマ』が蘇る。
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!」
「そうだ。全部、思い出したよ“めもり”」
俺はあの日、自分の積み重ねたものを否定したんだ。
自分は初めから何もできない、弱い人間だと思い込んで。
そう思い込むことでしか逃げることができなくて。
俺は、『トラウマー化』したんだ。
目の前の惨状の一部始終を見届けためもりは、ゆっくりと立ち上がり、
『美少女ヒーロー☆めもり』最終奥義の“魔法”を作り出す。
「……この魔法は“二度だけ”使える、『美少女ヒーロー☆めもり』の最終奥義」
変身ベルトの星を右に回すめもり。
「……そしてこの本は、先輩の記憶です」
光と共に現れた“この本”をそっと胸に抱き締めるめもり。
「いつか私が、世界の平和を守り切った時、ダークケイトを完全に倒した時、必ず先輩にお返しします」
その目からは、一筋の涙が零れ落ちる。
「ごめんなさい、先輩」
「集まれ星の光、メモロアルタクト」
『美少女ヒーロー☆めもり』になることができなくなった、そうなることを拒むようになった、そうなりたくなくなっためもりは、いつか来るであろう、自分の中の『トラウマー』が消えるその日まで、変身ベルトに自分の持てる力を全て詰め、
そしてあの日、再び出会った“先輩”に託したのだ。
『美少女ヒーロー☆めもり』復活の希望と『森めもり』の絶望を。
美少女ヒーロー☆めもり episode11
「赤井正太郎」