縁もたわけな3
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勇者の聖剣には、一つの呪いというか制約がある事で有名だ。
聖剣の真の力を発揮させるには、必ず両手で握らなければならない。
その両手って縛り、他人の手でも良いんだなぁ。
私は光り輝く聖剣を見てそんな事を思った。
「え? これって私が斬った事になるんですか?」
それはそうと大変な事に気が付いた。人間を斬っちゃったよ私!
しかも最悪な事に、人を斬り殺したという実感が全くない。
王侯貴族なんて人民の血を啜って生きている等とも言われるが、流石に啜ってる方もその自覚ぐらいはある。
それぐらいの自覚はあって当然の道理だ。
にもかかわらず、私ことメフティア・フレネス・アヴ・トゥロウサンは、自分の手で人を殺しておいてその実感がまったくなかった。
最悪だ! 無能とは別のベクトルで駄目すぎる!
「せめて殺すならしっかり殺すと思って殺せば良かった!」
「凄い事を言うんだなメフティアは」
私に人を斬り殺させておいて!
私は流石に我慢できずにショウ君の胸を両手で殴った。
全力で殴ってはいるが、どうにも頭の中でポカポカという間抜けな効果音が再生される。気が付けば私の手の中から聖剣は消えていた。
「メフティアがそんなにラドラリーを殺したかったのなら、殺しておけば良かったかな?」
「なに言ってるんですか、あれは死んだでしょ。真っ二つですよ? 知ってましたかショウ君? 人間は真っ二つになったら普通は死ぬんです」
ショウ君なら、体が縦だろうが横だろうが真っ二つになっても平気なのかもしれないけれど。
我々普通の人間は真っ二つにされたら死ぬのだ。
「ああ、大丈夫だよメフティア。確かに真っ二つにしたけど、聖剣は因果を無視できるんだ。残るのはラドラリーに寄生した魔族が斬り殺されたっていう結果だけだ」
駄目だ、何を言ってるのか理解できない。
ショウ君が私の顔を見て、遊んでいた風船がなぜ割れたのか理解できない猫みたいな顔だな、と笑う。
確かに私は猫派だが、猫ほどの知性を私に求められても困る。
「ほら、良く見ろよ」
私を抱えたままのショウ君が半回転。一瞬身構えたが、今度は悲鳴を上げずに済んだ。
まるでダンスのターンみたいですね。
存外、そんな華麗な足運びもできるんですねと、感心しながら顔を上げたら「アガガガガ」と人が漏らしては良くない悲鳴を上げる、斜めに斬れたラドラリー先生がいた。
「なにが大丈夫なんですか!」
うっわグロ。私は思わず悲鳴を上げた。
「いや大丈夫大丈夫、さっきまで完全に分割されてたから!」
戻ってる最中だから! 元に戻る予定だから!
ショウ君はそう言うが、絵面がグロい。
というか私を安心させるつもりなら、くっつくまで待って欲しかった。
「うわうわ! ショウ君もう一回ターンしてください! グロい! グロいですって! お肉がビヨーンって! ビヨーンって!」
ぎゃぁああ、内臓!
叫ぶ私にショウ君が笑いながら一回転する。
「360度回ったら一緒じゃないですか!」
「スマン! 面白くて回りすぎた!」
面白くて回りすぎたって何だ! 何なんだ!
「いっその事くっつくまで回ってるか! それなら見えないだろ」
流石にツッコミの言葉の在庫も尽きる。
ショウ君が私を抱えたまま、グルグルと営庭を回り続ける。
こちとら両足が浮いているので、外から見れば随分と間抜けな姿に見えるだろう。
初代勇者が魔族との戦争に勝ってから、公式では現れた事が無いという魔族。
それを倒したというのに、次代の勇者は私を抱えてクルクルと回り続ける。
しかも私の両足は遠心力でプラーンだ。
回転する景色の中で、ジイ様は笑い、お父様は真剣な顔でグルグル営庭を回る私達を見ているし、ヴァンセル兄様とヴァリア兄様は険しい顔で話し合っている。
できれば無能な私を本気で排除する事に決めたとかじゃない事を祈るばかりだ。
「なんかグルグル回るのって楽しいな! 公園にグルグル回る遊具が絶対に一つはある理由が分かったぞ」
「王女である私が使った事あると思います?」
王女である私が行く公園にそんな物はない。
あるのは池とか美しく整えられた花壇とかだ。あれはあれで良いものだけど、子供であった私が退屈したのは事実だ。
兄様がたのように、園遊会に集まった貴族を相手に上手く立ち回るなんて私には出来なかった。
「俺と同じだな!」
ショウ君がなぜか嬉しそうに笑う。
私は思ってしまう。
それは――、違うでしょうにと、私は思ってしまう。
無能が故に、城を抜け出す度胸もなければ手管も無かった私と。
ただ勇者の子孫で、人よりずっと強いからと、幼少のころから王国の災難を払ってきた貴方とでは、同じではないでしょうに。
強さは自由を保障する。
そうであるのに、なぜ貴方は王国に、王家に仕えるのですか?
クルクルと回る景色を背景に、ショウ君が幼い少年のような顔をして笑う。
ただ単に、営庭でグルグル回るのが楽しいのだと言うように。
この人はきっと自由を好む。
私達王家は、この人からどれ程の自由を毟り取ってきたのだろうか?
想像すると、それはとてつもなく恐ろしい事に思えてきた。
私は上手く言葉にできない恐怖に、ショウ君の胸に顔を押し付けるようにして視線を逸らした。
「ショウ君は……王家が憎くないのですか?」
彼がどんな顔をするのか? 怖くて顔を上げられない。
「何を憎むんだよ?」
ショウ君が笑ったのが胸から伝わる。
「面倒ではあるけども、ここが俺の居場所だ」
ショウ君が私の両脇に手を入れて、ぐっと持ち上げる。
これ完全に幼い子供にやるやつですよね?
ショウ君が宙に浮いた私を見て笑う。
「自分の居場所にいるには面倒は付き物だ。ご先祖様ノートにもそう書いてある。そして俺達にとってその面倒がある事は、とても嬉しい事なんだよ」
それが本当に大事なものなのだと、ショウ君の顔は語っていた。
無能である私には、それが理解できない。
人類最強の人間、人の希望、私達がそうであって欲しいと願ったからそうである存在。
勇者の気持ちは私には何一つ理解できない。
「それに借りもあるしな」
「それ本当に何なんです? もうそろそろ教えてくれても良くないですか?」
そしてその借りとやらも理解できない。
「やだよ恥ずかしい」
恥ずかしい借りってなんだ? やっぱり分からない。
私はショウ君の事が本当に分からない。
それはまあ、ありていに言って悔しいことだ。
こんな友人同士がする馬鹿みたいな遊びのように、魔族を斬り殺しておいて営庭でグルグル回っておいて。彼の事を理解できない自分が悔しくなった。
もしかしたら、ショウ君と友達になれたら理解も出来るようになるんでしょうか。
ショウ君の中に、無能と友達になるという選択肢はあるのだろうか?
あったらいいな。
持ち上げられ、背ける事が許されぬ視線の先で勇者が笑っている。年相応の少年のように。
私はこの人と友達になりたい。
「ショウ君、私やりたい事が一つできました」
ショウ君が軽く首を傾げ、おっとくっ付いたな、と言ってグルグル回るのを止める。
終わってしまうと、グルグル回っていたのを惜しむ気持ちがわく自分が面白い。
まあ、これも? 凄く広義の意味ではダンスだったのかもしれない。
私は身に着けた所作が錆び付いていない事を祈りながら、ダンスパートナーに向かって片足を後ろに引いて、膝を柔らかく曲げ、上体を傾け過ぎないように気を付けながら優美に曲げる。
よし、我ながら完璧なお辞儀だ。
「あーそれで? メフティアはいったい何がやりたいんだ?」
最強勇者が律儀に質問してくれる。
あー、成る程? 私は、借りは何だと訊かれて答えるのを恥ずかしがるショウ君の気持ちが少しだけ理解できた。
「恥ずかしいから秘密です」
私はそう言って笑った。




