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Wolf-3 待ち合わせは廃教会で 2

 ヒトケダモノとは、人間の姿でありながら獣の特徴を持つ者、また、獣の姿でありながら二足歩行をして言葉を操る者達の総称である。人間でも獣でもない、特異な者達。人間のような衣食住を求め、獣のような本能と共に生きる、特異な者達。その多くが、古くから差別と偏見の中で生きていた。ベアトリクスの秘密基地にも見世物小屋から逃げて来たヒトケダモノの子供がいる。彼らの自認は人間に近いため人間や他の獣を食らうことは基本的にはないが、人狼をその変異種ではないかとする説が有力ではあった。とはいえ、人と狼の姿を行き来する人狼の実態は現状誰にも分かっていない。


 そういえば、とオリヴィエが呟いた。


「気を付けてほしいことがあって」

「狩人が近くを通るとか?」

「令嬢の一行が通る」

「……令嬢? お嬢様が、こんなところを?」


 教会にいるのは二人だけ。他には誰もいない。それなのに、オリヴィエは周囲を見回して声を潜めた。余程秘密の情報らしく、ベアトリクスは耳を澄ませる。


「シュネーヴェの伯爵令嬢がヴァイスベルクの王子に嫁ぐという話がある。近々挨拶に行くそうなんだ。国境の山を越えるのは令嬢には酷だから、ルージュを回って行くらしい」

「へえ。お嬢様、かぁ。綺麗なんだろうな」

「どこを通るのかは秘密になっているけど、この辺りを通る可能性が全くないとはいえない。もし見かけても近くへ見物に行くなんてしないでくれよ。まして、その荷物を盗もうとか」

「しないしない。流石に警備が厳重そうだしね」

「警備が薄かったらやるんだ……」


 ちびっこ達にも言っておくんだぞというオリヴィエの言葉に、ベアトリクスは頷いた。


 それから少しの間、二人は並んで座って女神像を眺めていた。かつて人々の祈りを受け続けていた体は若干傾いているが、二人が出会った時は今よりも真っ直ぐだった。何もせずにただ一緒にいるだけでその時間は楽しいものになった。既知の者と何度も会えることが、この国では何よりの幸せである。


 帰り際、オリヴィエは小さな箱を差し出して来た。前回、森で見付けた木の実を詰めてベアトリクスが渡したものである。


「ん。何?」

「開けてみて」


 蓋を開けると、茶色い焼き菓子がいくつか入っていた。ほんのりと香りも漂っている。


「ガレットだよ」

「オリヴィエが作ったの?」

「いや、貰い物なんだ。たくさんあって俺だけじゃ食べられないから。よかったら」

「ありがとう! みんな喜ぶよ」


 甘い香りをたっぷりと吸い込んで堪能してから、ベアトリクスは蓋を閉じる。


「また美味しそうな果物でも見付けたらこれに入れてオリヴィエにあげる」

「あぁ。また今度」

「また、ここで」


 半月後の待ち合わせの約束をして、二人は教会を後にする。ガレットの入った箱を持って歩くベアトリクスの足取りは軽い。


 草花に彩られた獣道を歩く、深紅の頭巾の少女。こんな森の中を一人で歩いては危ないですよ、などと忠告をしてくれる者などいない。


 秘密基地に戻ると、レミが血相を変えて駆けて来た。


「あっ、あ……姉ちゃん……!」

「どうしたの」


 レミはぽろぽろと涙を零す。その後ろから、大きな大人の狼が顔を見せた。ボロボロの鞄を咥えており、それをベアトリクスに差し出して来る。普通の獣である普通の狼の言葉は分からないが、意図は分かった。手を伸ばして受け取ると、見た目よりも一層ごわごわとした壊れた鞄の感触が伝わって来た。


 見間違えるはずのない鞄は、レミの父親のものである。血と思しき汚れがこびりついていた。


「……死んだんですか」


 ベアトリクスの言葉に狼は小さく鳴いた。


「……そうですか」


 レミが声を上げて泣き始め、頽れる。


 戦争は嫌だよねという話をオリヴィエはしばしばする。ルージュで暮らす人間は人狼の危険に晒されているものの、他国との戦争状態には現状巻き込まれていない。しかし、人間の知らないところで戦いは起こっていた。


 この国には二種類の人狼がいる。人間を食らう者と、食らわない者である。食らわない者は、決して人間がかわいそうだからやめようなどと言っているわけではない。人間を食べていれば我々は討伐されてしまうので、己の身を守るために人間に手出しするのをやめようと主張している。それを受けて、食らう者達は食らわない者達を軟弱者と罵った。我々が滅ぼされる前に人間を全て食ってしまえば良いと言う。食うのをやめようと言い出した者が現れて以来対立はずっと続いており小競り合いが頻発していたが、二年ほど前に遂に大きな戦いの火蓋が切られた。


「母さんに手紙を書くから、明日までここにいてください。一晩一緒にいれば貴方の子供も喜びますし」


 狼は返事らしき鳴き声を零すと、子供の狼達が溜まり場にしている商店の方へ駆けて行った。左後ろ足を少し引き摺るようにして。


 人間の村に紛れ込んでいない時、人狼達が暮らしているのは人間が立ち入ることのできない森の奥深くである。ベアトリクスとレミも、かつてはそんな場所で群れの仲間と比較的穏やかに暮らしていた。しかし、戦いが起きた。縄張りと縄張りの間でこれまで以上の睨み合いが続き、度々これまで以上の大きな争いが起こって今までよりも大量の血が流れた。子供達が巻き込まれてはいけないと、レミの両親は群れの子供達を逃がすことにした。人間を食らわない人狼の群れは他にもあったためそこの子供のことも心配だったが、他人のことまで救う余裕はなかった。そのため、ベアトリクスはレミと群れの子供達数人を連れて逃げて来たのだった。


 人間を食らう人狼と、食らわない人狼。その対立に普通の獣とヒトケダモノも巻き込まれつつある。秘密基地にいる普通の狼と狼の特徴を持つヒトケダモノは、そんな親から逃がされたり親を失ったりした子供達だった。


「さっきのおじさんが教えてくれたんだ……パパ……怪我した人を守ろうとして死んだんだって……。その人も、死んじゃったらしい……」

「そう」

「パパ……パパ……」


 レミは涙を拭うが、拭っても拭っても次から次へと涙が零れ落ちていた。幼少の子達の前でお兄ちゃんぶっているレミも、まだ十歳の子供である。ベアトリクスは血の繋がらない大切な弟の頭を優しく撫でた。


 オリヴィエの祈りが女神に届けば良いのに。自分も祈った方が良いのだろうか。そんなことを考えながら、ベアトリクスは泣き止まないレミを連れて役場へ向かう。伝令の狼によってもう何人かの訃報が知らされたのか、商店の方から子供の狼達の悲しそうな鳴き声が聞こえていた。


 母に、何と手紙を書こう。父の死を聞いたこと、レミが酷く悲しんだこと、オリヴィエが第三別邸に移って来たので最近また交流していること、自分は元気だということ、子供達も怪我や病気をしていないこと。村長の席に座ってペン先をインク瓶に付けたまま、ベアトリクスは真っ新な羊皮紙を眺める。


 居室にしている二階からレミの泣き声が聞こえている。父の死を受けて悲しみに暮れるレミに対して、ベアトリクスは落ち着いていた。決して悲しくないわけではない。レミの父親は自分の父親でもある。本当の子供のように育ててくれた、大好きな父さんだ。けれど自分はみんなのお姉ちゃんだから、みんなの前で涙を見せるわけにはいかなかった。


「っ、父さん……」


 みんな元気にしています。母さんもどうか無事で。


 ベアトリクスは手紙を書き終えると、文面を確認する。最後の行だけ、零れ落ちた雫に文字が滲んでしまっていた。

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