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第8話 転生

 アルマンド王子の死は側近の乱心によるものだと発表された。隣国ピエリから調査団が派遣されたが、口裏は合わせていた。


 側近のオネスト・アリオッテイがポーカーの最中に突然短銃を取り出してアルマンド王子を撃ったと。


 そしてアルマンド王子が若い男娼を部屋に連れ込んだところをオネストに咎められたのを侍女が目撃したと。


 元々男色家で有名な王子だったので、側近アリオッテイとの関係は有名だった。調査団は王子への嫉妬による殺害だと結論を出した。


 これで一件落着のはずだが、俺の立場は微妙だった。俺の窮地を救ったベルトルドは王からお褒めの言葉を授かった。


 俺はその時のやり取りを聞いてわかった。王とベルトルドは通じていると。


 たぶん俺の行動一切合切は報告されているのだろう。ベルトルドが裏切ったことに腹が立ったが、そこは抑えた。


 王は俺に普段と変わらぬ生活をしろと言った。下手に蟄居処分でもしようものなら、やはり後ろめたいことがあったと隣国に疑われるからだ。


 これはありがたい。胸糞悪い事件を忘れてしまいたいと思っていた。


 銃が入れ替わったのは、メイドに預けた銃が汚れていたので気を利かせて取り替えたのが理由だった。単なるミスだったのだ。


 

 深夜、ベッドに入ってた俺は物音で目が覚めた。寝返りをして体を横にすると、何やら人の気配を感じた。


 酒場で酔っ払った俺をベルトルドが介抱して宿屋に連れてきたから、てっきりベルトルドが合鍵を使って入って来たと思った。


 やつは両刀使いとの噂もあるから、こりゃ厄介だ。

 ポトッと何かがカーペットに滴り落ちた。


 さらに、ポタポタと。


 俺は瞼を開けた。


 目の前に血みどろの顔が現れた。額に銃弾の痕があった。血が吹き出ている。



 ひいいい────!



 ベッドの脇に立っていたのは、死んだアルマンド王子だった!


「化けてでたか!」


 俺は枕を投げつけた。


 枕がアルマンド王子の半透明の体を貫いて床に落ちた。



 間違いない。幽霊だ。



『オレハオマエニコロサレタ。コノウラミ、カナラズヤハラシテミセヨウ』


 ものすごい形相で睨まれた。


 伸ばした右手が俺の首筋を掴んだ。息ができない。アルマンド王子の血だらけの顔が近づいた。



「リベリオ殿下!」



 バァ───ン!!


 扉を体当たりで壊してベルトルドが入ってきた。


 俺がアルマンド王子の幽霊に襲われているのを見たベルトルドが、一瞬ひるんだ。


 ベルトルドは上着のポケットから瓶を取り出して中身の液体を幽霊に振りかけた。


 

 ぎゃあああ────!!



 俺の首を締めた指が離れた。天を仰いだアルマンドの体から蒸気のような煙が吹き出た。


 その蒸気とともにアルマンドの幽霊が掻き消えた。



 俺はベッドで体を起こした。首を手でさするとヒリヒリした。夢とは違う実体化した幽霊だった。


 ベルトルドが俺のもとにやって来た。


「何をぶっかけた? そいつで消えたぞ」


 ベルトルドは瓶の蓋を締めた。


「教会の聖水です」


「そんなものいつも持ち歩いてるのか?」


「何があるかわかりませんからね」

 ベルトルトは涼しげな顔で言った。



 俺は再びベッドに入ったが頭の中が興奮状態で眠れなかった。恨みはどこに行っても付いてくる。あれこれ考えて朝を迎えた。


 洗面所の鏡で喉を見たら赤い筋が出来ていた。もしベルトルドが来なければ死んでいたかも知れない……



 昼になって王宮に貴族院からの使者が来た。俺に登院せよとのお達しだ。何やら胸騒ぎがした。



「──今回の騒動の後始末は大変でしたぞ」


 貴族院議長のマロッコニが白い顎髭をさすりながら言った。俺は王より威厳のある人物を睨みつけた。


 そんなことわかっている。だからこうして頭を垂れているんだ。


「すまない。どこから歯車が狂ったやら……」


「最近の王の様子に違和感がありますぞ。何やら企んでおられるに違いない」


 どうせ俺を廃嫡して妹のフローラを女王に仕立てることだろう。俺はそれには納得している。王族なんて籠の鳥の生活にはうんざりしていたのだ。俺は……自由になりたい。


「殿下、あなたの行く末は派閥の命運がかかっております。そのことを重々お忘れないように」


 釘を刺された。俺を推していた派閥の長が貴族院議長のマロッコニだ。甘い汁をずっと吸っていたいように見える。俺に逃げられたら困るんだ。


「王宮に不穏な空気が漂っております。お気をつけなされ」



 確かに王宮の空気が一変していた。侍女たちが俺を見ると目をそらすようになった。男の下僕たちは慇懃無礼に挨拶した。やはりあの一件から俺の王宮での立場が微妙になった。


 噂話は王宮で最大の娯楽だから仕方ない。俺は自室に戻って椅子に座って天井を仰ぎ見た。その時、扉から女の声がした。


「お兄様、私です」


 フローラだ。


 何の用だ? 



     ◇



「先程、お父様から女王になる気はあるか? と聞かれました」


 やはりそう来たか。

 父は俺を完全に見限ったのだ。


「……私は女王になる気はありませんとキッパリ言いました。だから安心してください」


 おいおい、なんだよこの展開。俺は幼い頃から帝王学を学んでいた。長男ということで王になることは確実だった。もし凡庸な王だとしても貴族院がしっかりしてるので何の問題もなかった。


 なのに一連の流れは俺を王座から遠ざけるように思えてならない。もちろん、俺は王に何がなんでもなりたいわけではない。


 しかし、俺を頼りにしている側近や派閥を裏切るわけにはいかないのが辛いところだ。


「お兄様が次期国王になるべきです」



 妹が帰った後、俺はよくよく考えた。フローラは俺が王の椅子に関心がないことを知ってる。


 しかし、そのことでこの国の秩序が崩れるのを嫌がっている。


 海千山千の貴族たちが俺の背後にいて操り人形にしようと目論んでいるのだ。


 俺は頭の毛を掻きむしった。権力争いなんか大嫌いだ。これも因果か……


 なんで王族などに【転生】したのだろうか。俺は前世ではただのホストクラブの従業員、ホストだったのだ。



     ◇



 きゃあああ────!



 階段で俺の脚にしがみついた女を蹴り落とした。

 踊り場でうつ伏せに倒れた女は鼻を抑えていた。しこたま打ったらしい。起きおがってこちらを見あげた顔を見て仰天した。鼻筋が少し曲がっていた。


 俺は腹をかかえて笑った。


「ハハハッ、せっかく整形したのに残念だな」

 

 ──ボキッ!


 女は自ら鼻頭をつまんで捻った。鼻が真っ直ぐに治った。


「整形手術をしたのはあなたのためよ、私を捨てないで!」


「知るかボケ」


 俺の捨て台詞に女は薄っすら笑った。目は焦点が合ってなかった。立ち上がって足元の赤いハイヒールを蹴り落とした。そしてハンドバッグから出刃包丁を取り出した。



「おい、まさか……」


「安心して、私も後から行くから」



 俺は腹を刺された。


 腹の出血を手のひらで押さえた。俺は突発的に逃げた。背後から女の怒声が聞こえた。



 路上で躓いて転んだ。気づいたら女が仁王立ちしていた。俺の体目掛けて出刃包丁が振り下ろされた。何度も何度も何度も。



 グサッ



 グサッ


 

 グサッ!!



 俺は女に滅多刺しされたのだ。罠にはめて金をむしり取ったあと、しつこく付きまとった女を捨てたらこのザマだ。


 ……それにしてもつまんない一生だったな。いいことなんか何もなかった。



 こうして俺は痴情のもつれで、あっけなく現世を去った。


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