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第7話 銃弾

 ヴァスコは左側の分岐点に向かった。背後でフローラが声をかけたが耳に入らなかった。


 ゆっくり歩くと、目の前に濃い霧が広がってきた。足元を気にしながら前進した。


 落石に注意をはらったが、石が落ちて来るような気配はなかった。すこぶる安全な道に思えた。


 しばらく歩くと霧が薄くなって見通しが良くなった。峠の眼下に広がる広大な畑に目が釘付けになった。当然、葡萄畑が広がってるものだと思ったが、違った。


 ヴァスコは畑まで降りて辺りを見渡した。見慣れぬ植物が群生していた。


 この不気味な植物は……間違いない。



 ──ケシだ。



 目の前には葡萄畑ではなく、ケシ畑が広がっていた。花は咲いているのに、虫の羽音ひとつ聞こえなかった。


 ケシ畑の奥に古びた小屋があった。ヴァスコの足はそこに向かった。


 小屋の扉を開けた。

 薄暗い部屋の中は煙が充満していた。腐りかけた果実のような甘酸っぱさが、鼻孔を刺激した。思わず咳き込んだ。


 奥に壁に背中をあずけて翡翠のアヘンパイプを咥えている男がいた。


 その男を見てヴァスコは驚愕した。



 似ている……



 俺とそっくりな顔立ちの男がそこにいた。


 ヴァスコはアヘンの原液が気化した煙を吸い込んだ男に近づいた。


 虚ろな目でこっちを見ている。こけた頬は生気が吸い取られたように見えた。生きる屍だ。

 

 だが、似ている。


「お前は誰だ? 俺とそっくりだが」


 まさか双子?


 いやいや、ヌヴォラーリ王家の直系は俺とフローラしかいない。母は体が弱くて、これ以上子供を産むのを諦めた。

 

 と言うことは、こいつの正体は……


 男がアヘンパイプから口を外した。


「遅かったな」


「お前は誰だ?」


「何を言ってる。俺はヴァスコだ。いや、偽名ではなく本名を語ろう。リベリオ・ヌヴォラーリ。アウグスト王国の第一王子だ」


 

 俺が二人いるだと?


 そんな馬鹿な。


「もういい、いい加減戻っておいで」


 その言葉がきっかけだった。


 俺の体が発光した。気がつくと半透明の体になっていた。手のひらを見ると透けて見えた。


 半透明になった体がもう一人の自分に引き寄せられて行く。


 

 ついに重なった。



「おかえりなさい。夢の旅人よ」


 頭の中に渦巻くもやが、一瞬きれいに晴れた。



 ──そうだ。



 俺はアヘン中毒者だったのだ。かつての楽しかった思い出を妄想して、彼の地に魂を飛ばしていたのだ。



     ◇



 俺は賭け事に目がない。ポーカーゲームにはまってる。

 貴族たちをカモにしていたが、俺が席を外して戻って来たとき、扉の向こうの話し声が聞こえた。


「いい加減わざと負けるの辛いですね」


「言うな。これは将来への投資と思え。小遣い程度で負けて喜んでもらえるならいいじゃないか」


「手に汗握る勝負がしたいが、ここでは無理だな」

 笑いが起こった。


 俺はショックだった。こいつらは俺が第一王子だから手ごころをくわえてポーカーをやってたというのか。


 何とも腹立たしい。怒鳴りつけてやろうか!


 しかし、同世代の貴族の仲間は彼らだけだ。いずれ俺が王に即位したときの側近になる人間だ。俺は扉を開けた。


「よし、もう一回だ。掛け金を上げよう!」



 大勝した。事前に掛け金を上げたおかげで彼らは散財した。でもその表情は満足気だった。


 いわばコネ作りに必要な資金とでも思っているのだろう。俺は面白くなかった。


 でも、今貴族たちで俺を相手にしてくれるのはこいつらくらいだ。


 俺は父から疎まれている。父の即位20周年の記念日当日、俺は王宮の祝賀会場に出席しなかった。


 表向きは急病ということだったが、本当は町の娼館で一夜をすごして寝過ごしてしまったのだ。


 前夜、酒を浴びるように飲んでいたから、起きたのは夕方だった。


 王の父は言った。


「今回は許す。次はないぞ」


 俺はその意味を考えた。第一王子の肩書きが危うくなった。幸い兄弟は妹のフローラがいるだけだ。


 フローラとは仲がいい。もしフローラが女王になりたいのなら譲ってもいい。俺は肩苦しい王族のしきたりにうんざりしていた。


 こんなボンクラになったきっかけは失恋だった。


 俺は人妻に恋をした。夢中になった。だがその恋は長く続かなかった。


 不貞行為を知った公爵は妻を殺害して、俺に対する恨みの手紙を残して自害した。


 俺は蟄居処分を命じられた。憔悴した俺の夢に人妻アンナの恨ましい姿が出た。


 俺に対する怨念を残してあの世に行ったのか。



 俺は酒に溺れた。



 街に出て酒場で浴びるように呑んだ。俺の正体を知らない男たちに絡んで殴られたりした。


 路地裏でボコボコにされた。そんな姿の俺の前に誰かが立った。


「こんなところにいてはいけません」


 俺は顔を上げた。


 妹のフローラがいた。



     ◇


 

 俺はフローラの護衛の騎士に肩を貸してもらった。


「まだ俺を見捨てないのか?」


「お兄様は自分で抱え込みすぎです。辛いこと悲しいこと……私に話してください」


 フローラは涙目になった。


 ああそうだった。父に疎まれた俺に、唯一味方になってくれたのはフローラだけだ。


 俺は妹が可愛い。腑抜けの兄を見捨てないでいてくれた。こいつだけは泣かせたらいけない……


 俺は王宮に連れ戻された。





「そろそろ身を固めたらどうだ」


 父のライモンド・ヌヴォラーリ王が俺に言った。


 手渡された地方貴族一家の肖像画の写しをいくつか見ているうちに目に止まったものがあった。


 アウグスト王国南端の辺境伯マスケローニの娘たちの肖像画だ。


 三姉妹がぶどう畑を背後に並んで立ってる姿が描かれていた。


 俺は肖像画に添えられた封書を開いた。三姉妹の情報が事細かく書かれていた。


 真ん中の女がロザリンダか。気の強さが顔に出ている。こいつは尻に敷かれるな。でも浮気するような女ではなさそうだ。


 アンジェラは恋多き女って感じだ。男の心を揺さぶる妖しい色気が滲んでる。ちょっと苦手なタイプだ。


 そして……末っ子のエレナ。



 ──俺は絶句した。



 俺が愛した夫に殺された公爵夫人のアンナと似ていた。俺は身震いした。


 無性にこの子に会ってみたくなった。どうせ玉の輿目当ての女だろうが、俺はそんな手には引っかかるつもりはない。


 そうだ、無精髭をこのまま伸ばしてリベリオ第一王子とわからぬように変身して会ってやろうか。


 それには協力者が必要だな。フローラに頭を下げるか。兄の面子は下がるが、そんなことどうでもいい。


 彼女と会って話したい。もし、俺が思ってるような女だったら……



 アンナの代わりになるような女はもういないと絶望していたが、少しでも似ているところがあったならば結婚したいと思った。


 愛せないだろう。でも愛する振りはできる。それで充分な気がする。


 もうこれ以上、傷口を広げたくない。俺は……癒されたいんだ。



 半年がたった。鏡を見て顎を手のひらで撫ぜた。髭面が似合うようになった。


 父に辺境伯の娘たちに会う用意が出来たと言った。


そして妹のフローラに今回の役割を頼んだ。王都を出発した。



 **********



 マスケローニ伯爵領から王宮に戻って3ヶ月が経過した。


 父からわが国にやって来た隣国ピエ二の第一王子の接待を命じられた。


 使節団が王に謁見したとき王子と目が合った。彼は親しみを込めた笑みを浮かべた。



 アルマンド・メコーニ



 賭け事が好きだとの情報がある。隣国ピエニの王族はポーカーゲームにハマっていた。


 アルマンドは王との会見後、俺を追いかけて目を輝かせて言った。


「リベリオさん、あなたはポーカーの名手と聞いています。ぜひ一度手合わせしてください」


 やれやれと思った。このところ俺のポーカーの腕前は近隣諸国まで鳴り響いていた。


 この王子とのポーカーはただの接待にすぎない。テンションだだ下がりだ。しかし、そこはにこやかに応じた。


「それでは今晩やりましょう。アルマンド王子の腕前楽しみにしています」



 晩餐会のあとアルマンド王子を娯楽室に連れて行った。いわばポーカー部屋だ。


 俺は様々な国の貴族たちとポーカーをやる。そこでの雑談は各国の情勢を探るのにもってこいだった。


 とくに大事なのは貴族たちの動きだ。


 とある国の反王族の勢力が共和国を作ろうと目論んでいるという噂は、わが国にも影響が及ぶかもしれないので耳を傾けたものだ。


 なぜか負けがこむほど饒舌になる貴族が多い。アルマンド王子からはどんな話題が出てくるか、楽しみにしていた。


 それと今回は余興が仕組まれていた。これは俺の側近のベルトルドが考えたものだ。


 まず、ポーカーゲームで負けた俺がアルマンド王子に因縁を吹きかける。



『カードをすり替えたな!』と。



 そしていきなり用意していた短銃を王子の額に向けて引き金を引く。


 もちろんこれはフェイクだ。短銃の先っぽから少量の火薬の爆発で白旗が飛び出る仕組みになってる。


 パーティー用の面白グッズだ。その後、ケーキを持った侍女が登場してみんなでアルマンド王子の誕生日を祝う趣向だ。


 このサプライズ演出で喜んでもらえるはずだ。






 と思ったが……とんでもないことになった。



 ズバァ────ン!!



 銃弾が発射された。



 鼓膜が破れんばかりの轟音! 周りの声が一瞬、聞こえなくなった。

 



 アルマンド王子の額に着弾した。血しぶきとともに王子が仰向けに倒れた。


 えっ?


 何だこりゃ!


 俺は手元の短銃の先端を見た。花火とともに旗が出るはずなのに……


 ──本物の銃弾が発射されたのだ。



「死んでいる……」


 アルマンド王子の側近が王子の即死を確かめた。


 お、俺は隣国ピエ二の王子を殺してしまった。こいつはやばいぞ。何とかしなければ……



 いきなりベルトルドが壁に掛けた装飾品の剣を手に取って抜いた。そして俺を一瞥した。


 おい、まさか……


 俺を捕らえるつもりか?



 ──違った。



 ベルトルドはこの部屋にいたアルマンド王子の側近の腹部を剣で刺した。


「……なぜ、こんなことを」

 側近が言った。


「アルマンド王子の暗殺犯め、死ね!」


 ベルトルドは剣先で喉を貫いた。そして俺の握ってた短銃を取り上げて、うつ伏せに倒れた側近の右手に握らせた。剣は俺に手渡された。



「今、アルマンド王子の暗殺犯をリベリオ第一王子が討ち取った!」

 ベルトルトが大声を張り上げた。



 その声とともにドアから衛兵がぞろぞろ入ってきた。俺は夢じゃないかと頬をつねりたかったが、剣の重さは現実だった。


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