第11話 指輪の宝石箱
この世界には“転生者”と呼ばれる人間がときおり現れるのは知ってたけど、まさか姉と妹が転生者だとは夢にも思わなかった。
しかも何の因果かすべての糸が複雑に絡みあった。
姉のロザリンダ、妹のエレナだけではなく私アンジェラも転生者なのだ。
前世の名前は鈴木花梨。職業は警察官。警官学校を出てすぐに所轄の交番に勤務した。
その年のクリスマス直前の夜にあの事件が起こった。
女が路上で男を出刃包丁で刺した事件。駆けつけた私は同僚の先輩警官が襲われそうになったので、咄嗟に拳銃を発砲した。
パァ────ン!
仰向けに倒れた女の顔を見て仰天した。ニンマリ笑ってるように見えたからだ。そして息絶えた。
私が発砲した瞬間は野次馬のスマホで撮られていた。動画サイトに拡散された。その再生回数は桁外れになった。
いつしか私の個人情報までもがSNSに晒されるようになった。
《人殺し》
《神崎浩子は悪人のホストを殺した正義の人なのに、なんてことをしたんだ》
《死ね》
《死ね、死ね、死ね!》
罵詈雑言のコメントだらけだった。もちろん擁護のコメントはあったけど、そんなのすずめの涙ほどだった。
「気にすることない」
交番の先輩は命の恩人である私に優しかったけど、私は悩んだ。
人を殺したことが重く心にのしかかった。仕方ないとはいえ、殺人をしたのだから。
当時付き合ってた彼から別れ話をされた。やはり職務とはいえ人を殺害したことが許せないらしい。
そんなに倫理観が強い人だったかな? とは思ったけどショックは大きかった。
それと私が殺した神崎浩子が悲劇のヒロインだとマスコミで騒がれた。
ホストの毒牙にかかった女子高生が転落する一連の流れを、テレビのワイドショーはこれでもかと放送した。
私はいたたまれなくなった。ある日、交番の扉に【人殺し】の文字が赤いペンキで書かれていた。
正義の銃弾だったはずなのに……
でも私が亡くなったのはこの事件が理由ではない。
非番の日にバスに乗ってたらタンクローリー車が橋の上で追突してきた。
バスは橋から転落した。バスの中は阿鼻叫喚の騒ぎだった。私の体はフロントガラスを突き破って川に落ちた。
気がつくと白衣の看護師が顔を覗いていた。
「先生、意識が戻りました!」
私は酸素吸入器と点滴をされていた。どうやら集中治療室にいるみたいだ。
私が意識を取り戻して最初に思ったのは、バスの乗客のことだ。
みんなどうなったんだろう? 隣に座っていたおばあさんの顔を思い浮かべた。確か病院帰りだと言ってたな……
「鈴木さん、ここがどこか分かりますか?」
何だか瞼が重くなって来た……
「先生、心拍数が!」
看護師の叫び声が聞こえた。それが現世最後の言葉だった。
◇
「アンジー、そんな顔しないでくれよ」
貴族学校で私に入れ込んでいたのはカルロ・ベルトルド、私の二つ上の先輩だ。
彼は私と付き合うために手段を選ばなかった。恋敵を卑劣な手で次々と排除した。私はそのことで怒ると詫びた。
「──これで許してください」
渡されたのは小箱だった。開けると宝石の指輪があった。
その瞬間、こいつはやばいやつだと思った。まだ正式にお付き合いをしてるわけじゃないのに婚約指輪を贈るなんてどうかしている。
公爵家の次男のベルトルドは私に対する愛が強すぎた。引いてしまうほどだ。
私はプロポーズを断ろうと思ったけど……やめた。
この先ベルトルド以上に愛してくれる男が現れるか自信がなかった。それでうやむやにした。
「指輪は預かっておきます。結婚するかどうかは、あなたが私のために、命をかけてくれる人だと判明したら考えます。時間がかかるけどいいわね」
なんてことを口走ってしまった。
彼は喜んだ。婚約を受け入れたと思ったようだ。
マスケローニ伯爵邸での最後の三姉妹会議。突然、末っ子のエレナが“転生者”だと秘密を打ち明けたから、もうびっくりしたわよ。
それに姉のロザリンダまでもが転生者だなんて……何で今まで黙っていたのよ。
まっ、仕方ないか。人の事言われないしね。
そして私の前世に関わっていたことを知った。
ロザリンダの前世の息子【真島薫】は、私が射殺した【神崎浩子】に出刃包丁で刺されて死んだ。
エレナはその真島薫の高校時代の先生【月坂遥】だと言った。
だけど私はあれ? と思った。
私がパメラ伯母さんから聞いた話とは違うからだ。
実は私は伯母の秘密を知っていた。貴族学校に入学する前、よく勉強を教えてもらったのだ。
そりゃ教えるのが上手かったよ。前世は高校の教師だもん。算術の計算を教えてる途中、
「これって因数分解した方が早いわね」
と言ったのだ。
「えっ、因数分解? 何で知ってるの」
私たちはお互いの顔を見合わせた。
それから前世の話で盛り上がった。私は派出所勤務の警官だと知ったら
「アンジーが警官? ホステスじゃなくて」
何でも私は男を操る素養があるらしい。確かに前世と違ってやたら色っぽいし男が群がるもんね。
モテモテなのは姉のロザリンダと共通だけど私は男に入れ込んだりしない。ドライだ。
エレナはちょっと違った。寄ってくる男に関心を示さなかった。
パメラ伯母さんと私は前世の名前を教えあった。多分二人とも自分だけが“転生者”だという孤独に耐え切れなかったのだろう。
その時聞いた名前が【月坂遥】だった。
エレナが転生者と名乗った名前と一緒だ。間違いなくエレナは嘘をついている。でも何か嘘をつく理由があるはずだ。
翌朝、フローラ王女一行とともに姉ロザリンダはマスケローニ伯爵邸を出発した。
エレナは見送った後、自分の部屋にこもった。頃合いを見て私は部屋を訪れた。
「レーナ、ちょっと話あるから」
とっちめるつもりじゃないけど、嘘をつかれたのはしゃくだ。さーて、どんな弁明するやら……と思ったらあっけらかんに認めた。
「私の前世の名前は【神崎浩子】よ」
えっ?
神崎浩子!
私の前世で最大の汚点。警官だった私が射殺した相手じゃない。
神様……これは何の冗談ですか。
私は顔がこわばった。奥歯がガタガタ震えた。殺した相手が妹として転生して来るなんてブラックジョークだ。
もしかして、私への恨みを晴らすために生まれ変わったのか。
「アンジーも転生者なんでしょ? 前からそんな気がしていたの」
私はヘナヘナと床に座り込んだ。
エレナから前世の出来事をすべて聞いた。同情した。かわいそうで涙が出た。
でも、異世界転生しても自分を裏切った相手に執着するのは……ちょっと痛々しかった。
で、私はエレナに前世のことを話した。神崎浩子を撃ち殺した警官が私だと白状した。
エレナはショックを受けた。長い沈黙が続いた。そして私の体を抱きしめた。
「……ごめんなさい。アンジーを人殺しにしちゃって、辛かったでしょ」
私は涙目になった。
ロザリンダに続いて私もフローラ王女の女官になった。いちばん喜んだのはベルトルドだった。
王都の広場で久しぶりに会ったベルトルドは貴族学校時代と違って大人っぽくなっていた。
今はリベリオ第一王子の側近だという。あれこれ話していると、彼の私に対する愛は冷めてないようだ。むしろ増してるように感じた。
手紙のやり取りでわかってたけど、やはり顔を合わせないと本当のことはわからない。
「今度、ピエ二王国のアルマンド王子がやって来るので、リベリオ王子と一緒に接待することになったよ」
私は愕然とした。アルマンド王子と私には貴族学校時代に最悪の出来事があった。私は血の気が引いた。
「アンジー、どうしたの?」
私は気分が悪くなってうずくまった。ベルトルドは近くのベンチに私を座らせた。
貴族学校時代、私は留学生だったアルマンド王子にレイプされた。男を軽く見ていた自分の軽率さのせいだ。
試験が終わって打ち上げに誘われて、アルマンド王子の部屋に入ったのが、いけなかった。
今思い出しても悔しい。悔しくて死にたくなるほどだ。このことは姉のロザリンダと父マスケローニ伯爵にだけ打ち明けた。
エレナには言えなかった。父は苦悩の表情を浮かべたけど相手は隣国の王子である。結局何も出来なかった。
姉は一緒に泣いてくれた。このせいで妹エレナの貴族学校入学はキャンセルされたのだ。私はベルトルドに【秘密】を打ち明けた。
「アルマンド王子を殺してやる!」
ベルトルドが叫んだ。
その怒りは私以上だった。目が血走っていた。
◇
ズバァ────ン!!
リベリオ第一王子の短銃から弾丸が飛び出してアルマンド王子の額に着弾した。即死だった。
メイドの手違いによる短銃の入れ替わりと報告されたが、それはデタラメ。私とベルトルドが共謀したのよ。
あの時、臨時のメイドとして私は雇われて本物の短銃にすり替えた。すべて計画どおりだった。
事後、メイドは遁走して行方不明になったことにした。
復讐のあとはリベリオ第一王子の処遇だ。私はマスケローニ伯爵邸でのリベリオ第一王子をよく観察していた。
一見有能そうに見えるが、どこか危うさを感じさせるものがあった。
貴族学校で、さまざまな男に言い寄られて養った観察眼は伊達じゃないわ。
注視してるとやっぱり酒、女、博打に溺れた。そんな男に惚れたエレナ=神崎浩子を哀れに思った。
でも、この世界では可愛い妹だから一肌脱ぐつもりになった。私の“神崎浩子を殺した”という負い目がそうさせた。
リベリオ第一王子をどん底に叩き落として引き上げる。そうしてこれまでの行いを懺悔させて妹に引き渡すことにした。
その為に魔術師のおばあさんに頼んで、ピエ二王国のアルマンド・メコーニ王子の霊を呼び出した。彼はリベリオを恨んでいた。私は焚きつけた。
「だったらリベリオの宿屋を教えてあげる」
これはリベリオへの脅しのつもりだったけど、効果てきめんだった。まっ、アルマンドの霊には悪いけど教会の聖水で天国に行けたから良かったじゃない。
最後のトドメは、リベリオ王子をアヘン中毒にすること。人間失格の烙印を自ら押してもらうことにした。
魔術師のおばあさんの幻術によって、自分が王座に着く幻影を見せられたリベリオ王子は、精神が動揺して私が勧めた翡翠のアヘンパイプを受け取った。
彼にはアヘン中毒になってもらった。と言ってもアヘンの成分は、アヘン窟のオーナーに金を払って調整してもらった。
だから再起できたのよ。そしてロザリンダに前世の息子を助けるようにうながしたわ。
エレナとリベリオ第一王子が再会した。エレナはプロポーズされた。
私はこれからも二人の行く末を見守るつもりよ。姉ロザリンダと妹エレナが幸せであることが、何よりも嬉しい。
私の幸せ?
ベルトルトから貰った指輪の宝石箱を開けた。煌めくダイヤモンドの指輪を左手薬指にはめた。
結婚も……悪くないかもね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語が、あなたの中に何か一つでも残っていれば幸いです。
もし「面白い」「読んでよかった」と思っていただけましたら、下にある広告の下の【☆☆☆☆☆】から評価、ブックマークをいただけるととても嬉しいです。




