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第10話 真相

 ──とある場所にあるアヘン窟。


 洞窟のような窓を閉ざした薄暗い部屋。一歩入ると、畜生の極みのような臭い がした。鼻の奥がツーンとなった。


 鼻孔が痺れる甘酸っぱい臭いは、小屋に充満する霞のような煙だ。いたる所で、竹のアヘンパイプに口をつけた老若男女が、汚れたマットの上で寝転がっていた。


 ゴホッ、ゴホッ!


 誰かが咳き込んでも、気にする人間はいない。


 周りのアヘン中毒者は、


 ジュルジュル……プハァーと、パイプの煙を吸い込んでは吐き出していた。


 ここにいるのは生気のない虚ろなまなざしの人々。


 こけた頬に血色の悪い乾いた肌。お迎えが来るのを待ってる生ける屍たちは、バラ色の夢想の世界に入り込んでいた。



「──こんなところにいたのね」



 聞き覚えのある女の声だ。俺は翡翠のパイプから口を外してゆっくり眼球を動かした。


「ロザリンダか……フローラに言ってくれ。俺のことはほっといてさっさと王座につくんだ。国はお前に託したとな」


「“薫”は昔からぶっきらぼうだったわね」



 ──カオル



 お、俺の前世の名前だ。


 薫……真島薫、この世界で俺の前世の本名を知ってる人間はいない。

 


 ──誰だ。お前は何者だ?



 ロザリンダはニコッと笑った。



「まさか忘れたわけじゃないでしょ。前世では親子(・・・・・・)だったのに」



 俺は体を起こそうとした。腕に力が入らなかった。自分が思ってるより体調が悪化していた。情けない。


「いい、ここを出るよ。ほんと、可愛いわが子を私より先に三途の川を渡らせないわよ」





 俺はロザリンダの連れの者2人に抱えられて阿片窟から出た。


 その後のことは頭が朦朧としてよく覚えていない。


 馬車で連れていかれたのは首都の名医と誉れ高いプリーモ医師の郊外の邸宅だった。





 俺はそこで半年間リハビリをして過ごした。栄養のある食べ物や適度な運動。季節が変わるたびに体力が回復したのを実感した。


 そのおかげでこけた頬もげっそりやせ細った体躯ももとに戻った。


 アヘンの禁断症状を抑えるのに苦労したが、どうにか堪えることができた。


 ロザリンダは王宮の仕事の合間にあしげく通って俺を励ましてくれた。


 ロザリンダ……前世の母はこれまでの顛末を話してくれた。


 俺が学校から家に帰ったとき、テーブルに置かれた手紙は無理やり書かされたものだという。


 母はシングルマザーで町工場の経理の仕事をしていた。そこの経営状態が悪化して社長は母に保険金をかけたという。


 社長にどのように言いくるめられたかは分からないが、母は仕方なく受けたという。それを聞いて俺は猛烈に腹がたった。


「それって保険金詐欺じゃないか! まさか、書類にサインしなかったよね」


「したわ。だからここにいるのよ」


 母が言うには社長とは男女の仲だったという。困ってる愛する男を助けなければ女がすたると自慢した。



「バカ!」


 俺は怒鳴った。


「保険金詐欺を企む男の口車に乗ってどうするんだよ」


「でもね……社長は私がベタ惚れしてると思っていたらしいけど、よくよく考えたら馬鹿らしくなってね。私って魅力的だから男なんかいくらでもできるし」


「……」


「で、社長にあれこれ言って偽の書類にサインさせて私を保険金の受取人にしたっちゃった」


「愛していたんじゃないのか!」


「愛していたわよ、しばらくの間だけど……飽きちゃった」


 俺は頭を抱えた。この性格は俺が前世で知っている母親そのものだ。


 子供の頃から男が何人も出入りしていた環境だった。間違いようがない。ロザリンダの前世は母だ。


 しかし、いつどこで亡くなったんだ? 前世では消息不明だったじゃないか。


「ごめん。社長が私の飲み物に毒を入れたんだけど、隙を見て入れ替えちゃったの。そしたら口から泡吹いて倒れちゃったの。それからが大変だったのよ。私は指紋を拭いてその場を離れたわ。これで保険金は私のものになるはずだったけど、世の中ってそんなに上手くいかないわね。別荘の玄関に人の気配がしたから慌てて裏口から逃げようとして崖から落ちてしまったの。あそこは木々が覆い茂ってるから、死んじゃった私の遺体は発見されなかったと思う」



「母さん……いやロザリンダ。転生してくれてありがとう。もし、ここで会わなければずっと母さんのことをずっと恨んでいたよ。俺は母さんに捨てられたとずっと思っていた。母さんがいなくなった後、俺のことを見守ってくれた月坂先生も亡くなって……俺はこの世を恨んだ。恨んだあげく人間性の欠如したクズになっちまった。俺、前世でホストになって女を食い物にしてそのあげくにナイフで刺されたんだ!」


 俺の告白にロザリンダは息を呑んだ。しばらくして立ち上がった。俺の頭を撫ぜた。そして抱きしめてくれた。


「あなたは辛い人生を送ったのね。でも、それは終わりよ。私はもうどこにも行かないわ」



 うああああ────!



 俺は号泣した。



 この世界では8歳年下のロザリンダに俺は甘えた。


「この後、あなたにはやることがあるでしょ?」


「やること? 王座に付けなんて言わないよな母さん」


「待ってる人がいるじゃない、あなたには」



     ◇



「先生、さいなら!」


「さいなら!」


 授業が終わると子どもたちが勢いよく教室から出て行った。


 村の教会脇に建てられた小さな建物の中でエレナは教鞭を執っていた。黒板のチョークを黒板消しで消していると真横の扉が開く音がした。


「また忘れ物?」


 エレナが首を捻るとそこに背の高い男性がいた。山高帽子をとって胸に抱えていた。その髭面の顔を見てエレナはクスッと笑った。


「以前会った時よりも痩せたわね。おかえりなさいデロッシ・ヴァスコ様」


「その名はもう捨てました」


「あら、ではリベリオ・ヌヴォラーリ第一王子と呼びましょうか、それとも……」



「それとも……」



「真島薫君」



「月坂先生! 俺、会いたかった」





 嬉し涙が頬を伝った。そんな俺をエレナ=月坂遥先生はハグしてくれた。俺は両膝を床につけた。月坂先生の胸に顔を埋めた。嗚咽した。月坂先生は黙ってそのままにしてくれた。





 俺とエレナこと月坂遥先生は海岸を歩いた。波際の砂を力強く踏んだ。ザクザクと、小気味よい音がした。

 

 話したいことは山ほどあった。会ったらこう言おうと何度もシミュレーションしたけど、そんなものすべて吹っ飛んだ。


 そして心の奥に秘めた言葉のみが吐き出た。




「先生、結婚してください!」




 俺は砂浜に片膝をついた。ズボンの裾が濡れた。右手の手のひらを差し出した。


「嫌よ」


「えっ?」


「私、年下が好みなのよ。リベリオ第一王子は私より12歳も年上じゃない。そんなの論外だわ。前世で真島くんが好きだったのは本当よ、年下だったしね」



 そ、そんな……。



 先生=エレナは俺に背中を向けて歩き出した。


 俺は砂浜に残った先生の足跡を所在なげに見つめた。


 すると先生が振り返った。


「嘘よ! 真島君、渋い大人になって前より大好きになっちゃった」


 俺は駆け寄って先生を抱きしめた。


「痛いわよ。ほんとあなたは女の子の扱い乱暴よね。こっちでも教育的指導をしないといけないわ」


「はい、先生。よろしくお願いします」




 **********



 叔母のパメラはいつも私の絵を褒めてくれた。だから病気が進行して肖像画を描くことを頼まれたのをこころよく引き受けた。


 そのことで信頼を得た私はパメラに重大な秘密を打ち明けられた。病床で私に転生者であることを告白したのだ。


 叔母のパメラの前世の名前は“月坂遥”。彼女は、真島薫の高校時代の先生だった。


 縁というのは本当にあるもんだと思った。まさか、彼が大切にしていたスマホの写真の人物が私の叔母だとは……


 私はその当時のエピソードをこれでもかってほど聞いた。生い立ちや教師になった理由、生徒に対する気持ちなどなど……月坂遥に関すること全てを吐き出させた。


 記憶した。いつか転生した真島薫と出会ったときにこの情報が役に立つと思ったからだ。

 


 そして3年後、それこそ久しぶりに会った彼は髭面の渋い大人になっていた。


 私は感激した。ホスト時代のチャラい感じはなく王族の威厳に溢れていた。でもそれは貴族特有の仮面かも知れないので外してもらおうと思ったの。


 そこで絵を描くために私の部屋に招き入れたのよ。

 パメラ叔母の肖像画を見た彼は釘付けになった。やはり手首の数珠に反応した。それこそがデロッシ・ヴァスコが【真島薫】である証拠だ。もちろん私の青春を捧げた相手だから、この人物が異世界転生した真島薫ではと薄々感じていた。


 パメラ叔母が亡くなったと知った彼はショックを受けた。だから首都に戻った彼の様子をロザリンダから手紙のやり取りで知ったとき仕方ないと思った。


 彼は荒れて問題ばかり起こして廃嫡の噂まで出ているという。


 薬が効きすぎたようだ。彼にはこの異世界でも“月坂遥”先生が必要なのね。

 


 フローラ王女様がマスケローニ伯爵邸を離れる前夜、再び三姉妹会議がロザリンダの部屋で開かれた。


 そこで私は秘密を打ち明けた。転生者だと言った。


 アンジェラは与太話だと笑っていた。そんなの織り込み済みよ。ロザリンダは「もっと聞かせて」と真顔になった。


 そして前世で◯◯市で高校教師をやってたことを知ると、


「まさか、月坂遥先生?」


 と返ってきた。

 

 ロザリンダは前世で真島薫の母親だったと言った。生徒指導の家庭訪問で真島薫の母親は月坂先生とよく会っていたのだ。


 私はロザリンダに言った。


「本当に真島君には苦労したわ。まさか異世界転生してまで指導することになるとはね」


 もちろんブラフだ。パメラ叔母に真島薫の母親のことを聞いていたのが役立った。それでロザリンダは私を月坂遥の転生者だと信じ込んだ。


 私の真島薫に対する強い想いが磁力のように彼女たちを引きつけたのかしら。


 私はロザリンダにデロッシ・ヴァスコがリベリオ・ヌヴォラーリ第一王子であることを明かした。


 そしてリベリオの前世が“真島薫”であることも。


「ヴァスコ様がリベリオ第一王子とは見破っていたけど、まさか薫とは……」

 ロザリンダは驚いた。


「えっ、あのヴァスコがリベリオ第一王子? うわぁぁぁ──!」


 私たちの話を聞いてアンジェラはベッドでひっくり返った。うつ伏せになったアンジェラが言った。


「カオルってのは何? もう隠し事しないで全部話してよ」




「──そうか、2人とも前世では不幸のどん底にいたのね。だからこの世界では絶対に幸せにならなきゃ駄目よ」


 いつの間にかアンジェラが仕切っていた。さっき与太話だと笑ってたのにね。





 アヘン窟から救い出されたリベリオは半年のリハビリを経て私に会いにやって来た。


 そこで私は前世の月坂遥先生のように振る舞った。



 私が前世で出刃包丁で刺した【神崎浩子】とは夢にも思わなかったでしょ。



 でも安心して、このことは墓場まで持っていくつもりよ。私はエレナ=月坂遥としてあなたのそばにずっといてあげる。


 だから、今度こそ幸せになろうね。


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