09
タブレットの電源を入れる。いつも携帯を持ち歩いているが、余り使わない。連絡相手も少ないし、友達も居ない………悲しくなってきたので話しを戻そう。
タブレットを開き直ぐに目に入ってきた『ホットニュース』
1面で飾られた情報。前の僕なら「すげー!さすがトップ血盟」ぐらいにしか思わなかっただろう。
『血盟ヴァルキリーメイデン、レッドドラゴン2体同時討伐成功』
内容は『エルフ自治区とドワーフ自治区の境にある深き森に、2体のレッドドラゴン現る。数ある血盟の中から声を上げたのは、花月率いる我らがヴァルキリーメイデン、深き森の3分の2を焼失するも、見事にダブル討伐成功、これは史上稀にない快挙である』
先日の打ち上げはコレだったんだ。氷華さんの悲痛な顔を思いだす。犠牲の大きさを知ってしまった僕は、素直に「おめでとう」も「すごい」も言えない。
タブレットの電源を切った。
「お疲れ様です」
「…………足りない」
ラートランド『アース大使館』でいつもの警備兵さんに挨拶をするも、今にも消えて無くなりそうな存在感の警備兵さん、若干透明に見えるのは気のせいだろうか。
「………足りない………足りない………足りない………足りない………」
ブツブツと怖い。
「………足りないんだ………」
「はい?」
「ミュレイエキスが足りないんだよぉぉぉぉおおおおおぉぉぉおおお!!!!」
突然叫び始め注目を浴びる。目が、目が逝ってる?逝ってるよね?僕も同じと思われたく無いのでサッサと去ろう。
「おい、ちょっと聞いてくれや」
肩に腕を回される。逃走失敗。
「ハ、ハイ、ナンデショウ」
「俺は分かっちまったんだ、ミュレイはよぉ、空間にエキスを飛ばしていると」
エキスって何ですか?本人が聞いたら怒りませんか?
「俺はな、そのエキスを吸って生きているんだ」
本当にこの人は大丈夫ですか?変態さんですか?危険人物ですか?お願いですから離して貰えませんか?ダメですか?そうですか。
「あ、明日までの辛抱です」
「分かっちゃ居る、が足りねぇ〜んだわ、だから思ったんだよ、次、ミュレイが来たら袋にミュレイエキスをたっぷり取り込もうと」
だ、誰か、誰か助けて…………解放されたのは30分後だった。
ダンジョンの入り口で武器のメンテナンスをしている人達が居た。男5人に女2人、着てる装備が新しい、昨日の新人だろうか。
「ああ、かったりい」
「もう、さっきから文句ばっかり」
「何で武器に油で拭かないといけねえんだ、布で拭くのも面倒なのによ」
主には鯖止め、ちょっとした血や水分は弾いてくれるし、武器のパフォーマンスを最大限に生かし続ける為に必要。と心の中で呟く。
「あ、お疲れ様です、あんた邪魔よ」
「ああ?」
「おつかれ、新人さんだよね、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「超うぜー」
女の人が僕に挨拶をして、さっきから文句だらだらの男の人は明らかに態度が悪い。絡まれても面倒なんでさっさと進む事にした。
「何この子、可愛い!!」
出来なかった。ポメさんや、何で毎度毎度女の人の処に行くんだい?
「はっ、ペット連れてダンジョンでお散歩か、笑える」
「お散歩も良いもんだよ」
これが大人の対応だよ。と僕はちょっとドヤってやった。
「はっ、新人でもねぇのに、初心者ダンジョンに潜る奴は気楽なもんだ、どうせランク上げれねぇクズ野郎なんだろうよ。オレ様はさっさとこんなダンジョンを卒業して上に行くからよ、今からサインでもくれてやろうか?」
自分に様付けする男、めんどくせーと思ったのは言うまでも無い。これ以上取り合っても利益が無い。
「そうか頑張ってくれよ」
今度こそ退散する。って、おいポメ公!行くぞ!!首を掴みフードに入れる。ベシベシ頭を叩きだすポメ公。
今日も東の森に行くか、さっきの新人達も来るかな?東の森は初心者ギルド推奨の場所だもんな、鉢合わせたくは無いな。
と、夢中で採取していたら昼を当に過ぎていた。さっきからポメの機嫌が悪い、無理矢理首を掴んで連れて来たのが悪かったよな。すまん。
「肉で良いか?」
無言でバシっと地面を叩く。この間の獣肉店の肉を器に出してやる。ガブっと勢い良く噛み付いた。
また無言でバシっと地面を叩く。足りないのね。はいどうぞどうぞ、こちらを納め下さい。大量に出してやった。
少しは機嫌が良くなった。なったよね?だから聞いてみる事にした。
「入り口で会った奴ら、この森に来てるかどうか分かるか?」
ポメは肉を咥えながら首を振った。
「流石に分からないか」
また首を振る。ん?
「来てないって事か?」
頷いた。以前から思っていたが、ポメは気配が分かるようだ。しかも、結構遠くまで探れてると思う。
あの初心者さん達がこの森に来て無いって事は、西の川の方かな?でもあっちはギルドで推奨されてないんだよな。
草原を北に真っ直ぐ進むと、ゴブリンやホーンラビットが居る場所に出るから、そっちかな?
ちょっと大変だけど、無茶をしなければ魔物討伐の訓練になる。あの生意気な男ならそっちに行きそうだな。
「おっ!あれは麻痺草!ラッキー」
今日はそれなりに薬草を採取できている。ホーンラビットも1羽見つけ討伐。
朝からアンラッキーが続いてたけど、運が上がってきたな。日が沈んだ頃、僕はホクホク顔で『アース大使館』に戻った。
「どうしたんだろ?」
ホール内が騒がしい。ギルド職員があっち行ったりこっち行ったりして忙しそうだ。
「ソラト君とポメ君」
そんな時、僕に声を掛けてくる人が居た。先日打ち上げにお邪魔させて貰った時に知り合った。
「氷華さん!」
「やあ」
ヴァルキリーメイデンの副マスターの『氷華』さんが僕に向かって手を上げた。後ろには、前髪が眉上でパッツン、肩まで伸びた髪、黒縁メガネを掛けた見た目は委員長ぽい人。
「先日はお見苦しい処を……」
顔を赤く染め、もじもじしながら頭を下げて来た。下半身を露出させ、何も履いていない状態でチビチビとお酒を飲んでいた記憶が甦る。
「あ、いえ……」
良い形の密林でしたとも言えず、僕も頭を下げた。
「氷華さんはラートランドに用事ですか?」
ヴァルキリーメイデンのホームは違う場所にある。新人の教育などでこっちに来てる可能性はあるけど。
「用があって知り合いに会いに来たんだがね、タイミングが悪く休みだったんだ」
「それは残念ですね」
「それとは別に、君とポメ君に会えたら嬉しいなと思っていた処だったんだ」
凄く眩しい笑顔で僕の心臓が破裂しそうです。
「わふ!!」
元気よく返事をするポメ、抱っこをせびるように僕の肩に乗り、身を乗り出す。
「可愛いな君は」
氷華さんはポメを抱きかかえる。朝とは違う視線が突き刺さった。氷華さんと委員長さんは有名人、そんな2人と話す一般人Aの僕。誰だお前的な感じだろうか。
「それにしてもギルド内が騒がしいな」
「僕も思っていた処です」
大半の冒険者は氷華さんを見てるようだけど、ギルド職員は違う、何かあった時の忙しさって感じだ。
「私が聞いてきます」
そう言い、委員長さんが離れて行く。
「そうだ、忘れる前に言っておこう」
「はい?」
「花月がいつでも遊びに来てくれて構わない、そう言っていたぞ」
「えっ!?あ、は、はい、機会があれば……」
いつでも遊びにと言われましても、行けましぇん!
花月さんの素っ裸見てしまっているし、他のメンバーのあんな姿やこんな姿も見てしまっている。ヴァルキリーメイデンの血盟ホームに入った瞬間抹殺される可能性がありそうで怖いです。
「お待たせしました」
委員長さんが戻って来た。
「それで、原因は何と?」
「はい、何でも昨日登録した新人が戻ってきて居ないと、予定では、ラート第1ダンジョンの東の森で薬草の採取、その後、日が暮れる前に戻ってくるように伝えてあったようです」
「………新人、もしかして」
ダンジョン入り口で会った奴らのことか?
「何か知っているようだな」
僕の顔に出てたようで、氷華さんが聞いてくる。
「関係あるか分からないですが、ダンジョンの入り口で7人の新人を見たので」
「なるほど、その新人である可能性はあるな、おそらくギルド職員は急遽、救助メンバーを募る為の準備をしてると言う事か」
冒険者登録後しばらくはギルド側にその日の予定を告げる。その予定を聞き、ギルドもアドバイスや、フォローに入って新人をバックアップをする。
今回のように予定時間より大幅に遅れた場合などは、救助隊を結成し、探しに行く場合もあるのだ。
「そうと決まった訳では無いが十中八九メンバーを募るだろう、ならば私も行こう、もちろん、ソラト君も来るよな」
「え!は、はい」
決定事項のように告げられる、僕が出来る範囲でなら手伝いたいと思うが、氷華さんと一緒に?足手纏いになりますよ?大丈夫かな。
「楓、花月に伝えていてくれないか、ソラト君と臨時パーティーを組み、新人探索に行くと、日を跨ぐかも知れない」
「了解しました。お気をつけて」
委員長さんは氷華さんに頭を下げ、僕にも頭を下げてからアースゲートに向かった。
「では、募集が始まる前に、こちらから告げておくか」
氷華さんの後ろを追って受注カウンターに歩きだした。




