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携帯よりも若干大きい長方形、大理石のようなツルっとした表面に、A1、A2、B1と黒く文字が浮かび上がっている。指で文字を押せば、押した文字が発光した。
「見た目は他のダンジョンの物にも似てますが、この表面の石のようでそうではない、例えるなら……」
「大理石ですか?」
「そうですね、大理石に近いですね、他のダンジョンの転移石には無い模様です」
数分前、ミュレイさんと楓さん、エルフのチシャさんも含め、3階の個室に移動した。
今回の要件は、僕がラート第1ダンジョンの『転移石』を持っていると氷華さんから聞き、その件で来たそうだ。
「本来ならホームに来て頂いた時に話す予定でしたが、その日は別の件でソラト様にお願いが御座いますので、転移石の件で事前に私が会いに来させて頂きました」
別の件ってのがとても気にかかるが、今聞いて良いか分からないので話しは振らないでいる。
「先程ギルドに転移石の存在を話しを通してます。ミュレイ様が現在記録されているのは一般的に公表するものです」
「楓さん、少し私から話しさせて貰いますね」
楓さんからミュレイさんに話しが切り替わる。
「ダンジョン内の拾得物に報告の義務が無いのはご存知だとは思いますが、逆を言えば、転移石のような今までに無かった物は報告を頂きたいってのがギルドとしての意見になります」
ダンジョン内の拾得物をいちいち報告していたらきりが無い、冒険者の数は把握出来てるだけでも数千万人以上はいる。他の種族を含めればもっと多い。
しかし、初めて見つけた物でダンジョン攻略や冒険者のモチベーションに繋がるような物は、ギルドだけでなく僕達にもメリットがある。
無いと思われていた転移石があった。それだけでラート第1ダンジョンに潜ろうと思う人が増える。
初心者ダンジョンは名前でも分かるように初心者の時に行くようなダンジョンだ。だからこそ、他のダンジョンと比べ、実は余り攻略はされていない。もちろんダンジョンの特性故ってのもあるのだが。
「ソラト様は転移石をどうするおつもりですか?」
「僕は氷華さんに、ヴァルキリーメイデンにお譲りしようと思っていました」
前も思ったが、この転移石を持つに相応しいのは氷華さんであってヴァルキリーメイデンにあると思っている。
僕1人だとあの場所まで行く事は無かった。氷華さんが居て、氷華さんが誘ってくれたから手に入れたのだ。
「氷華からお聞きしていましたが、時間が経っても考えは変わらないみたいですね」
楓さんは鞄から一枚の紙を出して来た。
「あの、これは?」
紙には色々と書かれてあるが、何かの契約書?か何かのようだ、最後にサインを書く欄があった。
「この紙の説明の前に、その転移石の危険性はお分かりですか?」
「えっ!転移石って危険な物なんですか!?」
衝撃与えたら爆発するとか?
「転移石がって訳では無く、ラート第1ダンジョンの転移石はこの1つしか確認されていません、その転移石の価値は数百万、いえ、数千万になると思われます」
「ええ!!そんなにですか!?」
初めて確認された転移石ってのは氷華さんの話しで分かっていた。ある程度の価値があるとも。
それでも数10万、もしくは100万いくかどうかだと思っていた。
「ラート第1ダンジョンが初心者ダンジョンと言われる理由は分かりますか?」
「え〜と、魔物が弱い?素材が豊富?とか?」
「それは私が説明しますね、これでもギルド職員ですので」
楓さんが説明していたのをミュレイさんと変わる。
「本来ダンジョンとはとても危険なものです。魔物が居て、罠があります」
スキルが無ければ強い魔物に太刀打ち出来ず、魔物が支配する世界になってたかもしれない。スキルが無ければ罠が解除が出来ず攻略さえ出来ないかもしれない。
「ラート第1ダンジョンは、ソラトさんが仰ったように、1階の魔物は、弱い個体しか確認されていません、薬草が豊富で採取にも向いています」
僕が良く利用する東の森は色々な薬草が採取できる。新人には勉強もかねてその場所を薦める。
「1階フロアは草原、森、川、岩山とダンジョンにしては珍しく色々な環境があり、草原は見晴らしがよく、森は採取に最適で、岩山は訓練に適した場所です、川には魚が居るので魚釣りが好きな冒険者はたまに向かってるようです」
聞くだけでも初心者の勉強も兼ねて優しいダンジョンだと伺える。だからこそ、腕に覚えが出てくると物足りなくなってくる。
「総合的に判断して、どのダンジョンよりも難易度が低く、訓練には向いている為、初心者ダンジョンと呼ばれるようになりました。しかし、転移石が無かった為、4階以降の記録はありません」
「その続きは私か致します」
「どうぞ」
ミュレイさんからまた楓さんに変わる。
「私は3階まで1度行った事があります。メンバーはヴァルキリーメイデンの上位陣数名とです」
それはまた豪華な……
ヴァルキリーメイデンの上位陣は例に漏れず皆が皆強い。攻略も凄く楽になりそうだ。
「3階の階段を下りて、少し探索して帰りました。それだけで5週間かかりました、約1ヶ月ちょっとです」
ん?そんなに?確か2階までの階段が約1日、往復で2日、あっ、でも、約1日というのは歩き続け、休み無く行ったとしてだった。実質は2日ぐらい?先日の新人救援の帰りは3日掛かったもんな、早くて往復で3、4日、それだけで4日もかかる。
「ラート第1ダンジョンは初心者ダンジョンではありますが、全くと言って良い程、攻略がされていません」
「あっ!」
「気が付いたみたいですね。血盟なら勿論、冒険者なら誰しも攻略したいと思うのでは無いのでしょうか、転移石があれば攻略が断然し易くなります。4階より下があるかも分かりませんが、階段を見つけ下に潜りたいと思う筈です」
確かに、僕だって転移石を見つけた時に思った事だ。
転移石さえあれば、1階から4階に一瞬で飛べるようになる。ゴクリと唾を呑み込む、これは危険な品に一気に変わった。
「楓は数千万って言ったけど、私は人によっては億を出す人も居ると思うわ」
「無いとは言えません」
金額だけでも頭を抱えたくなってしまう。僕の考えがどれだけ浅はかか思いしらされる。
「だからこそこの契約書です」
紙に手を乗せた。
「ソラト様がヴァルキリーメイデンに転移石を渡して頂き、ヴァルキリーメイデンはソラトさんに貸し出す形にする事にしました」
「それって」
「それにより転移石はヴァルキリーメイデンの物となり、転移石を狙えば私達を敵にまわす事になります」
ようは、ヴァルキリーメイデンがバックに付いてくれて、僕に攻略して良いですよ。って言ってくれている。
確かに危険が無くなった訳じゃない、少しでも危険を減らす為の処置みたいなものだ。
「花月も含め、ヴァルキリーメイデンはこれで貴方に借りを返したいと思っています」
「借り?」
ミュレイさんが首を掲げた。僕は恩を売ったつもりが無いけれど、氷華さんから聞いた話しでは、あの時の飲み会乱入は凄く感謝していた。通夜同然の飲み会が、楽しく飲めたと。
「いかがでしょう」
断る理由なんて何処にも見当たらない、だから。
「お願いします」
頭を下げ即決した。
『ぎゅるるるるるるる……』
僕が貸出し契約書にサインを書き終わろうとしたその時、隣で盛大にお腹を鳴らすチシャさん。
「ミュレイ姉、お腹空いたの」
「あら、じゃあ、終わったらご飯行こうね」
姉?一晩で姉さん呼ばわりされるぐらい仲が良くなったみたいだ。
「あ、そうだ、来る途中でクレープ買ったんで皆んなで食べましょう」
僕は収納からクレープを取り出す。僕と楓さんとミュレイさんに1つ、チシャさんは残りの7つを食べ、少しお腹が満足したようだ。
ちなみにポメは、ミュレイさんの膝から飛びおり僕に肉を要求してきた。




