13
オフロードバイクを走らせる。たまに魔物も居るが、近くに来た時には氷華さんの槍の錆びになっている。
僕の腰をしっかりと持っている筈なのに、いつ斬って、いつアイテムポーチに仕舞っているのかサッパリ理解出来ない。レベチだ。
「見えてきたな」
「あれがそうなんですね」
草原の中にポツリと現る石で造られた建造物、崩れた壁が周りを囲い、6?7メートルありそうな高さ、横は細長く上から見たら長方形と思わしき建物、真ん中が空き、青白く光るそこが階段の入り口のようだ。
「出会わずここまで来ちゃいましたね」
「そうだな、真っ直ぐ階段まで来たか、途中で別の場所に行ったか、痕跡が無いから分からぬな」
バイクで差は縮めてはいるが約1日のアドバンテージがある。他に何処にも行かず階段まで来ていれば、既に2階に降りた可能性が高い。
「わふ」
ポメの声で氷華さんが何かに気が付いたようだ。
「戦闘の後が残っているな、たまにここを根城にするコボルトが居る」
コボルトは犬種の魔物だ。1メートルから1.5メートルの魔物が多く、オオカミ種のコボルトになれば、3メートルを越える魔物も存在する。
「新人達が討伐したと見て良さそうだ」
コボルトの死体は無かったが、壁や地に付いた血はまだ残っていた。死体が魔素化されるのに、ゴブリンやコボルトの大きさであれば3時間〜4時間といったところだ。壁や地に付いた血はそれから1時間ぐらいで消える。
その事から、3時間以上、4時間未満でここで戦闘があったと予想が付く。
もちろん、まわりの魔素量や状況で変化する場合もあるが、そんな細かな事を言っても仕方がない。
「嫌な予感がする」
氷華さんが言葉にした。血の痕跡からコボルトの数は4匹から5匹、新人が相手するにはキツイ魔物だそうだ。
動きが速く、攻撃が当て辛い。しかし、血飛沫の方向などを説明されながら「討伐が上手くいき過ぎている」と、どう言う事です?と聞き返した。
新人達の連携か、はたまた違う要因かまでは分からないが、思いの他コボルトの討伐が上手くいき、調子に乗ってる可能性がある。らしい。
そんな状態で2階に行けば、高い確率で痛い目をみる。
新人の頃にありがちなパターンで、初心者ダンジョンと名を売ってる割に死者が多い理由らしい。
「早く下りたのが良さそうですね」
「そうだな、しかし、我々も準備をしてから下りたのが良い、ソラト君は疲れているだろ、休憩は必要だ。それに、腹に少し入れておいたのが良い」
30分の休憩を入れる事になった。
氷華さんは冷静だ。僕なら急がなきゃと下りてしまっていただろう。
焦って事を存じてしまっては目が当てられないからね。だから一息を入れ、落ち着かせてくれたんだと思う。
薄暗い建物の中は広く、人気の依頼『2階までの討伐依頼』の際は、ここで野営を1泊入れるのだそうだ。
氷華さんにモックのテリヤキハンバーガーを取り出し渡す、僕はチーズバーガーを取り出した。
ポメには500gのニンニクマシマシソースをかけたステーキを取り出す。約束だからね。
腰にショートソード、小手や胸当ての傷やベルトのチェックなどを行う。
「下りよう」
「はい」
階段の下は1階入り口に似た作りだった。広い丸いサークルの作りで、これは転移ポータルなのだろう、転移石を近づけるとB1と表記された。
入り口を出るとそこは森林だった。真っ直ぐに進む道、左右は青々と実った木々が視界を遮っている。
2階は森林が多くあるエリア、話しを聞いた事はあったが、聞くのと見るとではイメージが違った。
「グルルル」
「どうしたポメ」
「何かに気が付いたようだな、ポメ君案内して貰えるか」
ポメは道から逸れ、木々の間を縫って小走りで進む。
「これは血の匂い!」
「ああ……」
途中から僕も気が付いた。進むにつれ血の匂いが濃ゆくなっていく。
「ソラト君、これはまずそうだ、先に行く、ポメ君、ソラト君を連れて来てくれるか」
「わふ」
ポメの返事を聞き、僕の方を見る。僕は頷くと氷華さんは走り去り、あっという間に姿が見えなくなった。
5分程木々の間を進んで行くと、人の声が聞こえ始める。
「お前らが弱いのがわりぃんだ!お前らがもっと強ければ!!」
怒鳴り声だ。しかもこの声は。
その場所にたどり着く、1人の女性に抱えられ、片腕が無くなった怒鳴り散らす男。盾を支えに辛うじて立っている男性。
周りには『オーク』と呼ばれる魔物が斬り刻まれ事切れていた。それが9体も。オークの近くに立つ氷華さんは辺りを警戒している。
『オーク』は、豚に似た顔、肥満体のような体型で腹が出ているが、全身は筋肉で出来ている。身長は平均2メートル前後、チカラは強く、主に棍棒のような武器を使う。性格は凶暴で、オークを倒せれるようになるかどうかで、冒険者の今後の方針が変わると言われている。
怒鳴り散らしてた男が僕に気が付いた。
「てめぇは!クソ!何故もっと早くこねぇんだ!てめぇが呑気に散歩なんかしやがるから!俺様の腕が!!」
抱えてる女性は、下を向きぐったりしている。
「す、すまない」
「そうだ!てめぇがわりい!ちんたらしやがって!新人を助けるのが貴様の義務だろうが!!」
謝ってしまったら、罵倒を浴びせられる。左手で無くなった右肩を抑えているものの、どうやったか分からないが、肉が盛り上がり、血が止まっているのが確認とれる。
良く見れば、女性の後ろに男性の遺体があった、胴の部分からあらぬ方向に曲がっている。
「少しは黙って貰えるか」
「て、てめぇ、誰に向かって指図してんだ!ああ!?」
「黙れと言っている」
「!?」
氷華さんが男を睨むとビクっと身体を反応させた、本気で怒っている。
「ポメ君、辺りで魔物が固まっている場所は無いかい?」
「グル」
「こっちの方角に」
斬り刻まれたオークの斜め先を見ている。
「入り口に戻り1階に上る」
「分かりました」
ぐったりした女性は僕が背負う。気を失っているようだ。盾で辛うじて立っていた男に「すまないが自分の足で着いて来てくれるかい」と氷華さんは1本の飲み物を渡していた。多分あれは疲労回復効果のある薬。
「お前は元気があり過ぎる、自分の足で着いて来い」
「ああ?」
反抗の態度は出すがそれ以上何も言わなかった。その男にも疲労回復薬を渡している。
2階入り口を目指す間もオークが襲ってきた、氷華さんが殿を務める。
移動速度は遅い、僕は女性を背負い、盾は少しでも早く移動する為にと僕が収納する。体がボロボロで、盾を持って移動はキツそうだったからね。
片腕を失っているが、ある意味この男が1番元気だった。移動始めると我先にと進んで行く、氷華さんが「離れ過ぎだ」と言って返す言葉は「おまえらが遅い」だ。
それでも護る氷華さんはやっぱり凄いよな。
どうにか入り口にたどり着く、そこから急いで階段を上った。
僕は背負っていた女性を壁際に下す。まだ意識は無い。収納から盾を取り出し、持ち主に返す。
「クソクソクソクソ!てめぇが下手クソなガードしかできねえから、パーティーが崩れたんだ!」
返したばかりの盾を片腕の男が蹴飛ばした。ぐるぐる回り、壁にぶつかる。その音で気を失っていた女性が目を覚ましたようだ。顔を上げる。
「そこのアバズレも早く俺様をヒールしねえから、腕を失ったんだ」
「いい加減にしろ」
「ああ?貴様何様だ!早く来れねえのに偉そうにするんじゃねえ」
氷華さんは溜息を吐き、僕の処に来る。
「すまんがポメ君を貸してくれないか?」
「どうしたんですか?」
ギャーギャー騒ぐ片腕の男は放置するようだ。取り合っても何も利益が無いからな。
「助けに行こうと思ってな」
「助け?」
新人冒険者パーティーは7人組だった。男5人に女2人。今この場に居るのは、男2人に女1人だ。4人が居ない、そのうち1人の男は今この場にいる女性の近くで既に息絶えていた。
2人の男はオークを斬り刻む時に前方奥で死んでいたのが見えたそうだ。
残り1人の女性は。
「オークはそこまで群れる魔物ではない、私が駆けつけた時は5体だったのが9体まで増えた。入り口に行くまでにも何体も襲ってきた、どれも目が血走ってな。目的は私やその子、だろうな」
壁側の女性を見る。
「それって……」
「ああ、繁殖期に入っている、しつこく私達を追って来たのはその理由だ」
オークはそれほど群れる魔物では無い、普段は2、3体で行動する。それが9体まで膨れ上がり、その後も襲って来た。オークは鼻が効く、女の臭いに釣られて来たと説明した。
恐らくだが、新人達がオークを狩ってる最中も次から次と来て対応出来なくなった筈だと。
「もう1人の女性は生きてる可能性が高い、この瞬間にも酷い目にあっているだろうがな、だからこそ助けたい、私達が居なくなり、臭いを嗅ぎつけたオークは全てそっちに行っている」
その光景を思い浮かべてるのだろうか?目を瞑り眉間に皺を寄せた。
「分かりました、でも、気を付けて下さい、氷華さんに何かあったら」
「大丈夫だ、オークごとき2、30匹なら1人で余裕だからな」
それはそれで凄いが、氷華さんも女性だ、心配で心配で仕方がないんです。今それを言っても困らせてしまうと分かるので、言葉にはしなかった。
「ポメ、氷華さんを助けてやってくれ」
「わふ!」
ポメに声をかける。僕では足手纏いにしかならない。だから「頼む」、ポメが僕の足を叩く、任せてくれと言ってるようだ。
「では行ってくる」
氷華さんは階段を下り、ポメはその後ろを着いて行った。
「てめぇ!何処行きやがる!!!」
片腕の男が叫ぶ、いい加減イラっとした。
「氷華さんはもう1人の女性を助けに行く」
「ああ?もう死んでるわ!てめぇらがおせーからよ、死んでる奴なんかほっといて俺様をはよ帰せや」
「お、お前!!」
僕も声を荒げそうになった。くっと抑える。
「新人冒険者を助けるのは義務だろが!だから俺様を無事に帰すのも義務だろ義務!さっさと帰せ」
義務義務と!
「そんな義務はない!」
冒険者ギルドから言われる。新人を助けてやってくれと、新人冒険者にも言う、何かあったらベテラン冒険者に頼れと、助けてくれる筈だからと。
冒険者は仲間意識が強い、だからこそ頼られれば助ける。それが当たり前のように浸透している。しかし、義務では無い。何を勘違いしてんだ?
まだギャーギャー叫んでいるが、冷静さを失いそうなので取り合うのを辞めた。
「てめぇ!逃げんのか」
片腕の男は壁をガンガン蹴る。目を覚ました女性は顔色が悪い、収納から『魔力回復薬』を取り出す。魔力回復薬を飲むと、周囲の魔素を吸収し易くなり、魔力の回復を早める。
ギャーギャー五月蝿い奴が、ヒールを唱えたと言っていたからな、この女性は限界を超えても魔力を使い続けたに違いない。




