闇の嘲笑と攫われた絆
グリムストーンの祝宴から数日後、葉月と八重、カイル、ミリアは次の試練の地、灼熱の砂漠「サハラント」へ向かっていた。山岳地帯を下り、緑の森を抜けた先には、果てしない砂の海が広がっていた。太陽が容赦なく照りつけ、砂が靴底を焼く。
葉月は「叡智の書」を手に、汗を拭いながらページをめくる。『試練四:砂漠の遺跡。古代のトラップを突破し、犠牲の鍵を得よ。』 記述は簡潔だが、「犠牲」という言葉が心に重く響く。
『犠牲って……何? 誰かが死ぬってこと?』
葉月の分析好きな頭が、悪い想像を膨らませる。家族の事故、血だらけの両親の姿がフラッシュバックし、胸が締め付けられる。
『家族を助けるためなのに、誰かを失うなんて耐えられない。』
コミュ障の彼女は、いつも感情を押し込めてきた。本の世界に逃げ、分析で恐怖を抑える。でも、今はそれだけじゃ足りない。
八重はポニーテールを揺らし、隣で水筒を飲む。
「葉月、暑いね……。砂漠って、本で読んだよりキツいよ。」
彼女の声は明るいが、闇の勢力の襲撃や試練のプレッシャーで、目には不安が宿る。八重の想像力は物語に活力を与えるが、現実の過酷さに少し怯えている。
カイルが先頭で剣を手に、陽気に叫ぶ。
「おい、暑さなんて気合で乗り切れ! 遺跡はもう近いぜ! 女神の鍵、ゲットしてドワーフの酒飲むぞ!」
彼の明るさが、葉月の緊張を少し和らげる。
『陽キャって、なんでこんな時でも笑えるんだろう。』
ミリアが地図を確認し、冷静に言う。「遺跡は砂丘の向こう。トラップが多いから、気をつけて。葉月、叡智の書に何かヒントは?」
葉月は本を開く。ページに、遺跡の図とトラップの詳細が浮かぶ。『罠:落とし穴、矢の発射装置、魔法の障壁。鍵は最深部の祭壇。犠牲の試練は……
「一人の命で全体を救う」。』
葉月の手が震える。
『命? そんなの、受け入れられない。』「……トラップは物理と魔法の混合。落とし穴を避け、矢を防ぐバリアが必要。祭壇には、試練があるみたい。」
小声で伝えるが、声が震える。
八重が心配そうに覗き込む。
「葉月、大丈夫? なんか、顔色悪いよ。」
「うん……大丈夫。」
葉月は強がるが、内心は恐怖でいっぱい。
『コミュ障の私が、みんなを引っ張れる? 犠牲なんて、考えたくない。』
一行は砂丘を越え、古代遺跡に到着。巨大な石造りの門が、砂の中に半ば埋もれている。彫刻されたルーン文字が、不気味に光る。カイルが門を押し、開く。
「よし、行くぜ!」
遺跡内部は薄暗く、涼しいが、湿った空気が肌にまとわりつく。通路は迷路のように入り組んでおり、壁には矢の発射孔が見える。葉月は叡智の書でトラップの位置を分析。
「最初の落とし穴は一〇メートル先。右の壁にスイッチがある。押せば無効化できる。」
ミリアが杖を構え、魔法の光を灯す。
「了解。みんな、慎重に。」
カイルがスイッチを押し、ガコンと音がして落とし穴が閉じる。だが、次の通路で矢が飛ぶ。
「危ない!」
ミリアが「ウィンド・シールド」を発動し、矢を弾く。八重が想像力を働かせる。
「物語みたいに、トラップを逆利用できるかも! 矢を敵に当てる!」
彼女は床のプレートを踏み、矢を別の方向に誘導。
葉月の分析が冴える。
「次の障壁は魔法。光の魔法で解除できる!」「ルミナス・ウェーブ!」
葉月と八重が同時に魔法を放ち、障壁が消える。一行は息を合わせて進むが、葉月の心は重い。
『この先、犠牲の試練が……。』
最深部に到達。祭壇には、巨大な石の扉と、ルーン文字の碑文。
『一人の命を捧げ、鍵を得よ。さもなくば、全員が滅ぶ。』
葉月の心臓が凍る。
『命を捧げる? 誰が? 私? 八重? それとも……。』
突然、遺跡が揺れる。トラップが発動し、天井から巨大な岩が落ちてくる。
「みんな、避けて!」
カイルが叫び、一行を押しのける。だが、岩がミリアの足を直撃。彼女が悲鳴を上げ、倒れる。
「うっ……!」
「ミリア!」
葉月が駆け寄る。ミリアの足は岩に潰され、血が流れている。重傷だ。カイルが岩をどかそうとするが、動かない。
「くそっ、重すぎる!」
八重が泣きそうになる。
「ミリア、だ、大丈夫!?」
ミリアが歯を食いしばる。
「……なんとか、生きてる。でも、動けない……。このままじゃ、みんな危ないよ。」
祭壇のルーンが光り、声が響く。
「犠牲を選べ。一人を残し、扉を開け。さもなくば、全員ここで終わる。」
葉月の頭が真っ白になる。
『犠牲? ミリアを置いていく? そんなの、できない!』
コミュ障の彼女は、決断が苦手だ。いつも八重や本に頼ってきた。
『家族を助けるためなのに、仲間を失うなんて……。』
カイルが叫ぶ。
「葉月、考えろ! お前の頭脳が必要だ!」
八重が震える声で言う。
「葉月、物語で読んだよ。犠牲って、必ずしも死ぬことじゃない。誰かを助けるために、勇気を出せば……。」
彼女は本の記憶を思い出す。
『物語の英雄は、仲間を救うために自分を危険にさらした。犠牲は無駄じゃない。』
葉月は葛藤する。
『八重の言う通り? でも、ミリアを置いていくなんて、怖い。コミュ障の私が、決断なんて。』
ミリアが弱々しく言う。
「葉月……行って。鍵を取って。私、平気だから。」
その言葉が、葉月の心を突き刺す。
『ミリア、なんでそんな優しいの? 陽キャの仲間なんて、苦手だったのに……。』
涙が溢れる。
『でも、家族を助けるため。ミリアも、仲間だ。』
八重が葉月の手を握る。
「葉月、ミリアを助けよう。一緒ならできるよ。物語みたいに、犠牲はみんなを救うんだ!」
葉月は深呼吸する。
『コミュ障でも、決断する。』
「カイル、八重、扉を開ける準備を! 私がミリアを助ける!」
初めての大声。自分でも驚く。
カイルが頷く。「了解! 八重、魔法で援護!」
八重が「フレイム・バリア」
でトラップを防ぎ、カイルが扉のルーンを操作。葉月はミリアの足元に跪き、叡智の書を開く。
『ヒール魔法、応急処置。』「ヒール・ライト!」
光がミリアの足を包むが、完全には治らない。
ミリアが微笑む。
「葉月、ありがとう……。行って、鍵を。」
葉月は首を振る。
「置いていかない。仲間だよ。」
コミュ障の壁が、崩れ始める。
『ミリアの優しさ、カイルの励まし、八重の絆。陰キャの私でも、繋がれる。』
扉が開き、祭壇に緑の鍵が現れる。だが、トラップが再発動。
矢が飛ぶ。葉月は咄嗟にミリアを庇い、肩に矢を受ける。
「うっ!」
痛みが走る。
「葉月!」
八重が叫び、魔法で矢を焼き払う。カイルが鍵を掴み、トラップを解除。遺跡が静まる。
ミリアが葉月の肩を治療。
「葉月、庇ってくれて……ありがとう。」
彼女の目には涙。葉月は照れる。
「……うん。仲間だから。」
友情が芽生える瞬間。コミュ障が、少し改善した。
一行は遺跡を脱出。砂漠の夜空の下、ミリアが葉月の手を握る。
「葉月、強かったよ。私、友達だと思ってる。」
葉月は顔を赤らめる。
「……私も。ありがとう、ミリア。」
八重が笑う。
「姉ちゃん、かっこよかった!」
カイルが肩を叩く。
「よし、試練四クリア! 次は最後だな!」
葉月は緑の鍵を握り、思う。
『犠牲は怖かったけど、仲間を信じた。家族を助けるため、もっと強くなる。』
友情と絆が、姉妹を次の試練へ導く。