水の神殿の呼び声
迷いの森を抜けた一行は、ルナリア村で一晩を過ごした。黄金の鍵を握りしめ、葉月はベッドで何度も確認した。
『これが試練一の証。次は水の神殿……叡智の書によると、湖のほとりに古い神殿がある。謎解きが中心だって。』
心の中で分析する。陰キャの彼女にとって、戦闘よりパズルの方が性に合っている。でも、コミュ障の壁はまだ残る。
カイルの陽気な笑い声が、隣の部屋から聞こえてくるだけで緊張する。
八重は隣のベッドで、興奮気味に話す。
「葉月、森の試練、クリアできたね! カイルとミリア、頼りになるよ。でも、私たちのトラップと分析が効いたよね。」
葉月は小さく頷く。
「うん……でも、まだ話せない。助けてもらってるのに、ありがとうって言えない自分が嫌。」
双子の絆は強いが、他者とのつながりは薄い。家族を助けるため、変わらなければと思う。
翌朝、一行は湖に向かった。
エテルリアの風景は美しく、青々とした草原を抜けると、巨大な湖が広がる。湖面は鏡のように静かで、周囲を霧が包む。湖の中央に、浮かぶように神殿が建っている。白い石柱が水面から立ち上がり、橋がかかっている。
「すげえな、水の神殿! 言い伝えじゃ、水の精霊が守ってるんだぜ。謎解きをクリアしないと、鍵がもらえないらしい。」
カイルが興奮して言う。
ミリアが杖を構え、警告する。
「でも、危険だよ。湖の水は魔法がかかってて、落ちたら幻覚に囚われるって。みんな、気をつけて。」
葉月は叡智の書を開く。ページに神殿の図が浮かび上がり、謎解きのヒントが記されている。
『水の流れを操るパズル。精霊の言葉を解読せよ。』
分析力が活きる。八重が隣で覗き込む。
「葉月、なんかワクワクするね。本の冒険みたい!」
橋を渡り、神殿に入る。内部は湿気が多く、水音が響く。中央の祭壇に、水の球体が浮かんでいる。触れると、青い光が広がり、水の精霊が現れる。半透明の女性の姿で、長い髪が水のように揺れる。
「来訪者よ。試練を求めるか。」
精霊の声は、水のさざめきのように柔らか。
葉月は緊張で声が出ない。八重が代わりに答える。
「はい! 願いの鏡を目指してるんです。家族を助けるために。」
精霊が頷く。
「ならば、謎を解け。水の流れを正せば、鍵を与えよう。だが、心のつながりがなければ、成功せぬ。」
祭壇の周りに、水路が現れる。複雑な迷路状で、水が流れ込む溝がいくつもある。壁に古代文字が刻まれ、パズルだ。葉月は本の知識を思い出す。
『これはルーン文字。叡智の書に似たパターン。左から三番目を回せば、水が分岐する。』
「みんな、聞いて。パズルを解くよ。」
葉月が小声で言う。珍しく、指示を出した。カイルとミリアが驚いた顔をする。
カイルが笑う。
「おお、葉月がリーダーか! いいぜ、教えてくれ!」
葉月は顔を赤らめ、目を逸らす。
『リーダーなんて……ただ分析しただけ。でも、協力しないと。』
八重と一緒に、水路のレバーを操作。葉月の分析で正しい順番を導き、八重の想像力で
「水が花の形になるはず!」
とビジュアルをイメージ。ミリアが魔法で水を操り、カイルが力仕事でレバーを回す。
水が正しく流れ、祭壇が輝く。だが、精霊が再び現れ、言う。
「知識だけでは足りぬ。心のつながりを示せ。」
突然、神殿が揺れる。水の壁が姉妹を隔てる。葉月と八重は別々の部屋に閉じ込められる。カイルとミリアは外側で
「葉月! 八重!」
と叫ぶが、声が届かない。
葉月の部屋は、水の幻影で満ちる。八重の声が聞こえる。
「葉月、怖いよ……ここ、暗い。」
だが、姿は見えない。精霊の声。
「絆を証明せよ。お互いの心を繋げ。」
葉月のパニックが募る。
『八重……どうしよう。コミュ障の私、気持ちを伝えるの苦手なのに。』
幼い頃の記憶が蘇る。学校で孤立し、二人の世界に閉じこもった日々。だが、家族の事故を思い出す。
『八重がいなきゃ、耐えられない。絆、強いはず……。』
「八重! 聞こえる? 私、いつも本読んでるけど……本当は、八重と一緒にいるのが好き。双子でよかった。怖くても、一緒なら頑張れる!」
葉月が叫ぶ。声が震えるが、心からの言葉。
八重の部屋からも声。
「葉月! 私も! おっちょこちょいだけど、葉月の分析に助けられてる。家族助けよう、一緒に!」
水の壁が溶け、二人が再会。抱き合う。精霊が微笑む。
「絆、認めよう。」
水の鍵が現れる。青い宝石の鍵。
だが、喜びは束の間。神殿が崩れ始める。精霊の試練の余波で、水の渦が巻く。八重が足を滑らせ、湖に落ちる。
「きゃあっ!」
「八重!」
葉月が叫ぶ。八重は水面に沈み、幻覚に囚われる。体が動かず、怪我をした足から血がにじむ。
『痛い……葉月、助けて……。』
葉月は橋の端で凍りつく。
『どうしよう、一人じゃ無理。カイル、ミリア……助けを求める? でも、コミュ障で……声が出ない。』
心の壁が立ちはだかる。だが、八重の苦しむ姿を見て、決意。
「カイル! ミリア! 助けて! 八重が……怪我して、湖に!」
初めての叫び。声が大きくなった。成長の兆し。
カイルが即座に反応。
「了解! 俺が行く!」
剣を捨て、湖に飛び込む。ミリアが魔法で水を静め、
「ヒール・ライト!」
と癒しの光を放つ。
カイルが八重を抱き上げ、岸に引き上げる。
八重の足は捻挫と切り傷。ミリアが治療し、葉月が駆け寄る。
「八重、大丈夫?」
八重が弱々しく笑う。
「うん……葉月、ありがとう。助け呼んでくれたね。」
葉月は涙を拭く。
『他人に助けを求めた……初めて。怖かったけど、できた。』
カイルが肩を叩く。
「葉月、よくやったぜ! お前ら姉妹の絆、すげえよ。」
ミリアが優しく言う。
「これで二個目の試練をクリア。次も一緒にがんばろう。」
葉月は小さく頷く。
「……ありがとう。」
まだ小さい声だが、心の壁に亀裂が入った。家族を助ける旅で、少しずつ変わる自分たち。
一行は神殿を後にし、次の試練へと旅立つ。
湖の水面に、姉妹の成長が映る。