帰還と新たな一歩
光が眩しすぎるほどに輝いた瞬間、葉月と八重は真実の鏡の前から消えていた。
闇の要塞の冷たい石床、黒い霧、仲間たちの叫び声――すべてが白い霧に溶け込み、感覚が遠ざかる。葉月の胸には、八重の手の温もりと、試練を乗り越えた絆の重みが残っていた。
『家族を助ける。それが私たちの願いだった。叶ったの?』
コミュ障の彼女は、いつも分析で不安を抑えてきたが、今はただ祈るしかなかった。
目を開けると、視界に映ったのは高速道路の事故現場だった。
ひしゃげたミニバン、割れたガラスの破片、血の匂い。しかし、異世界の冒険で見た幻影とは違う。
救急車のサイレンが鳴り響き、救急隊員が慌ただしく動いている。葉月は後部座席に座ったまま、八重の手を握っていた。
『ここは……現実?』
八重が目を覚ます。
「葉月……姉ちゃん? 私たち、生きてる?」
彼女のポニーテールは乱れ、制服には血の跡がない。不思議なほどに、傷一つなかった。
「お父さん! お母さん!」
葉月が叫ぶ。運転席と助手席に目をやると、父と母が意識を取り戻していた。父が呻き、母が弱々しく微笑む。
「葉月、八重……よかった、無事で……。」
救急隊員が駆け寄り、「全員、奇跡的に軽傷です!」と叫ぶ。葉月の涙が溢れる。
『叶った……願いが。本当に、家族が助かった!』
事故現場は混乱の中、姉妹は互いを抱きしめる。八重が泣きながら言う。
「姉ちゃん、エテルリアでのこと、夢じゃなかったよね? カイル、ミリア、試練……全部、本当だった。」
葉月は頷く。
「うん。真実の鏡が、私たちの経験で現実を変えたんだ。」
コミュ障の彼女にとって、異世界での冒険は自分を変えるきっかけだった。
『陽キャのカイル、優しいミリア、ドワーフの村人たち……みんなが、私に勇気をくれた。』
病院に運ばれた家族は、驚くほど早く回復した。医師たちは「奇跡だ」と首を振る。
葉月と八重は病室で両親と再会し、抱き合った。母が言う。
「あなたたち、旅行中、ちょっと元気なかったけど……何か変わったみたいね。」
父も笑う。
「そうだな。目が、強くなったぞ。」
葉月は照れくさく目を逸らす。
『変わった……のかな。コミュ障はまだ治ってないけど、仲間を信じられた。』
八重が笑う。
「お母さん、お父さん、私たち、冒険してきたんだよ! 話したいな!」
両親は笑い、冗談だと思う。姉妹は目を合わせて微笑む。
『本当なのに、秘密にしよう。』
数週間後、姉妹は学校に戻った。教室の喧騒、クラスメートの笑い声。以前なら、葉月は本に逃げ、八重は姉の影に隠れていた。だが、異世界での経験が、二人に小さな変化をもたらしていた。
『カイルみたいに、ちょっと明るく話してみようかな。』
葉月は思うが、すぐに心が縮こまる。
『でも、コミュ障だ。無理かも……。』
昼休み、葉月は図書室で本を開く。いつもの習慣だが、隣に八重がいない。八重は教室で、クラスメートに話しかけられていた。
「ねえ、八重、夏休み何してた? なんか、元気になったね!」
女子生徒の声に、八重はドキッとする。
『話しかけられた……! 物語のヒロインなら、笑顔で答えるよね?』
「えっと、家族旅行で……いろんなことあったんだ。」
少しぎこちないが、笑顔で答える。クラスメートが笑う。
「へえ、面白そう! 教えてよ!」
葉月は図書室の窓から教室を覗き、八重の姿を見る。
『八重、話してる……。すごい。私も、試してみようかな。』
心臓がドキドキするが、試練を思い出す。
『ドワーフの村で、村人たちと協力できた。私でも、できるはず。』
放課後、図書委員会の活動で、葉月はクラスメートの佐藤さんに話しかけられる。
「葉月さん、本の整理手伝ってくれる? 最近、なんか元気そうだね。」
葉月は顔を赤らめ、声を絞り出す。
「うん、ありがとう……手伝うよ。」
小さな声だが、一歩踏み出した。佐藤さんが微笑む。
「やった! じゃあ、一緒にやろう!」
葉月の胸が温まる。
『友達……できるかも。』
八重も、教室で女子たちと話す。
「ねえ、八重、週末、カフェ行かない?」
誘いに、八重は目を丸くする。
『カフェ!? 物語の主人公みたい!』「うん、行く!」
コミュ障の壁が、少しずつ溶けていく。
ある夜、葉月の部屋で、姉妹は机に向かい合う。ノートパソコンを開き、二人で物語を書いている。
「双子の鏡」と題した小説。エテルリアでの冒険を基にした、姉妹の創作だ。葉月がキーボードを叩く。
「カイルの剣が、闇のボスを斬るシーン、ここで入れる?」
八重が笑う。
「うん! ミリアの魔法も派手にしよう! 物語みたいに、希望をいっぱい書きたいね。」
二人は異世界の経験を物語に昇華する。
『陰キャでも、冒険できる。コミュ障でも、仲間と絆を築ける。』
葉月は思う。
『エテルリアで学んだこと、現実でも活かせる。』
八重が呟く。
「姉ちゃん、この本、いつか出版できたらいいね。陰キャの私たちでも、誰かに希望を与えられるかも。」
葉月が微笑む。
「うん……一緒に、がんばろう。」
双子の絆が、物語の中で輝く。
その夜、葉月の夢に白い霧が現れる。導き手の声が囁く。
「よくやった、葉月、八重。君たちの絆は、現実を変えた。いつかまた、エテルリアで会おう。」
霧が消え、葉月は目を覚ます。
『続編? また冒険?』
少し怖いが、ワクワクする。
数日後、姉妹は図書室で、完成した原稿を手に笑い合う。佐藤さんが近づき、
「ねえ、何書いてるの? 見せて!」
葉月はドキッとするが、勇気を出す。
「うん、ちょっとだけなら……。」
原稿を渡す。佐藤さんが読み、目を輝かせる。
「これ、めっちゃ面白い! もっと書こうよ!」
八重が笑う。
「姉ちゃん、友達できたね!」
葉月は照れくさく頷く。
「うん……陰キャのままでも、冒険できるよね。」
窓の外、夕陽が教室を染める。姉妹は新たな一歩を踏み出す。
エテルリアの冒険は終わったが、彼女たちの物語は続く。