敵か味方か、チャーハンか
「・・・ただいま~」
木製の古い玄関扉は、ギィと音を立てて家主を迎え入れる。
いつもと変わらない玄関、廊下、先に見える窓から差し込む夕日。
ただ一つ違うのは、そこに彼がいることだけだ。
部屋の中央に置かれているローテーブルには、剝がれかけた古いキャラクターのシールがいくつも貼ってあり、それだけで昔から使われていると分かる。
そこに彼は腰掛け、荷物を大切そうに抱えながらこちらをじっと見つめていた。
「あの「ここは一体、何なんだ」」
眞守の言葉を制止するように彼は言葉をかぶせてきた。
「そしてお前は誰だ」
じっとこちらを見つめる瞳は、敵対心の様なものを強く孕んでいる。
沈黙が眞守を攻撃するように包む。
「えっと・・・誰だって言われても、こっちのセリフっていうか・・・」
靴も脱がずに眞守は困ったように右上の方に視線を投げる。
「朝、ごみ捨てに行こうとしたら私の家の前にあなたが倒れてたの
放っておくわけにもいかないし、部屋で休んでもらおうかなって
布団まで運ぶの、超大変だったんだからね!」
一度沈黙を破ると、すらすらと話せるものだ。
最初は状況を説明しようと言葉を選んでいたが、話していくうちにふつふつと胸の奥が熱くなっていく。
「ていうか、まずは助けてくれてありがとうございます、でしょ!」
助けた人に敵意を向けられるのは、気持ちのいいものではない。
湧いてくる怒りに任せ靴を脱ぎ、居間へと向かう。
「おまえは誰って、こっちが聞きたいんですけど
何でうちの前で倒れていたの?というか、今朝やってた本浮かばせるマジックとか・・・
外国人なの?変わった服だし、聞いたことない言葉で話してたし」
こっちだって聞きたいことは山ほどある、と言わんばかりに溢れてくる疑問をぶつける。
彼と一定の距離を保ち、そばにあるくたびれたクッションの上にスクールバックを置いた。
鈴のついたイルカのキーホルダーは、その場の空気を読まずにリンッと鳴く。
「・・・何も覚えてない、ここに来たことに関しては」
「何もって、何も?気づいたらここにいたの?」
「最後に覚えているのは・・・自室にいたときのことだけだ、この世界も、お前も知らない」
警戒しているせいか、それ以上は何も応えてくれなかった。
眞守は小さく息を飲み、しばらく目を閉じた自分を納得させるように何度かうなずく。
「うん、うん、よし・・・決めた、勝手に!」
「あなたはなんでここに来たのか分からなくて、困ってるってことだよね」
その瞳はかすかに微笑んでおり、やる気に満ちたような様子で彼を見つめる。
「なら私が助けてあげる!見た感じ行くところもないんでしょ?」
彼はその言葉に表情ひとつ変えなかった。
何か裏があるに違いない、と眞守をジロリと睨む。
「見ず知らずの男を助けるなんて、ずいぶんとお人よしなんだな
悪いが俺は金目の物も持ってないし、助けられたところで礼をする気もないぞ」
初めて見る彼の笑った顔は、ひどく自嘲気味なものだった。
そんな卑屈な彼の言葉を気にする様子もなく、眞守はニッと口角を上げた。
「別にそんなこと考えてないよ、困った人がいたら助ける!
それが、お母さんに教えてもらった大事なことなんだから!」
眞守のまっすぐな瞳は、彼にはひどくまぶしく、少し煩わしくも感じた。
「あと、私はお前じゃなくて”眞守”って名前があるの!」
「まもり・・・」
「そう!”星名 眞守”お父さんがつけてくれた超かわいい名前!」
ふふん、と笑みをこぼしながら彼にもう一度質問を投げる。
「じゃ、私が名乗ったんだから次はあなたの番でしょ?お名前は?」
「おま・・・」
「状況が分かっててそれ言ってるのか?」
何もわかってないだろ、とため息交じりに眞守を見つめる。
しかしそれは、先ほどと違い警戒心ではなく、不思議なものを観察するような視線へと変わっていた。
「だーかーら!お前じゃなくて眞守!」
眞守はむっと口をとがらせ、冗談っぽく笑って見せた。
「はぁー、怒ったらお腹すいちゃった!おじさん、嫌いなものってある?」
「おじさん・・・」
名乗らない自分が悪いが、おじさんと呼ばれるのは気分のいいものではない。
「ま、何が嫌いでもいいけどさー・・・あー!!!」
キッチンの方へ振り向いた彼女は、何かを見つけ大げさに騒ぎ出す。
「ちょっと!朝ごはん食べなかったの?もー・・・こういうの結構へこむんですけど」
そこには時間がたって、冷たくなった食事が静かに出番を待っていた。