表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

扉の向こうは、日常だった


トン・・トン・・トン・・・


心地のいいリズムで何かを切る音が耳に入る。

このままずっと聞いていたい、懐かしく感じるその音だけが頭に入ってくる。


トン・・トン・・トン・・・


やわらかい湯気の香りと、暖かな日差しは、それが朝だと知らせてくれる。


そうか、疲れてあのままソファで寝てしまったのか・・・。

瞼の裏に、昨日起きたことを思い描く。


・・・ガラス瓶!

あれはあの後どうなったんだ!!


ガバッと体を起こすと、頭を貫くような痛みが走る。


「うぅっ・・!」


くらくらと揺れる視界の中、彼女はこちらを見ていた。


「~~~~~!!」


何か言っているようだが、それは彼の耳には初めて聞く言語であり、ただの音の連なりとしてしか認識できなかった。


痛みの余韻を感じながら、周りを見渡してみる。

そこには、彼の知っているものが何一つなかった。


不純物の入っていないガラスでできた大きな窓。

見たこともない素材でできている天井と思われるもの。

そこにぶら下がっているランプのようなものには、火ではない何かがあり、煌々と部屋を照らしている。


理解が追い付かない。

見たことのない部屋、見ず知らずの人間、聞いたことのない言語。


まず何から手を付ければ・・・


気が付くと彼女は彼のそばに座り、涙を浮かべながら何かを話していた。


「・・・お前は一体?」


言葉が通じないのは分かりきっている。

しかし混乱からか、勝手に声が漏れていた。


彼女も彼と同じような、何を話しているのかわからないような表情を浮かべ、少し首をかしげていた。


「ここはどこなんだ、何で俺はこんなところに・・・」


先ほどまで濡れていた彼女の瞳は、不思議そうにこちらを見つめるだけだった。



そうだ。


寝具らしきものの横で一緒に眠る本棚に目をやる。

恐らくその中で一番言葉が眠っていそうな、分厚い本を手に取る。

ズシッと重厚感のあるそれは、彼に満足感を運んできた。


「フリウ・レクティオ」


小さく呟くと、ぽうっ・・・と指先に小さく青が灯る。


彼の手の中にある本は、自ら読んでほしいといわんばかりにページが開かれ、踊るように次のページへと進んでいく。


青い光は次第に大きくなり、彼全体を優しく包み込んでいた。


ーーパタン


本の閉じる音で、一時停止していた世界が動き出したように彼女が騒ぎ出した。


「今・・!!!えっ!それ、私の辞書、何?何したの?すごい!!」


居ても立っても居られない、そういった様子で彼の持っていた本を手に取り、仕掛けがないか探るようにページをめくっている。

ひっくり返したりしても、本からは何も落ちてはこなかった。


「・・・あ・・おま、え、は・・・」


言葉を喉に詰まらせながら、彼女の使う言語と同じようなものを発している。


「えぇっ!?って、あれ?言葉わかるの?」


彼は口元に手を当て、誰かと話しているかのように一人でぶつぶつと何かを呟いている。


「ねぇ!聞いてる?おーい、きーこーえーてーまーすかー?」


ぶんぶん、と顔の前で手を振ってみても彼には何も届いてないようだ。



「・・すこ、し待ってく・・・れ、さい・・・」


「やっぱり言葉わかってる、さっきは訳わかんない言葉しゃべってたのに!」


何なのこの人!と小さく吐き捨てると、彼女は立ち上がり隣の部屋へ行ってしまった。


しばらくして、慌ただしい足音が部屋を駆け巡る


「こんなことしてる場合じゃないんだ!学校遅刻しちゃうから、私行くね!

 ご飯は作ってあるから適当に食べて!鍵これしかないから家から出ないでよ!行ってくるね!部屋荒したりしないでよ~!」


ガチャン


扉が勢い良く閉まり、階段を下りていく足音は段々と小さくなっていった。

部屋の中は、小さな埃が日差しに照らされてキラキラとしている。


「なんだ・・・あいつ」


言葉の意味は理解していた。

けれど、その情景はまるで異国の風のように彼の心をすり抜けていく。

不思議と、そこには温かさと、日常のにおいがあった。


ゆっくりと立ち上がり、大きな窓の前に立つ。

聞いたことのない音と、記憶にない香り。そして人々の気配。


それは、彼が来たところで何も変わらず、ただそこで生きている。

彼だけを取り残して。


「ここは・・・どこなんだ・・・」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ