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第11話 ◆◇◆ 灯莉 ②


 事後。

 寝入ってしまった昼斗の隣から外に出て、灯莉はシャワーを浴びた。バスタオルを片手に寝室へと戻ってきて、ミネラルウォーターのペットボトルの蓋を捻る。冷たい水を飲み干しながら、灯莉は無表情で昼斗を一瞥した。


「……」


 思いのほか艶のある、〝義兄〟。


 一度、『そんなに嫌いなのか?』と問われて、心情が露見している事に驚いた。


「全く。あれだけ『好きだ』と繰り返してるのに、疑われるとはね」


 勿論、内心では、灯莉は昼斗の事が、大嫌いであるが。

 愛しい姉を奪った憎い相手だ。


 改めて昼斗を見る。艶やかな黒い髪、同色の睫毛。日本人らしい日本人で、均整の取れた体躯をしている。特別目立って造形美を誇る顔立ちだとは思わないが、灯莉は昼斗の顔は好きだった。それは、最初からだ。姉に連れられて通信施設で画面の前に昼斗が立ったあの日から、凛々しい顔立ちには好感を持っていた。客観的に評して、昼斗は男前としてよいだろう容姿の持ち主である。その男前が、震えて泣いていた姿は、たまらなかった。だが――あくまでもこれは、復讐の一環だ。灯莉は嘆息する。


「っ、ぁ」


 その時、眠ったままで昼斗が呻いた。起こしただろうかと視線を向けると、ピクリと昼斗の瞼が揺れ、呼吸が荒くなり始めた。だから灯莉は、『またか』と思った。ベッドサイドにペットボトルを置き、静かにベッドの上に戻りながら、昼斗の様子を窺う。


「あ……許してくれ」


 昼斗には、目を覚ました様子はない。いつもそうだから、灯莉は理解している。眠ったままで、昼斗は泣きながら、寝言を口にしているのだ。


「光莉……死なないでくれ」


 放たれた姉の名に、灯莉の胸中が冷えかえった。


 灯莉が引っ越してきてからほぼ毎日、昼斗は夢を見て泣いている。通常同じ夢をこれほど繰り返し頻繁に見る事はないし、似たような軍人の事例はいくつも知っていたから、灯莉もおもうこれが、PTSDの症状なのだと理解している。寝言から判断するに、姉を喪った事件、最近であれば人工島の切り離し作戦の夢、これらを見ては、昼斗は苦しそうにうなされている。


 昼斗が軍医に、この方面で受診している記録は無いが、本来であれば適切な対応が必要なのだろうと、灯莉は判断していた。同時に、昼斗がきちんと、〝苦しんでいる〟事もまた、理解出来た。だが、だから? それがなんだというのだ? この身に巣食う憎しみは、消えない。それが灯莉の出した結論だった。復讐し、再起不能なくらいに、ボロボロにしてやりたい。昼斗に対して、灯莉はそう考えている。


「光莉、ダメだ。その船に乗らないでくれ。あ、あ――……!!」


 直後昼斗が勢いよく飛び起きた。ボロボロと涙を零していて、その呼吸は荒い。灯莉はその姿を見て、片手で室内の灯りを、ゆっくりと強めていく。そして電気が点いた頃には、微笑を浮かべて、昼斗を見た。そこにあるのは、先程までの冷酷な無表情とは異なる。


「どうかした?」

「あ、っ……灯莉……?」

「そうだよ。私。怖い夢でも見たの?」


 照明のリモコンをベッドサイドに置き、灯莉は昼斗を抱きしめた。後頭部に手を回し、己の肩口に、昼斗の額を押し付ける。そしてまた、表情を消した。息が荒い昼斗は、ガクガクと震えている。落ちつけるようにその背を撫でながら、長めに灯莉は瞬きをした。


「灯莉……俺は、何か言っていたか……?」

「ううん。何も言っていなかったわ」

「そうか」

「朝までまだ時間がある。昨日は無理をさせたし、もう少し休んだ方がいい。ね?」

「あ、ああ……っ、昨日……!!」

「最高だった、すごくね」


 灯莉の言葉で、昨夜の情事を思い出したようで、昼斗が別の意味で硬直したのが、灯莉には分かった。吐息に笑みをのせてから、灯莉は腕から昼斗を解放する。そして、赤面している〝義兄〟の目を見て、唇に触れるだけのキスをした。


「おやすみ、義兄さん」





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