ep.6 Médecine × Chimie 《医学 × 化学》
「天使ちゃ……ロン、何でも治せるんじゃないの……?」
「僕が知ってる疾患なら、です。何でもは治せないよ……」
「そ……そっか」
少々動揺するダニエルさん。
それはそう……急性アルコール中毒は怖い病気。前にリアム先生が言っていた。
鞄の中の医学書を見る。僕はまだお酒を飲める年じゃないからもう少し大きくなったら詳しく教えてくれるって言われて、教科書に書いてあることしか分からない。
全員まだ意識はありそうだけど、このまま放っておいたら危険だ。
ダニエルさんが男たちに回復体位をとらせて基本魔法『eau』で水を飲ませていた。さすが、酒屋さん。
……
「ダニエルさん、急性アルコール中毒ってどういう仕組みなんですか」
「急性アル中は急激な血中アルコール濃度の上昇が原因だな。最悪呼吸停止することもあるが今は酩酊状態だからその一歩手前の状態ってとこだ。まぁアルコールを排出するか分解できればいいんだけど……」
……。
「アルコールの、ぶんかい」
「んだ。分解は違う性質のものに分けるってことだよ。アルコールは肝臓にあるADHって酵素によって一旦アセトアルデヒドに分解される。そんで、このアセトアルデヒドはALDHって酵素でさらに酢酸へ。それが最終的に水と二酸化炭素に分解されて体の外に排出されるってわけだ」
「ダニエルさんすごい」
「何年も酒屋やってるし、酒の知識はね。急性アル中の時はアルコールの代謝と排出をさせたいから、点滴治療ってとこじゃないかな」
「2つのぶんかい酵素と点滴……生食……細胞外輸液?」
「ん?なんだそれ」
「医学書です。この点滴なら作ったことある」
「作る?」
医学書を開いたまま胸の前で手を組んで集中する。
『tout guérir』
「ロン?」
「……診えた……破っ!」
「え?」
………
………
「……血液から点滴と同じ成分を複製して治療してます」
「!? ど、どど、どうやって!?(今、破!って言ったけど)」
「僕の魔法は込める魔力によっては多分アルコールの破壊もできちゃうんだけど、」
「ぬ」
「でも破壊だと人体への影響がわからないから、血中の分解酵素と水分、電解質の複製と補填の方が主というか……負荷を見ながら直接アルコールの分解と水分の補填をしてます」
「そんなこと……できるの?」
「ダニエルさんのおかげ!」
「い……や、いやいやいや、そんな言うは易く行うは難しっていうじゃん!」
「僕は、視えるから」
これは魔法と、医学と化学なのかもしれない。
細胞の再生と修復と補填……これの、応用。
先生……先生とダニエルさんが教えてくれてたおかげでなんとかなるかもしれません……!
酩酊状態だった男たちが少し落ち着いたようだった。
何か言いたげだったけど「下手なことをしたら貴方の細胞破壊します」って言ったら静かになっちゃった。
続いて……ここの火を消さなくちゃ。
救急車や消防車のサイレンがずっと鳴っているけど全然鎮火されていない。空気中のアルコール含有量が多いのも原因かも、とダニエルさんは言っていた。
たくさん雨を降らせたら炎は消えるかな……
「『水魔法』……」
と、そこまで唱えたところで僕はいいことを思いついた。基本魔法の出力を最大限に解放。魔力を制御している僕の胸の刻印が光を増していく。
「おい、ロン……」
僕の、胸の刻印が光っている。
……これは、多分、大丈夫。
一気に終わらせるつもりだ。
「『eau』」
そのとたん、バケツをひっくり返したような雨が降った。
公園を中心とした、炎が延びている場所だけを目標とした、完璧な雨。
エリックが目を覚ます。
「……ロン……!」
心配そうに僕を見るエリック。
よかった……! だけど、僕の意識が遠のいていく。
ちょっと、僕は、魔法を使いすぎたかもしれない。
刻印の魔法制御によって僕は意識を失った。