ep.4 Ange 《天使ちゃん》
向こうの方が騒がしい。……あっちはエリックと待ち合わせをしている広場の方だ。
エリック、大丈夫かな。
エリックは几帳面でいつも時間厳守してくれるから、早ければ約束の15分前には着いていたりする。
広場の方から沢山の人々が押し合いながら逃げてくるのが見える。
「広場は危ないぞ! あっちに行ってはだめだ!!」
「暴動だ暴動! 拳銃持ってる奴もいるし魔術師もいる!! 危ないから近づくな!!!」
「非魔術師一人が火だるま! あと、魔術師二人が撃たれた!!」
……
……なんだって?
喧騒に紛れた情報を拾い集める。
わぁわぁと叫びながら逃げる人や戸惑う人々。
ねぇ誰か、詳しいことを僕にも教えて……!
その時、逃げる人々とぶつかって僕を隠していたベールが落ちた。
あ……っ!
人々が、突如として現れた僕を見る。
「あの真っ白な子は……《マリア》だ!」
「うっそ《天使ちゃん》!?本当にいたんだ……!」
「本当にマリア様なら、もしかしてこの騒動を救ってくれるんじゃ……」
「おい待てよ、あいつら確か《天使》連れて来いって……」
どうしよう……目立たないようにベールを被っていたんだけど……《マリア》も《天使ちゃん》も、僕のことだ。
確かにそんな風に呼ばれてはいたけれど、まさかこんなところで呼ばれると思ってなかった。
……ただのあだ名だと思ってた。
僕がちょっとだけ有名というのは、僕はその時既に『天才ヒーラー』の魔術師として、町では噂になっていたそうなんだ。『どんな病気や怪我でも治してしまう』と。更には《マリア》という呼び名から、『救いを齎す者』と解釈する人も多くいたらしい。
だけど、こんなにもとは思わなかった。
……そっか、だからみんな僕を名前で呼んでくれないんだ。
『天才ヒーラー』の《天使》とか《マリア》とか。
だけど僕は、僕が知ってる疾患しか治せない。それも完璧じゃない。未熟だし、わからないこと、たくさんある。
噂が噂を呼ぶって、こういうことかもしれない。
「天使ちゃん、助けて」
「押さないで!」
……どうしよう
「マリア様、この子を救ってください!」
「だけど、子供じゃ危ないよ」
「広場にいる奴らを先にどうにかしてくれ!撃たれた魔術師の一人は子供だ!」
……待って、みんな待って、えっ、撃たれたのは子供?
エリック……エリックは、無事なの……?
「怖いよ、助けて」
「広場の子を先に!助けてあげて!」
煙の匂い。向こうで火が燃えているのが見える。
僕は……覚悟を決めた。
これがほんとの火事場の馬鹿力、ってね。
フランスにそんな表現はないけれど。
まずはパニックをどうにかしなくちゃ。
……祈りを捧げるように、胸の前で手を組む。
一度目を閉じて、意識を、魔力を、集中させる。
集中して、目を開く。
……僕の金色の瞳に映るのは。
人々の状態が、細胞が……「診える」
組んだ手が、身体が、緊張で震える。
「……回復魔法『tout guérir』」
詠唱とともに辺りはオレンジ色の光に包まれ、丁寧で正確、そして素早く、見える範囲の人々を『癒して』いく。
コントロールは完璧だ。
驚く人々。
噂は本当だったんだ……と漏らす声が聞こえた。
……淡い光が収束する。パニックはひとまず落ち着いたらしい。
「ヒール」の意味を持つ『guérir』は、そのままヒーリング効果もあるようだ。
広場へ行かなくちゃ。
僕は鞄に付けていた箒のキーホルダーに魔法をかけて通常サイズにする。
「天使ちゃんその箒……どこ行くの」
「広場です、友達がいるかも……! みなさん、逃げて。……飛行魔法『vole』!」
僕は箒に乗って広場へ向かう。
「うわぁ、天使って本当にいたんだ……」
「ばか、天使が箒乗るかよ。あれはマリア様だ」
「マリア様だって箒乗らなくない?」
……そんな会話を、聞きながら。
だけど僕は天使でもマリアでもない、ただの魔術師だ。
僕ができるのは「癒す」ことだけだから。