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第一話:力の使い道

幾度となく拳がぶつかり合う。怒りか、憎しみか、あるいは喜びか。内に秘められたドス黒い感情を吐き出すかのように、ただひたすらに拳を振るう。


一度手を出したからにはもう止まらない。「参った」「やめてくれ」「助けてくれ」と、相手が何を言おうとも関係ない。弱い奴に、何かを願う権利など与えられない。それが、この世界の規則ルールなのだから。



都市グローセ、急速な科学技術の発展は人々の暮らしに希望を与えた。過去より勃発した戦争を乗り越えた人類は、互いの都市にある資源、技術、人材を大いに活用し、新たな都市国家の形成に尽力した。長きにわたり、世界は徐々に経済及び生活空間の保全を取り戻し、科学と自然が共存した理想国家を作り上げたのだ。


ただし、これはあくまで都市一部の話である。確かに、新たな国家形成の対象として都市グローセは大きく変わった。中心都市は他都市にも引けを取らない経済都市として国家に貢献しているが、この社会の変革に追い付けなかった郊外は、以前と何ら変わらない貧相な生活を強いられている。そして、都市経営部もこの格差問題に目も当てていない。


ここ、ドーナもその1つだ。都市経営部は上の命令でしか動かない国家の犬。市民の生活改善策は滞り、今となっては、中心都市での生活になじめなかった者のたまり場となっている。そんな街に平穏などという言葉はなく、反社組織が支配する裏社会と化していた。




日の当たらない路地裏。今日もまた、誰かの叫びが響き、誰かの血が飛び、誰かの死体が上がる。転がる死体はただの石も同然、金に飢えた奴らは、有りもしない財布の中をまさぐった後、腹いせのつもりか石を蹴る。


「今日も収穫なし……か。ここ最近、結構渋いよな?」


ドーナを彷徨う青年、エラーは空っぽの財布を投げ捨てる。別の獲物を見つけようと振り返った途端、肩がぶつかり近くを通りかかった男がその場に尻もちをつく。


「あっ……」

「……はぁ、わりぃわりぃ」

「ぁぁ!?てめぇ、肩ぶつけといて何ため息ついてんだ!!」


男は頭に血が上ったのか、タコみたいに顔を赤くして胸ぐらを掴む。光りもないのに輝く頭が一層タコのそれだ。そんなことを考えていると、気づけば背中が地面に密着していた。ジンジンと頬が痛み、綺麗な青空が視界に入り込む。激情したタコはまだ発散し切れていないのか、再び胸ぐらを掴んでは、この短時間で溜まった墨をブチ撒こうとする。


「おらっ!立てよ!立てっつってんだろっ!」

「……綺麗な空だなぁ」

「はぁ!?なんだてめぇ!!っざっけんじゃねえぞっ!!」


タコは握りしめた拳を高々と上げ、顔面目掛けて力いっぱい振り下ろす。視界にモザイクがかかる。どうやら意識を失いかけているらしい。顔の一部一部が熱くなり、生温い液体が流れ出ている感覚がある。一度手を出したからにはもう止まらない。「参った」「やめてくれ」「助けてくれ」と、相手が何を言おうとも関係ない。弱い奴に、何かを願う権利など与えられない。それが、この世界の規則ルールなのだから。






「肩がぶつかったくらいでよ、よくここまでやれるもんだ」

「いくら力自慢であってもよ、冷静さを欠いちゃ、ここでは生き残れねぇぜ」

「……って、なんで明らかに年下の俺が、アンタみたいなオッサンにこんなこと言わんといけないんだ?」


ボロボロの服で血を拭う。まだ唇辺りがヒリヒリと痛むが、こんなものは日常茶飯事。エラーは男のポケットをまさぐり、少し重量感のある袋を取り出す。中を見れば、100マネー玉が3枚、50マネー玉が2枚、1マネー玉が13枚も入っていた。合計413マネー、これは大収穫だ。


「これはもらっとくぜ」

「次会うときは、倍くらいのマネーを持ってきてくれよ」


手に入れたマネーをしまい、次に向かう先は売店だ。いつもの婆ちゃんだったら都合が良いが、今日はそれなりに収穫があったしどちらでも構わない。何を食べようかと考えつつ、フラフラと貧相な街を歩いていると、見慣れない初老の男の姿を目にする。この街じゃ見ないスーツ、高級そうな指輪をはめ、ギッシリと何かが入ったカバン。大物だ。今日は本当についているかもしれない。


初老の男の後を追う。彼がどこに向かおうとしているのか皆目見当がつかないが、こちらには気づいていない様子。人に紛れ、建物に隠れ、徐々に男との距離を縮めていく。幸運なことに、彼は見通しの悪い路地へと足を進める。


「へっ、知らねぇぞ?無警戒によぉ……」


エラーは周囲に人目がないか確認した後、すぐさま男に近づき、強引にカバンを奪い取った。こうなればこっちのものだ。振り向くことなく、決して足を止めることなく、ただひたすらに走り続けた。幸い、この路地は幾度も通ったことがある。あの男が追いつけるはずもないと、そう確信していた。


「そこまでだ、ひったくりさん」


頭上から声が響く。咄嗟に上を見れば、細身な長身長髪の青年がベランダから見下ろしていた。彼はヒョイと柵を越え、エラーの前へと飛び降りる。引き返そうと踵を返せば、初老の男の姿があった。かなり距離を取ったはずだが、あっという間に追いつかれていた。


「……あんたら、ただもんじゃねえな?」

「ご明察、意外と冷静じゃないか、ひったくりさん。今すぐそれを返してくれれば見逃してあげるが……、どうする?」

「そうか、じゃあ返すさ」


カバンを細身の青年に投げつける。彼がそれを受取ろうと両手を伸ばした瞬間、その隙を見て拳を振るう。戦闘能力は間違いなくこの青年の方が高い。コイツさえ無力化すれば、老人の始末など容易いだろう。エラーはこれまで、この戦法でこのような状況を幾度も回避してきた。今回もそうなるはず……だったが。


「穏やかではないね、キミ」


おかしい。徐々に力が抜けていく。それどころか、意識も遠のいていく。いつものとは違う、このままでは本当に気を失ってしまう。積み上げられてきた自信と余裕が、一瞬にして焦りへと移り変わる。早く、早く立て直さなければ。そんな焦りとは裏腹に、エラーの意識は完全に闇へと落ちていった。





「必ず戻って来るからね。いい子で待っていてね」


珍しく雨が降った日だった。まだ物の判別ができなかった頃、母親と共に必死に走り続けていた。背後からは怒号が聞こえ、振り向けば強面の男たちの姿がある。肺から空気がなくなるような感覚、喉から血の味がしてきた頃合いに、母親は空き家を見つけ、古びたクローゼットらしき家具に小さな体を押し込んだ。


母親は周囲を見渡しながら、外へと足を踏み出す。「いたぞ!」という男の声を機に、母親は再び走り出した。遠くへ、さらに遠くへと離れていく。それが、母親との最後の日となった。誰にも頼れず、誰にも救われず、ただひたすらに孤独だけが纏わりつく。明確に歯車が狂った、最悪の日だった。






ゆっくりと目を開く。ぼやけた視界に映るのは、覗き込むかのようにして見つめてくる少女、そしてその後ろには、あの細身の青年の姿もある。彼の姿を認識した直後、咄嗟に体が動くも、手足にかせられた鎖がそれを許さない。


「わっ!ビックリしたぁ!」


エラーの挙動に驚いたのか、少女は急いで距離を取り、青年の背後に隠れる。青年はため息をつくと、携帯電話を取り出し、誰かにメッセージを送る。


「無事目を覚ましたようだな、ひったくりさん。体調はどうだ?どこか、痛むところはあるかい?」

「……なんのつもりだ?」

「なんのつもりだろうね。俺にも分からない。ボスが拘束しろっていったものだから、仕方なくこうしているだけだ」


青年とのにらみ合いが続く。それを気まずそうに眺める少女は、恐る恐るエラーに近づき、緊張したような口調で話しかける。


「え、えっと、お名前なんですか?」

「……名前?おい嬢ちゃん、名乗るならまずは自分からだろ」

「あ、え、そうですよね!私、ヘイゼルっていいます。ヘイゼル・ミラー」

「おいお嬢、なんでコイツに自己紹介を求める。ボスの荷物をひったくったやつだぞ?」

「いいじゃん別に。アクセルこそ、同じようなことしてるくせに」

「おい、俺の名前まで晒したな?相変わらずのその緩さ、どこかでボロが出るぞ」


まるで痴話げんかでも見せられている気分だ。セキュリティがばがばお嬢さんのおかげで、この青年の名前まで知ることになった。しかし、彼らの目的が見えてこない。一体何がしたいのだろうか。


「で、お兄さんの名前は?」

「えっ、あぁ……。エラーだ」

「エラー……?それが名前?」

「そうだ。なんだ?何か気に障る名前だったか?」

「いや全然!そういうことじゃなくって……、ええと、良い?お名前ですね」

「本気で言ってんのか?」

「お嬢、どう考えても偽名でしょう」

「えっ!?」


ヘイゼルはあわあわと動揺する。本当に何なんだ?と疑問が絶えない。そんな会話をしていれば、奥の扉が開き、あの初老の男が姿を見せる。アクセルは彼に一礼し、ヘイゼルは「お父さん!」と言って近づいていく。


「お父さん!お兄…、えっと、エラーさん目覚ましたよ!」

「ボス、彼は貴方の大事な物を盗もうとした極悪人です。本気で彼を?」


アクセルの疑問に対し、初老の男は無言で頷く。アクセルはため息をつくと、エラーの前にしゃがみ込み、金色のバッチを地面に置く。


「……なんだこれは」

「俺たちは、都市グローセの郊外に住む貧困層を救うべく、不正に富を得る者から金を盗み、それを不運な者たちに配分している。要は、義賊団ってやつだ」

「……で、俺をそんな偽善組織に入れると?」

「勘違いするな。お前がボスの荷物を盗んだせいで、色々と面倒なことになったんだ」

「どういう面倒だ?」

「約束の時間、それを違えることになった。お前が余計なことをしたせいでな。俺たち義賊団は相当な売り上げを失うことになった。ただえさえ、経営状況も悪いってのに」

「そりゃ災難だったな」

「誰のせいだと思ってるんだ?お前にはその責任を取ってもらうんだぞ?」


アクセルが熱くなる中、ボスと呼ばれた初老の男が会話に割り込む。


「お前……、ここらじゃ負け知らずだそうだな。それに、この俺から盗みを働くってのも、相当なセンスだ。居場所がないんだろ?」

「へぇ、つまり俺を雇ってくれるわけだ」

「そういうことだ」

「信じられるのか?もしかすれば、ここにあるもんだって盗んで出て行くかもしれないんだぜ?」

「お前はそんなことをしない。見ていたぞ、今日の喧嘩」

「今日の喧嘩?……あぁ、あのタコのことか?」

「お前、何ですぐに殴り返さなかった?お前ほどの男なら、殴られるまでのなかったんじゃないか?」

「……」

「逃がすためだろ?少年を。肩をぶつけたのはお前じゃない。一緒に財布をまさぐっていた見知らぬ少年。立ち上がったらたまたま男に勢いよくぶつかり倒してしまった。少年は男の怒りを感じ取り恐怖し、体が固まった。それを見たお前は少年を庇うため、あえて反撃せずに男の暴力を受け、少年を逃がす時間を作った。違うか?」

「お前は、確かに喧嘩と盗みに明け暮れる屑かもしれない。だが、弱気を助けるその心意気は、俺たち“ファング”と同じだ。膨れ上がった闇に牙をむく。それが俺たちだ。お前のその力、新しい使い道を教えてやる。どうだ?興味が湧かないか?」


初老の男はしゃがみ込み、エラーの目を見て問いかける。


「……分かった。こんな生活にも飽き飽きしていたところだ」

「で、俺は何をすればいい?」


返答を聞き、初老の男は笑みを浮かべる。置かれたバッチを拾い上げ、エラーの服の胸元にそれをつける。


「ようこそファングへ。お前を歓迎する」

「……あぁ、よろしく頼むぜ。それで、俺は何をすればいい?アンタと一緒に、どっかから金を盗めばいいのか?」


エラーの問いに対し、ボスは笑みを浮かべる。そして、ヘイゼルを近くに呼びだし、初任務を命じる。


「娘の護衛だ」

「……は?」


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