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人を呪わば

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。



 始めに見た時には、何の事だか分からなかった。



 だだっ広い白い空間の、少し離れた所にちょこんと正座して、此方を見詰めている白装束の女の姿。


 視線はそのまま此方に据えて、手元で何かしている様子。加えて何やら呟いている様でもあったが、離れている為、何を言っているか聞き取れなかった。しかし、女がそれら一連の動作を終えた時、自分の胸にチクリ、と微かな痛みを感じたのだった。



 二日目に於いても同様。訳が分からないまま、またチクリ。



 しかし三日目あたりから少し事情は変わって来た。女の腕や首が此方に向けて明らかに伸びて来ている事に気付き、そうして四日目、五日目と回を重ねる毎に、長さは増し、それにつれて、身体の位置はそのままに、顔と手だけが近付いて来る。


 胸を刺す痛みは、この頃になると到底無視出来ない物になっており、六日目ともなると、痛みで上げた自分の呻き声で目を覚ます程だった。目が覚めてもズキズキと胸に残る痛み。暫くの間身動きする事も出来ず、事此処に至って漸く自分の置かれている状況を思い知るのだった。



 そして七日目。かなりの所まで近付いて来た女の顔。荒れてカサカサになった粉を吹いた様な白い顔。此方を見ている事は疑いないのに、何処か焦点がずれて、何処も見ていない様に見える目。瞳に光は無く、黒い穴が開いた様にも思える不気味な、表情の覗えない両の目。血の気が失せ、紫色に変色した半開きの唇。何故だか分かってしまった。女が此方をこの上なく憎み、恨み、その上で呪いに掛けようとしている事に。



 当然覚えが無い。単に自分が忘れているだけか、女の身勝手な逆恨みか、それとも単なる人違いか。間違いないのは、既に女は自分を標的に定め、事を為し終えるまで決してそれを止める事が無いだろう、と云う事だった。



 八日目、女の顔と手は最早異常と呼べる程にニュウと伸び、近付く手に持つ物、それは、右手に荒い造りの人形、左手に小さな針山。おもむろに女の右手が針山に伸び、刺さっていた待ち針を引き抜くと、更にそれを左手に持ち替え、人形に突き刺す。直後、自分の胸に走る激痛。悶え苦しむ意識の中で、最後に聞こえた女の、声にならない息を吐く様な言葉。



「は……ほ、ん、めぇ……。」



 そして、迎えた九日目の夢。殆ど間近に迫った女の顔と手と。最早全てが明らかだった。人形はこの自分を模したもの。針は十本。それを一日につき一本ずつ刺して行く。そう云う呪い。



「きゅう、ほん、めぇ。」



 喉の奥から搾り出す様な掠れ声。同時にこの身を襲う激痛に叫び声を上げながら目を覚ました。目覚めても一向に引かない痛みに、部屋中を転げ回り、何とかしなければ、と考えようとするも、痛みに考えが纏まらない。どうしよう、どうしよう、と気ばかり焦り、せめて眠らない事で少しでも迫り来る破滅を引き延ばそうと考える事で精一杯だった。しかし、そんな事は無理だ! 気付いた時にはもう状況はのっぴきならない所まで来ており、残すは最後の十日目の夢を残すのみ。



 まさか、痛みで気を失う事になるとは予想が付かなかった。考える時間すら許されず、この十日間繰り返された夢の最後の時は目の前に。



 蛇玉の様に伸び、此方に迫り来る女の顔と両の手。殆ど触れ合わん位に近付いて……。それまで無表情だった女の、ニマリと歪む。やがて手は針山に伸びて……。



 


 女の顔が驚愕に変わる。手は空を切り、ある筈の箇所にそれは無い。呪いと云う物はそれが完成に近付く程にその対象に近付いてしまうという危険を孕んでいる。その事に考えが至らなかったのが、女の敗因だ。破滅をもたらす十本目の待ち針、それは自分の手に在った。



「余所見が過ぎるよ。」



 それだけ言って、女の額にそれを突き立てた。



 刺した処からじんわりと広がる黒い染み。やがてそれは消し炭の様にボロボロと崩れて行き、風船の空気の抜ける様な声をその喉から洩らしながら女の姿は消えて行った。



 そして迎えた十日目の目覚め。気分は爽快、それまで感じていた身体の重みも痛みも既に無く、生まれ変わった様な気持ちで自分は身を起こしていた。




 人を呪わば穴二つ。例え、それが針を突き刺したような小さな物であっても、誰かに破滅をもたらすには、それで充分なのだ。




                          終

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