偽聖女め!死刑だ!と言われたので、逃亡したら国が滅んだ
アルファポリスに上げたものの改稿版です(あちらは連載短編で時々あとがき入り)
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「聖女ってうさんくせぇんだよ」
「マジそれな。浄化魔法ってなんだって話!」
「魔王いねぇし、穢れ?汚れ?そんなもんねぇだろって」
「他の国には聖女はいませんが、滅びてはいませんよね」
「むしろ発展してんだろ、聖女に金かかんねぇからじゃね?」
「浄化魔法使えるってだけで能無し女が王妃になるから国の発展を妨げてるんだ」
「一理あるなぁ」
「ってなわけで、聖女いらねぇだろう?」
「皇太子である俺との婚約も解消な?」
「能無し義姉さんは家を出て行ってください」
どうも。スキル検査で浄化魔法が使えるということで、聖女として侯爵家の養女となったのが私。
5歳の時の話だ。
で、今が17歳。
貴族が通う学園の卒業を前にして、男に取り囲まれている。
決して逆ハーではない。
なんせ、裏庭に呼び出されて、肩をどつかれ、地べたに倒れこんだ周りを男たちが囲んでるのだから。
そのメンバーたるや……。
聖女の私の婚約者であった、皇太子殿下。
皇太子の側近である、宰相子息。
皇太子の側近である、私の同じ年齢の義弟だった侯爵子息。
皇太子の側近である、騎士団長子息。
皇太子の弟である双子の、第二王子と第三王子。
留学生である、隣国の王子。
7人もの男子生徒に囲まれ、一方的に責め立てられ、口を開く隙を与えてもらえない。
「聖女など何の役にも立たない!浄化魔法など必要ない、そうだろ?」
宰相子息に髪の毛をひっつかまれた。
女性の髪を乱暴につかむ男がこの国の宰相となればどうなるのだろう。
「黙ってちゃわかんねーだろうがよ、何だその目は」
騎士団長子息が私に唾を吐いた。
【だから、女性に対しての扱いひどいよね。こんな男が騎士とかないでしょう】
「とにかく、婚約は破棄だ。国のために役立たず聖女と結婚など意味がない。お前みたいな芋くさい女と結婚なんかごめんだ!」
皇太子が、陛下の許可も取らずに婚約破棄してしまう考えなしでこの国はどうなるのか。
「義姉さん、いえ、元義姉だったあんたは、聖女でなければ侯爵家として養う価値ゼロなんで、出てってくださいね」
元義弟も、侯爵である父が養女に向かえた私を勝手に追い出せると思っているけれど、大丈夫だろうか?
「兄上の婚約者だからって我慢していたけど、庶民臭くてたまらなかったんだよね。同じ学園に通うだけでも苦痛だった」
「さっさと制服脱ぎなよ、庶民のあんたにこの学園に通う資格なんてないんだから」
第二王子が、私の制服のリボンを引きちぎった。
第三王子は、担当を出してスカートのすそを切った。
【庶民になら何をしてもいいと思うような者が王族にいるて、この国大丈夫かなぁ】
「俺は、お前嫌いじゃないよ、国を追放されたら、俺の国に来るか?」
なんて、留学中の隣国の王子が声をかけてくる。
うん、小説になんかよくあるよね。
隣国の王子に愛されるみたいなさ。そっちのが大国でみたいな。玉の輿万歳みたいな。
「なんて、言うわけねぇだろ、お前みたいな泥臭い女なんて大っ嫌いだよ!ちょっとは信じたか?ばぁーか!」
ちょっと信じましたよ。国に婚約者がいるのに、女遊びがしたくて留学してきた王子ですから。
処女を食い散らかすのが大好きで泣かした女は数知れずといのを面白おかしく殿下に話してるんのを聞いていたから。私も食われちゃうのかと身震いしちゃった。
【それにしても、隣国も大丈夫じゃなさそう】
「汚い女め!さっさと出ていけ!」
騎士団長子息が、地面を蹴ると蹴り上げられた土が私に降りかかる。
「なぁ、浄化って、綺麗にすることだろ?魔法でその汚れを綺麗にしてみろよ。もし綺麗にできるんなら、掃除係として家に置いてやるように父上に頼んでやってもいいけど?」
ニヤニヤしてしながら義弟が私のスカートを踏んでぐりぐりと足を動かした。
白い制服が土でさらに汚れる。降りかかった土なら払えば落ちるけれど、靴で繊維の奥に押し込められた汚れは洗っても落ちないかもしれない。
と、ちょっとため息が出る。
「できないだろ?そうだよな、浄化魔法なんて使えないんだもんなぁ」
第二王子があざ笑う。
「ぐうの音も出ねぇよなぁ、図星だし、ほら、何か言ってみろよっ!」
第三王子が私の背中を小突いたので、両手をついた。……蹴られたのかな。背中にも靴の汚れがついちゃったかも。
「使えます。浄化魔法……。小さな浄化魔法は、常時使っています」
皇太子殿下が地面についた私の手を踏みつけた。
「嘘つくんじゃねぇよ。嘘をついてまで聖女でいたいかよ!俺とそんなに結婚したいのか?」
首を横に振る。
「いいえ……殿下と結婚したいと思ったことは一度もありません」
本心がするりと口から出る。
顔を上げると殿下がちょっと驚いた顔をしていた。
「婚約破棄ありがとうございます」
深々とお辞儀をすると、笑いが怒った。
「あはは、庶民に振られたねぇ、兄上」
「くっくっく、結婚したくなかったんだとよ」
殿下が私の襟首をつかんで持ち上げた。
強い力で締めあげられ、息ができない。
「国家反逆罪だ、聖女だと偽り、皇太子妃となって国を乗っ取ろうとしたんだ、死刑だ、死刑っ!」
そ、そんな……!
「わ、私は自分から聖女だと言ったことも無ければ、皇太子妃にしてくださいと頼んだ覚えもありませんっ!し、死刑だなんて……あんまりだわ!」
5歳で両親と無理やり引き裂かれ、侯爵家では養女とは名ばかり。一人で別邸に入れられた。
世話役の女性が食事を運び、厳しい教育係が指導する。泣いても誰にも慰められず、日常会話を忘れかけたころ、前世の記憶がよみがえった。
いえ、前世の私が私の体の中に住んでいるといった感じだろうか。
二重人格っぽいねと、前世の私が笑った。
でも、二重人格みたいに私は表に人格として出ないし、あなたとお話できるからどちらかと言えば私は背後霊?守護霊みたいな感じかなぁ?
と、私の知らないたくさんのことを頭の中で話してくれた。
今も……。頭の中で怒りまくっている。あまりにも脳内の前世の記憶がうるさすぎて、殿下たちが言っている言葉が頭に入ってこないくらいだ。
「じゃあ、使って見ろよ、浄化魔法ってやつ。小さなのじゃなくて、飛び切りでっかいやつを!俺らにも分かるように!」
皇太子殿下の言葉に、脳内の前世の記憶が【やっちゃえ、やっちゃえ!】と騒ぎ出す。
「一番、大きな浄化魔法を……?」
確かに、それなら死刑にはならないかもしれない。
「いいんですか?使っても……?」
私の問いに、殿下がいら立って答える。
「いいに決まってんだろ!」
「そうだそうだ。使えるもんなら使えよ」
「使ってはダメだと言われていますとか言って言い逃れできると思わないでね」
「大きな浄化魔法って何か気になる、早く使えよ」
「あはは、どうせ大したことないだろうが、もし本当にすごいことができるならやっぱり聖女だって認めてやってもいいよ」
「くっくっく、もし聖女だったら隣国に連れていってもらいなよ、側室くらいにはしてもらえるんじゃない?確か13番目になるっけ?」
ここで今浄化魔法を最大で発動したら、隣国にまで影響しちゃうけれど、いいのかな?と疑問に思うと、前世の私が【いいに決まってんじゃんっ!自業自得だから問題ないっ!むしろお礼言われるね!】と煽ってくる。
「ほら、一番大きな浄化魔法とやらを使って見ろよ!」
「世界が輝いて見えるんですかぁ?」
「そんな魔法なんてないんだろどうせ!嘘ついて騙そうとしたら、不敬だぞ」
「そうそう、王族、ここに4人いるんだし、4人に不敬働いたら、やっぱり……」
「死ぬしかないな」
「仕方ないか、そりゃ」
「庶民が王族に嘘ついた」
「多くの国民もだましていた」
「誰もお前を助けちゃくれねぇな」
【しかし、最大の浄化魔法って、アレのことだよねぇ。どうなるんだろうね?徐々に効果が表れるのかな?突然何か変化が現れるとも思えないけど……うーん】
と、私が脳内で魔法を発動していると前世の私が首を傾げる。
少なくとも、死刑を回避できればそれでいいよ……。
【まぁそうだよねぇ、他がどうなろうか知ったこっちゃない】
「殿下、式が始まります、お急ぎください!」
「どちらにいらっしゃいますか?陛下もお待ちです」
裏庭に人の声が聞こえてきた。
「やべぇ、汚い女に構ってるばあいじゃねぇわ」
「義姉だった庶民、さっさと出て行って二度と顔を見せないでくださいね」
「ばいばーい、あ、路銀恵んであげる」
ぽんっと金貨が1枚放り投げられた。
それで終わり。
彼らは裏庭から出て行った。
残された私は、金貨を拾うと、そのまま裏門から学園を出た。
「最大の浄化魔法、発動しちゃったけど、本当に何が起こるんだろう?」
私の独り言に、脳内で前世の私が答える。
【さぁねぇ。まぁどうでもいいじゃん。とにかくあいつらと縁が切れるなんてこんなにうれしいことは無いよ!卒業式の間は”私”を探すことはないだろうから、その間にできるだけ遠くに見つからないように逃げよう!】
うん、そうだよね。もう二度と関わりたくない。
「でも、最大の浄化魔法って、腐敗を浄化する……なんの腐敗を浄化するんだろう?」
前世の私が脳内で笑っている。
【しっかし、聖女の浄化魔法を使われるの恐れて貴族の養女にして皇太子の婚約者にまでしたのに……アホばっかりで本末転倒とかwクソ笑えるんだけどw】
どうも、前世の私は何を浄化するか分かっているようだ。
あの場に腐った物はなかった。
【物だけじゃないんだよ、腐るのは。腐敗するのは……。人も、政治も、国も……】
【え?何?】
前世の私が何か大事なことを言った気がしたけれど、どうやって逃げようか考えていて聞き逃してしまった。
【何でもないよ。とりあえず制服は目立つから着替えるところから、あと、絶対条件としてこの国とあの王子の隣国以外に行きましょう】
「そうだね」
殿下たちにとって、金貨1枚ははした金かもしれないけれど、庶民にとってみれば大金だ。
ぎゅっと金貨を握り締め、急いで古着屋へと向かった。
【男の子の服を買うのよ】
「なるほど。男装すれば、見つかりにくいってことね?」
【そうじゃないわよ。いいこと、周りを見て見なさい。めちゃくちゃ目立っているから】
皆の目がこちらを向いている。顔を向ければ視線を逸らされるけれど、明らかに私を見ている。
……あ、聖女だってバレちゃってる?いや、元聖女だっけ……。
【違うわよ。”私”の顔なんてちゃんと覚えてる人なんてそうそういないわよ。平凡顔の聖女なんて、制服着ちゃえばただの人よ】
平凡顔……。うぐぐ。
確かに、私は目を引くような美人ではないし、特徴的なパーツがあるわけでもない。
【そういうの、モブ顔って言うんだよね。前世ももそっちの顔だったよ】
平凡顔はモブ顔って言うのか。……もし、私が美人だったら皇太子殿下も婚約破棄しなかったのかな?
【あるね。でも顔で選ばれても不幸な未来しかないよ。人は年を取るんだから。美貌は必ず誰しも衰える。そうすれば若くてかわいい子に目が移っていくんだから。顔で選ばれないモブの方が幸せな人生が送れるのよ。間違いないわ!】
ふぅん。前世の私は幸せだったんだ。
【あー、いい男に選ばれることが幸せの基準って世の中でもなかったんだよ……ってほら、古着屋に入るよ】
あ、そうだった。店の前で立ち止まっていると余計に不審な目を向けられちゃう。でもなんで?
【貴族が通う学園のボロボロの制服を着た泥だらけの女生徒、何があったのか興味津々にもなるでしょ】
あ、そっか。
古着屋の中でも小ぎれいな服が置かれている店内には、初老の夫婦が店番をしていた。
前世の私のアドバイス通りの言葉を口にする。
「僕の体に合うサイズの男物の服をください」
「男物?」
夫人が首を傾げた。
「今日は卒業式だということで、羽目を外したクラスメイトに女装させられたんです。抵抗したらこんなボロボロに……。流石にこの服装で家には帰れないので……」
と、悔しそうな表情で説明すると、同情してもらえた。
「あらまぁまぁ……お貴族様も大変ね……」
「貴族と言っても、ほとんど皆さんと変わらない立場なので……、あの、あまりお金もなくて……」
と、路銀としてもらった金貨ではなく、なけなしの自分のお金をポケットから取り出して見せる。
日本円にして5000円くらい。
すると、私と夫人のやり取りを黙って後ろで聞いていた旦那さんが、古着の中から飾り気のない焦げ茶色のズボンと生成りのチュニックを取り出して見せてくれた。
「これでいいか?着替えていくなら、そこの衝立の裏で着替えてくれ」
ぶっきらぼうだけど、意地悪な感じはない。
すぐに衝立の裏で着替えを済ませる。
「この制服は処分してください。学園の制服は売り物にはならないでしょうからご迷惑をおかけしますが……」
お金を渡したら、おつりをもらった。
「え?」
「いいのよ。この制服は制服としては売れないけれど、とてもいい生地でできているから、リボンやハンカチに加工すれば売れるわ。だから。これは買い取った制服の代金よ。遠慮なく取っておきなさい」
お礼を言って店を出た。
店を出ると、入った時のような視線は待ったくなかった。
やっぱり、聖女の顔を覚えているから注目していたわけじゃななかったんだ。
【溶け込むねぇ。似たような服装している人の多いこと。よし、次は街はずれに歩いていくよ!】
どうせ王都から出ていくのだ。街はずれといえども、東西南北どっちに向かうかは重要。
隣国の王子の隣国は我が国から見て、西側にある。ということは東に向かえば離れられるか。
【ダメダメ、南よ。南!人は暖かいところなら生存率上がるんだから!寒いとそれだけで死ぬの!とはいえ暑すぎても死ぬけど……。飢えた上に凍えるなんてまっぴら!】
ということで、南に向かって歩き出す。
学園は王族も通うため、王城の近く、王都の中心部にある。
中心部から離れていくにしたがって、どんどん豊かさが失われる。貴族街を、庶民の富裕層、庶民の普通の人、そして貧民街に差し掛かる前にストップがかかる。
【あそこで、古着を売ってるから、買うよ】
「着替え用?」
【違うわよ。男物の服を買ったところまではすぐに足取りつかめるでしょう?そうすれば男装した女を探し始める。だとすれば、女の格好していたほうが見つかりにくいわよ!】
そういうもの?元に戻るだけで、女をもともと探すのに?
【男物を買って変装するつもりか、馬鹿だなそんなのお見通しだって、賢いと思ってる人間はそう信じこむものよ】
「あの、その服と、今着てる服を交換してもらってもいい?」
なるべくお金を減らさないために、物々交換を持ち掛けた。
「え?いいのか?すごくきれいな服じゃないかこれと交換なんて損だぞ?」
店番の男が心底驚いている。
そんなにきれいな服?
交換してと持ち掛けたワンピースは、確かに穴が開いてないけど、つぎはぎはしてある。色も元々は何色だったのか分からないすすけた灰色。
養女になる前の本当の家族の名前も住んでいたところも覚えていない。5歳の時に分かれた家族の顔ももおぼろげだ。
でも、こんな色のワンピースを母さんが着ていたのは覚えている。
引き取られた侯爵家の窓から外を眺め、同じような色の服の人が通るたびに、母さんが迎えに来てくれたのかも!と思っていたのを思い出す。
「それから、エプロンがあればエプロンも欲しい」
「エプロンか……こんなんしかないけどいいか?」
何度も手の汚れを同じところでぬぐったのだろう。エプロンの右側がひどく汚れている。
左側は比較的綺麗で。
ああそうだ。母さんは、あまり汚れていない綺麗なところで私の顔をぬぐってくれていた。
「それがいいです!」
お金を取り出すと、いいよいいよとワンピース1枚との交換じゃ貰いすぎだからと言ってくれた。
すぐに着替えて、脱いだ服を畳んで手渡してお礼を言う。
【ああ、ますますモブだ……。どっかの農村にいそう。落穂拾ってそう】
落穂を拾う?
よくわからないけど、それから必要な物、干し肉と固いパンを買いワンピースのポケットに突っ込んで王都の南門を出た。
王都に入るときのチェックは厳しいけれど、出るときは特に何も言われない。
王都の中心から南門をくぐるまでおよそ1時間。
南門を出て歩くこと2時間。
「はぁー、そろそろ休憩にしようかな……」
空を見上げると、ちょうど太陽が真上に差し掛かるころ。
卒業式が終わって、昼食を兼ねた立食パーティーが始まるころだろうか。
私がいないことを不審がる人はいるだろうか?いたとしても、皇太子殿下たちが適当に言いくるめて問題にならないかな。
私がいなくなったことに慌てて探そうとするまでにあとどれくらいの時間があるだろうか。
少しくらい休憩しても罰が当たらないよねぇと思っていたら、王都へ続く大きな道に、少し細い分かれ道があることに気が付いた。
立札が立っていて、矢印と村の名前が書かれている。
「もし、引き取られなかったら文字も読めなかっただろうな……こういうところは感謝しなくちゃ」
どうしよう。村に行って休憩する?
村には寄らずに休憩する?
宿場町と書いてあるから、たくさんの街道を使う人が寄る村ってことだよね。だったら、いちいち訪れた人を覚えているようなことはないかな?
【でも少女が一人で訪れるのは珍しいんじゃない?目立ちそうだよ】
モブでも目立つ?
【……顔関係なく、一人で街道を歩いている存在が珍しいんだよ】
って、ここまで一人で歩いてきちゃったよっ!
【そうだね……でも王都は早く出たかったし。宿場町なら次の宿場町まで馬車が出てるかも?】
そっか、乗合馬車というのがあるんだ!
【でもなぁ、まず調べられそうだし。探されたら行き先バレるんじゃないかな】
確かにそうかぁ。
困ったなぁ。
と、悩んでいると。
「どうしました?看板の文字が読めないんですか?」
声がかけられた。脳内で前世の私との脳内会議で忙しかったため、人が近づいているのに気が付かなかった。
驚いて大きな声が出る。
「えっ」
「ごめんなさい、驚かせましたか?」
丁寧な言葉遣いに、一瞬聖女扱いされているのかと思って見を固くして振り返る。
いや、聖女扱いなら、文字が読めないなんて言うわけがないか。それとも、皮肉?そんな感じには聞こえなかったけれど。
見上げるほどの高身長の男が立っていた。
私は女性としては平均より少し低い。【かなり低い】
……。【食事が十分じゃなかったから仕方ないわよ。これから食べれば……横には大きくなれるよ?】
……。横に……。気をつけよう。
一方目の前の男は、平均より高い。
【かなり高い方、すらりとスタイルが良くて、黒髪にヒスイのような美しい緑の瞳。姿勢もよく、まるで騎士のよう】
騎士?服装は私とそう変わらないけど……。
くすんだ色の着古したシャツ。
ズボンは破れてぬってもいない穴が2つ3つあるし、革のベルトではなく、紐でくくっている。背中には、斧。
「木こりさん?」
男の人はにこりと笑った。
「はい。木こりさんです。斧を使うと言えば、木こり以外はいません。間違いなく僕は木こりです」
あまりにも嬉しそうに木こりだと言うので、私まで嬉しくなる。
「君は?農夫の娘さんかな?ご両親のお使いか何かですか?」
17歳なので成人してるのに、両親のお使いって……。
【13歳か14歳くらいに見られてるんじゃない?16歳で成人だから、子供だねだと思われてるからには、子供扱いは間違いではないぞ】
「両親は……」
引き取られた侯爵家は追い出されたからもう親ではない。
本当の両親も、5歳で別れてそのままだ。
「いません……」
「ごめん……それで、えっと、ここで何をしているのですか?看板には、あちらがソイナ村で宿場町だと言うことが書いてあります。宿場町ってわかりますか?街道を行き来する人が休める施設がある村です」
【村なのに宿場町って変だよねぇ】
と前世が突っ込みを入れている間に、木こりでも文字が読めるなら私が文字を読めても不自然はないかな?と考えていた。
「お金を払えば、馬の飼い葉と水がわけてもらえます。あと人の飲む水も分けてまらえます。一定距離間隔で宿場町があるおかげで、小さな水筒を持ち歩くだけでいいので助かりますね」
相変わらず丁寧な言葉づかいで説明を続けてくれる。
水筒?
【そうだ!干し肉とパンだけ買ったけど水、水筒がないから村で水飲もう!脱水は危険だから!水筒も売ってたら買おう!】
そう言われれば喉が渇いてるかも。いろいろとそれどころではなく気が付かなかった。
村に寄ろうかどうしようか迷っていたけれど、水を飲みたいと思うと途端に渇きを覚える。寄ろう。
「僕も旅の途中で水をもらうために宿場町へ寄ろうと思っていたんですが、行くなら一緒に行きますか?」
【ラッキー!二人連れなら、探されたときに一人で現れた女はいないと答えてもらえるよ!ありがたく一緒に行くと、子供っぽく答えるのだ!】
こ、子供っぽくって……。
どうしたらいいの?
【ああそうか。甘えることが許されない、子供らしい振る舞いは我儘として許されないんだったね。じゃあ、簡単に年下アピールできる方法試すといいよ】
と、脳内で相談していたら、木こりの青年が後ずさった。
「ごめんね、やっぱり、無理だよね、僕が近くにいたら気分が悪いでしょう?」
このままではどこかへ行ってしまいそうだと、慌ててアドバイスに従って口を開く。
「木こりのお兄ちゃん、一緒に行っていいの?」
お兄ちゃんと呼べばいいって、その通りにしたものの……使い慣れない単語に恥ずかしさがこみ上げる。
恥ずかしくなって思わず赤面して男の人の顔を見ると、なぜか木こりの男性も顔を赤らめていた。
「あ、あの、言われ慣れなくて、驚いただけです」
「ご、ごめんなさい、馴れ馴れしくお兄ちゃんなんて呼んで……」
「謝らなくても大丈夫ですよ。本当に、驚いただけなので。えっと、僕の名前はロアと言います」
「ロアさん?私は……」
侯爵家に引き取られ名前は奪われた。
貴族の娘にふさわしくない、聖女らしからぬと……両親から引き離され、両親がつけてくれた名前までも奪われた。
けれど……。もう、取り戻してもいいんだ。
「マリーです」
「マリー……ちゃ、ちゃんかぁ」
何故かぎこちない言い方になるロアさん。
ちゃん付けで呼ばれるのは、避けたい。言いにくいならつけなくてもいいのに。
「マリーでいいです」
「あ、じゃあ、僕はロア……お、お兄ちゃんで」
「ロアお兄ちゃん……」
これは、もう、逆らわずに無になって続けるしかないのか。
【兄妹だと周りの人に勘違いされればより逃亡の手助けになる!】
兄、妹に見える?
ロアさんは、黒髪高身長緑の目整った顔、モテそうないい男。
一方私は、平凡な茶色い髪、平凡な茶色い瞳、平凡な顔、どこにでもいそうなモブ女。
【……、……】
黙秘は肯定よ。
「じゃあ、行こうか」
ロアさんが手を差し出してきた。恐る恐るといった感じだ。
ああ、エスコートねと普通に手を載せる。
【ちょ、何してるのっ!庶民はエスコートなんてシステムないから!】
しまった!つい癖で、条件反射で。
ロアさんが私がちょこんと載せた手を見てハッとする。
「ご、ごめん。その、あの、幼馴染の子とよくえーっと、騎士ごっこをしていたから、つ、つい、というか、いや、後お面なさい、あの、距離が近くて気持ち悪いですよね?」
「い、いえ、えっと、あはは、あまりにも騎士様っぽいので、エスコートっていうんですよね、騎士様に憧れていたのでうれしいです」
と、笑ってごまかしながらぱっと手を放した。
エスコートされ慣れてたら確かにおかしいよね。モブ顔庶民が……。
それから二人で並んで矢印の先、ソイナ村に向けて歩き始める。
ロアさんは、私とは距離を取ろうとするので、追手の目をくらますためにも兄妹に見られるように、その距離を縮める。
しばらく進んでいくと、村の方から荷馬車がやってきた。
中年のおじさんが力がありそうな馬の手綱を引いて馬車を止めた。
「お前たち、ソイナ村に行くのか?無駄足になるかもしんねぇぞ」
声をかけられて、ロアさんが首を傾げた。
「無駄足、とは?」
「んああ、飼い葉を届けて来たんだが、毒蛙が井戸に飛び込んだんだと」
毒蛙?
「だから、井戸の水はつかえねぇと。毒蛙はすでに捕獲したが、井戸の毒が消えるまで10日はかかるだろうからなぁ」
ロアがああと頷く。
「それは大変ですね。毒蛙の毒は煮沸しても消えませんから……。浄化草でもあればいいのですが」
「ははは、浄化草なんてそんな高価なもんなくたって、10日待てばいいんだ。幸い、ソイナ村には井戸がいくつかある。住人の水は確保できるっていうんだ、訪れる人や馬の水が足りないだけで問題ねぇ」
御者台で男が笑うが、ロアが小さくため息をついた。
「村人が問題ないのであればよかった。ですが……行っても水はいただけないのですね」
ロアさんが腰にぶら下げた水筒を持ち上げて横に振る。水音は聞こえないので空なのだろう。
「近くに川はありませんか?」
ロアさんが御者に尋ねた。
「あはは、川があれば宿場町で水が売れないよ、川が近くにないからあの村はあるんだ」
御者の言葉にがっくりとロアさんが肩を落とした。
「二人はどこに向かうんだい?王都か?」
「いえ、王都とは逆の方ですっ」
慌てて答えると、おじさんはうんと頷いた。
「良かったら、乗っていくか?1時間も行けば、宿場町じゃねぇが、オイラの村に付く。水くらいなら分けてやれないことはないよ」
「ありがとうございます!」
すぐに頭を下げた。
それを見てロアさんも頭を下げる。
「よろしくお願いします」
荷台にロアさんと2人乗せてもらう。
仲良く並んで座りたかったけれど、向かい合わせにロアさんが座った。
「いい人でと会えてよかったね」
「はい。マリーのおかげです」
「え?私は何もしてないよ?」
ロアさんがにこりと笑った。
「僕は一人で歩いていても、声もかけてもらえなかったかもしれません。人に避けられるタイプなんです。それが何故かマリーと一緒にいると、どうも避けられにくくなるみたいです」
人が避ける?
【ああ、なんか騎士っぽいもんねぇ。それなのに騎士服じゃないから訳ありっぽい。正体隠した騎士なんて関わりたくないわ】
ひぃ。私は関わっちゃったよ!
【いい人っぽいから大丈夫じゃない?それに、本当に訳ありなのは”私”のほうじゃないの】
た、確かに。
【まぁそんな感じで、誰も近寄らなかったんでしょ、ロアさんに】
「えっと、近寄りがたかったんじゃないかな?」
訳ありっぽくてとは言わない。
「そうだなぇ、わしら村人とは違う雰囲気があってちょっと近寄りがたいねぇ」
私とロアさんの会話を聞いて、おじさんも会話に入ってきた。
「えっと、雰囲気が違う?僕はただの木こりですよ?」
「そうです、ロアさんは木こりで、私は農夫の娘です」
おじさんが笑った。
「そうだね、お嬢ちゃんは農夫の娘なんだろうね」
あっさり納得された。
「木こりの方は、木こりになる前にいろいろあったように見えるけど、まぁ人にはそれぞれ事情ってもんがあるから聞かないが」
ロアさんがホッと息を吐き出している。いろいろあったのか。
「村に寄ったあとも南へ行くのかい?」
はいと返事をしようとして、ロアさんの顔を見る。
「目的地は特に決めてないんです。仕事をしながらふらふら旅をしているので」
「そうかい、急ぐ旅じゃなきゃ、3つ先の村……次の宿場町の先にある村に届け物を頼んめないか?」
ロアさんが私の顔を見た。
あれ?
ロアさんが頼まれたことだから、私に確認する必要はないよね?
【この先も一緒に行動してくれるつもりかもよ】
そうなの?
「ロアお兄ちゃん、寄り道しても大丈夫だよね?」
勘違いなら恥ずかしいけど、とりあえず一緒に行動してくれるというのを前提として尋ねてみた。
「もちろん。大きな物は無理ですが、小さなものなら持っていきますよ。乗せてもらったお礼をどうしようかと思っていたところなので……」
街道を南に進んで次に大きな街までどれくらいだとか、その街の特産は何があるとか、おじさんはいろいろと教えてくれた。宿場町へ飼い葉の配達をするので、宿場町で休む商人や旅人からいろいろな話を聞いてよく知っているらしい。
馬車に揺れれること1時間近く、わき道に入ってしばらくすると畑が広がっているのが見えた。
その真ん中に集落が見える。
集落からも馬車が近づいてきたのが見えたのだろう。
一人の女性が掛けてきた。
「大変だよ、あんたっ!」
「どうしたんだ?」
おじさんが馬車を止めて御者台から降りて、女性の前に立った。
「毒蛙が出たんだ、井戸がダメになったんだよ」
「は?なんだって?」
二人の会話を聞いてロアさんが荷台から飛び降り神妙な顔つきになる。
「毒蛙?ここも?この辺りに大量に発生してるのですか?であれば、井戸にしっかり蓋をするように伝え回らないといけませんね……」
おじさんがすまなさそうな顔をこちらに向けた。
「すまんね、ここでも水は分けて上げられないよ……それどころか、村の人間が使う水を隣村に分けてもらいに行かねにゃならん……」
大きなため息をつく。
「それで、毒蛙はもう捕まえたのか?」
「今やってるとこだよ。もし捕まえられても10日は水が使えない……。うちの村は井戸が一つしかないから……どうしたもんか」
「周りもやられていたら水は分けてもらえないから、川まで行くか」
重苦しい空気が漂っている。
「あの、そんなに毒蛙ってよく出るんですか?王都にいたときは聞いたことがなくて……」
「王都はよほど井戸の管理がしっかりしているのだろうね……。毒蛙は5年に1度くらいの頻度で大量発生して、油断すると井戸に入られる。うちの村は井戸が1つしかないからね、蓋をしっかりしめていたはずなんだけど……」
そこに、ガタイの良い男が一人走ってきた。後ろから男が3人追いかけている。
「そいつが犯人だっ!」
犯人?
その言葉にとっさに動いたのはロアさんだ。
逃げてきたガタイのいい男の前に出た。
「どけっ!」
腕を振り上げて殴りかかろうとする男の手を素早くつかむと、あっという間に後ろにねじり上げて地面に倒してしまった。
「離せっ!離せって!」
暴れる男の上に座り、ロアさんが抑え込む。
「このよそ者が犯人だ。井戸を勝手に使って蓋を開けたままにしてたんだ」
「こいつのせいで……」
後を追いかけてきた男たちが怒りに顔をゆがませている。
おじさんが男をにらんでいる。
「なんでそんなことを……水をくれと頼めば、少しくらい分けてやったのに……」
その言葉に、つかまっていた男がハッとして暴れるのを辞めた。
「す、すまなかった……。何度も宿場町で断られ……喉が渇いてどうしようもなく……」
犯人の謝罪にも、村人の怒りは収まらない。
「どうしようもなくだと?知るかよ、お前がしたことが許されるとでも思っているのかっ!」
「そうだ!村の唯一の井戸をダメにしたんだぞ!」
今にもロアさんに押さえつけられている犯人に殴りかかろうとする男たち。
ロアさんは村人を手で制して犯人に尋ねた。
「僕たちも宿場町のソイナ村で毒蛙の被害が出て水がもらえなかったけれど、何度も断られたというのはどういうことですか?他の宿場町でも毒蛙の被害が出ているのですか?」
犯人が驚いた顔をしている。
「ソイナ村って、ここよりも王都に近い宿場町だろう、俺は南から来たんだ。王都に近づくにつれて被害の声をちらほら聞き始め、ここに近い宿場町は3か所続けて被害が出ている」
「そんなにか……!」
ロアさんが驚きの声を上げた。
「王都に近づくにつれて被害がって言ってたな、じゃあ、王都も大変なことになっているのか?」
大変なことが起きていると感じた村人が怒りを静めた。
「王都ではそんなことはなかったですけど……」
首を傾げる。
「じゃあ、王都のやつらだけ、浄化草を使ってるってことか!」
「俺たち村人は水が飲めなくて死ねということか!」
再び村人が怒りだす。
犯人の上からロアはいつの間にか降りていた。
「本当にすまなかった……これ、少ないが浄化草を買うか水を買うお金の足しにしてくれ……」
犯人が再び丁寧に頭を下げてお金を村人に手渡す。
日本円にして3万円くらいと、結構な額だ。いや、しでかしたことに対しては微々たるものなのかな?
村人が頷く。
「浄化草を買いに王都へ急ごう。村の金をかき集めればなんとかなる」
あわただしく村人が村へ帰って行った。
おじさんが私とロアに頭を下げる。
「すまなかったね、水を分けて上げられなくて……」
【ねぇ、王都で被害が全くないのって不自然じゃない?】
もしかして、浄化魔法かな?
【汚い水は飲みたくない、えたいがしれない井戸水はいやだぁ、浄水器が欲しい!ちょっと水を浄化して!って、私が言ったから】
ずっと水を浄化する魔法使ってたもんね……。まさか王都中に効果があったのかな?
【毒蛙の噂一つ聞かなかったってそういうことじゃない?学園ではいろいろな人が来てたし、噂好きの使用人と接する機会も多かったのに聞いたことがなかったし】
でも、私が浄化してたのって、私が飲む水に関係する場所の井戸……だけじゃなかったね、そう言えば。
「クスクス、聖女様、特別な水をご用意いたしましたわ」
「ばか、笑うなって、気が付かれちまうだろう」
「貧民街の井戸の水だって」
「何が入ってるか分からない汚い水、よくそんなもんとって来たなぁ」
「小汚い餓鬼に金を渡したらすぐに持ってきてくれたよ」
「クスクス、さぁ、聖女様どうぞ、お飲みください」
「お腹壊しちゃうんじゃないか?」
「いや、聖女なら浄化しろって話だろう?」
なんてことがあったから、どこの水を持ってこられてもいいように、王都の井戸浄化とか魔法使ってたわ、確かに。
学園の井戸浄化、侯爵家のタウンハウスの井戸浄化とか指定するより楽だったし。
「えっと、あのっ私……」
【ちょっと待ちなさいよ。こんなところで浄化魔法つかったら足取りつかまれちゃうわよ!】
そうだ、どうしよう。逃亡中だった。でも……。
ぎゅっと、汚れた古着のエプロンを握る。
もう、顔も覚えていない両親なのに、両親の言葉はなぜか覚えている。
「マリー私のかわいい娘……あなたは優しいから聖女の力を得たのね」
「マリー僕の大切な宝……その優しさで聖女としてたくさんの人を救うんだよ」
私は、両親に愛された優しいマリーに戻ったんだ。
【ちょい待ちっ!】
前世の私が、知恵を貸してくれる。止められるかと思ったけれど、もう止められることはなかった。
「効果があるかは分からないんですけど、その……」
こっそり拾った石をポケットの中から出したのを装って手の平に載せて出す。
「道で空腹で倒れているお婆さんにパンを分けてあげたら、お礼にもらったんですが、浄化の石だって言ってました。浄化草と名前が似ているのでもしかしたら……」
って、大丈夫?空腹で倒れているお婆さんなんているかな?お礼に浄化の石だなんて……怪しすぎない?
【いやぁー、まぁ創作ではありがちな話なんだよ。実は助けたお婆さんが偉大なる魔女だったとか神様だったとかその国の王族だったとか……】
ナニソレ。なんで偉大なる魔女や神様や王族が空腹で道に倒れてるの?
「この、その辺に落ちてるように見える石が、浄化の石?」
その辺に落ちてたただの石です……。冷汗が流れる。
おばさんが首を傾げた。
「試してみる価値はあるだろう、嬢ちゃん効果があったら浄化草の代金と同じだけ払う、試させてくれるかい?」
お金はいらないですと言う前におじさんは石をもって走って行った。
おばさんがおじさんの代わりに馬車に乗って村へ向かう。
荷台に載る。ロアさんは少し考えて、私の隣に座った。
そして、そっとロアさんが私の肩を叩く。
「マリーは優しいね。倒れていたお婆さんを助けてあげたんだね」
優しい……その言葉に、涙がこぼれそうになった。
【今の優しさは作り話なんだからね!あ、でも村人を助けたいって気持ちは本当だからいいのかな?ん?】
前世の私も優しいと言われたことに動揺してツンデレ風になっている。ツンデレで合ってるよね?
「ロアさんも優しいです。看板の前で困っていた私に声をかけてくれたし、犯人を取り押さえたし」
ロアさんが寂しそうな顔をする。
あれ?
「マリーとロアっていうのかい?二人はどんな関係なんだい?旅は道連れって旅仲間かい?」
おばさんが私たちの会話に割り込んできた。
「それとも、駆け落ちでもしてきたかい?」
「か、か、駆け落ち?ち、違いますっ、私たちは、その、その……」
おばさんにはどう見えてるの?
【ちゃんと成人してるように見えてるのかもね。女の方が女の年齢を見分けられるもんだし】
そ、そうなんだ。
【そうだよ。若作りしててもバレバレなのに、男はコロッと騙されるし、逆に成人してますっていう未成年もすぐに分かるのに男はコロッと騙され……いや、そっちは騙されたふりだけかもしれないけど……】
素直に、そこで会っただけと言えばいいんだけれど、逃亡生活のことを考えると、見知らぬ男女と言うよりも二人連れのなんかと思わせた方がいいのは確かで。
だけど、ロアさんの都合もあるわけで……。
ロアさんを見たら、寂しそうな顔のままぶつぶつと何かをつぶやいていた。
「お兄ちゃん……もう、ロアお兄ちゃんとは呼んでくれないんですか?」
えええ!それ?そこ?大事な話なの?
【……ああ、この木こりもどき、残念なタイプだ……。まぁ、どう見ても木こりに見えないのに、木こりだって言い張ってるあたり、相当残念だとは思ってたけど……】
「ロ、ロアお兄ちゃんっ、私とロアお兄ちゃんのこと、勘違いされてるから、ちゃんと言ってあげて」
おばさんが私がロアさんのことをお兄ちゃんと呼んだことで勝手に解釈を始める。
「あら、もしかして似てないけれど兄妹かい?ロアお兄ちゃんって呼び慣れてないことを考えると、母親違いの兄妹かねぇ?生き別れてたのが最近遭遇したとか?」
【はは、想像力豊かだよね。似てなさすぎなのに、どうしてそういう発想になるのか】
複雑な表情をすると、おばさんが振り返って私の表情を見て口をつぐむ。
「ごめんごめん、詮索はしないよ。何やら事情があるんだろう。分かるよ、ロアもマリーも、とても立ち振る舞いが庶民っぽくないからねぇ。もしかしたらお貴族様と侍女の許されない恋なんて想像しちゃったよ。いや、詮索する気はないんだ。ただ娯楽が少ないと、いろいろ想像するくらいしか楽しみがなくてねぇ」
え?
【ああああ、そういうことか!ロアが木こりに見えないように、”私”も庶民に見えないってことか!】
私は庶民だよ。少しの間侯爵家に引き取られていただけで。
【その侯爵家で12年過ごしたんだし、家庭教師にしごかれたし、周りは貴族ばかりだったんだから……身についちゃってるのよ、歩き方とか姿勢とかっ!ロア見てたらわかるでしょ、ロアみたいになってるのよ、”私”も!】
え?それって……。
【聖女を探してる人の耳に「そう言えば庶民とは思えない女の子が」みたいな話が届いたら足取りを追われるわね】
まずいのでは?
【逆に、貴族の兄妹がお忍びで来ていたってことになれば、聖女とは関係ないなって思ってもらえるんじゃないかな】
なるほど。……ロアさんを利用するようで申し訳ないけれど……。
【いいわよ。お兄ちゃんって言われて喜んでるんだから、ウィンウィンよ!日本ならお兄ちゃんって呼んでもらうのもただじゃないんだから。スチャパで課金よ課金。お金出したらお兄ちゃんって呼んであげるシステムとかあるくらいなんだから!】
……変なの。
そうこうしてる間に、馬車はおばさんの家の前に来た。
「どうなったか見に行ってみましょう」
ロアさんは荷台から飛び降りると、私に手を差し出した。
ちょこんと手を載せる。
「あはは、本当に二人はお貴族様みたいだねぇ」
おばさんの笑い声に、しまったという顔をすると、ロアさんも慌てて否定する。
「騎士とお姫様ごっこを……」
おばさんが笑った。
「そうかい、完璧な騎士様とお姫様だ。さぁ、井戸はあっちだよ、行こう」
おばさんのの後を二人でついていく。
【ロアはいったい何者なんだろうね?それに、ロアは”私”を怪しんでないのかな?】
私、ロアさんが何者か知らないけど、本物の庶民だから、何者か聞かれても庶民ですとしか……。
前世の私が小さくため息をつく。
「捕まえたか?」
「捕まえた!引き上げてくれ!」
村人たちが村の中央にある井戸の周りに集まって大騒ぎしている。
どうやら、小柄な子が井戸に降りて毒蛙を捕まえたようだ。
男たちがロープを引き上げ、井戸から上がってきた、蛙をつかんだびしょ濡れの子をねぎらっている。
「効果があるか分からないが、あの子が浄化石を持っていたんだ。これで効果があれば浄化草を買いに行かなくてもすぐに水が使えるようになる。浄化草のお金を効果があったら渡す約束なんだが試してみても構わないか?」
おじさんが石を片手に井戸に近づいていく。
あれはただの石なのだ。ぽちゃんと石が落ちる音を聞きながら、水よ綺麗になれ、浄化浄化と、浄化魔法を発動する。
「効果はあるのか?」
「どうやって確かめる?」
何人かが井戸の中を覗き込んでいる。
「僕が試そう」
ロアさんがすたすたと井戸に近づいた。そして、井戸の水をくみ上げると、バケツを傾け手で水を受けて口に運んだ。
「おい、大丈夫か?」
「試すにしたって、指先につけて口に運ぶとかちょっとずつとかあるだろう」
心配そうに村人がロアさんを見つめる。
「なんともない」
「本当か?……毒蛙の毒を飲むと、すぐに口の周りが赤くなって次第にぶつぶつが出て、手のひらや足の裏にもぶつぶつができると歩くことすら痛くてできなくなる……高熱も……」
【あれに似てるわねぇ、手足口病】
「口の周りが赤くなってますか?」
ロアさんが私に顔を近づけ口元を見せる。
うぐ。ロアさんとても顔が美しい。近くで見ても肌荒れ一つ見つからない……!
「いえ、綺麗なままです……私も試していいですか?」
と言うと、おばさんがコップを用意してくれた。井戸の水をコップにうつしてごくごくと飲む。
「ふあー、美味しい。何時間も水を飲んでなかったから染みわたる」
と、満足げな顔をする私を、村人がじーっと見ていた。
しまった。つい、普通に飲んじゃったけど……。
「浄化石は本物だったんだ!」
「助かったよ!」
村人たちが大騒ぎしている。
感謝され、浄化石を買うために村人が集めたお金を渡される。
「あ、お金はいらないです……もらいものですし、お水を分けていただけただけでありがたいですし」
ちょっと浄化魔法を使っただけで、私は何か特別なことをした感じが全くない。
王都では当たり前に毎日使い続けていたし。
「そんなわけにはいかないよ」
押し付けられそうなお金に困ってロアさんを見ると、ロアさんがにこっと微笑み、お金から数枚の硬貨を取った。
「もともと毒蛙が井戸に入ってしまったのは、その人のせいでしたよね?でしたら、その人が出したお金はありがたくいただきます。あなた方も被害者なのですから、村のために集めたお金は使ってください。またよそ者が同じことをしでかさないように見張りをしたりいろいろ大変でしょうから」
と、ロアさんがいい感じでまとめてくれた。
村を出て大きな道に歩いて戻りながら、ロアさんにお礼を言う。
「ありがとうロアさん」
ロアさんが悲しそうな顔をした。
……。
「ありがとう、ロアお兄ちゃん」
ロアさんの表情が戻った。
「ごめんね、勝手にお金を返してしまって。マリー……もしお金が必要なら代わりに僕が出すから言うんだよ?」
そう言いながら、ロアさんは先ほどの犯罪者が出した分のお金を渡してくれた。
およそ二歩年で3万円。
「ロアさん……あの……」
あまりにもロアさんが良い人なので、これ以上騙すようなことはしたくないと思った。
……だから、悲しそうな顔をしないでほしい。
「その、ロアさんのことをロアお兄ちゃんと呼ぶことに関してなんですが……」
ロアさんがショックで真っ白な顔になっている。
ちょっと、私が悪者みたいになってるっ!
「ごめんね。無理強いでしたか?嫌なら、その……無理にとは言わないのですが……なんだか、僕にも家族が……みんなに避けられてしまう僕にも家族ができたみたいで……」
【あーあ!】
あーあじゃないよ、私が泣かせちゃったみたいな言い方しないで!
なんでロアさん泣いちゃうのっ。
っていうか、そんなにみんなに避けられてるの?
「ロアさんはいい人だし、顔もいいし、性格もいいし」
【いい人と性格がいいはほぼ同じ!】
もう、突っ込みはいいから。っていうかまだ知り合って1時間とか2時間でそんなに分からないでしょ!
【一理ある。でも、そうするとロアの方はどうしてマリーにお兄ちゃんと呼ばれなかったくらいで泣くほどショックを受けるんだろうね?たかが1~2時間前に知り合っただけで】
「僕は……でも、気持ち悪くて、吐き気がして、そばにいたくない人間なんです」
【気持ち悪いと吐き気がするはほぼ同じ!ってか、まぁ確かにお兄ちゃんと呼ばれてニヤニヤするのは気持ちが悪い……】
「初めは仲良くしようとしてくれるんですけど……みんなすぐに離れていきます。家族さえ、もう耐えれらえないから出て行ってくれと……」
「酷い……といっても、まぁ、普通にありますよね。もしかしてロアさんも養子だったんですか?」
「も?普通に?養子?えっと、もしかして、マリーも追い出されたのですか?家族に……?」
【お互い個人情報隠す気ゼロか!ぼろが出てるよ。養子っていうのは割と特殊だから!】
「僕は養子ではないのですが……成長するに従い、人を寄せ付けない力が強くなってきたようで……」
「魔物よけみたいに人避けになってるの?」
口に出してから、失礼なことを言ったと口を押える。
「ああ、そうですね、言いえて妙ですね。確かにそういう存在かもしれません。……それなのに、マリーは、僕のことを避けるでもなく、笑ってお兄ちゃんと親し気に呼んでくれて……」
そうだったんだ。
ロアさん良い人なのに、みんなに避けられてたら寂しいよね。
【貴族っぽくて近寄りがたく近寄らなかったんじゃないんだね……まぁ、肉食女子なら何があろうと近づくだろうし……】
別に全然ロアさんは変な感じしないけどなぁ。何でみんな避けるんだろう?
【”私”が人間じゃないって言われてるみたいだねぇ】
うーん、聖女って人間だったよね?
【あ、聖女の力でロアさんに近づけるとか?】
え?私の力?聖女って浄化しか使えないのに?
【だからさ、例えばロアに近づいた女がふられた腹いせに呪いをかけてるとか】
怖っ。
【生霊となって実はロアに取りついているとか】
怖いってば!
【いやいや、だから聖女の浄化で大丈夫って話だから、大丈夫だって】
そうなのかなぁ?
あれ?でも……。
「ロアさん、幼馴染の子と騎士ごっこしてたとか……その子とは仲が良かったんですよね?」
ロアさんが泣きながら私の顔を見る。
「ごめんなさい。嘘です。僕に仲がいい子は一人もいません……」
【なんだかかわいそうになってきた】
「一人で、騎士ごっこをしていたのですか?」
想像したら泣きそうになる。
「いえ、あの、短時間、かわるがわるいろいろな先生にエスコートの仕方は教わりました。一人の先生が耐えられる時間は短かったので……」
【だからぁ!個人情報隠す気ないでしょう!先生にエスコートとか習う立場って、限られてるから!しかも、短時間でかわるがわる先生がって、結構お金がないとできないよね!】
「あの、木こりがいろいろな先生に教わったのですか?」
ロアさんがあわてた。
「あ、いえ、あの、き、木こりになる前に、家を……追い出される、前に……えっと……今は、本当に木こりで……。旅をしながら、木こり仕事で日銭を稼いでいます。あと、移動する商隊の護衛をしたり……なるべく人に近づかずにできる仕事を……」
家を追い出される前のことには触れない方がいいんじゃない?
【あ、うん。例え情報駄々洩れでも触れない方がいいかも】
「……えーと、まぁ、それで、話を戻しますね。ロアさん……あの、私……ロアお兄ちゃんと呼ぶことはその……」
ぶわっとまたロアさんの目から涙が。
「ご、ごめんなさい。あ、というか、そもそも僕が近くにいると気持ち悪くないですか?調子に乗りました。ごめんなさい……そもそも近づいて話しかけてごめんなさい」
「大丈夫です、気持ち悪くないですし、親切で話かけてくれたのは知ってますし」
【お兄ちゃんと呼ばせたいところは気持ち悪いけど】
……まぁそれは、えっと……。
「自分から誰かに近づくなんて普段はしていないんです。でも、困っていそうなのをほっとけなくて……。それに、なぜかマリーには吸い寄せられるみたいで……」
【ロアが魔物よけならぬ人間よけなら”私”はロアホイホイか!】
ホイホイ?
【あ、なんでもない】
「困っていることを解決したらすぐに距離を取ろうと思ったんですけど、マリーは僕といても平気そうで……。もう少し一緒にいていいかな、もう少し一緒にいたいな、もうずっと一緒にいられたらいいなって」
【きもっ!】
「お兄ちゃんと呼ばれて、このまま兄妹として一緒に旅ができたらどんなに素敵だろうって……。もう、これからは一人じゃないんだって……ああ、もちろん、マリーに無理強いをする気はないんです。マリーが一緒にいてくれると言うのなら、一緒にいてもらいたいと思っているだけで……ごめんなさい。そろそろ近くにいると気分が悪くなってきませんか?というか、だから、ロアお兄ちゃんと呼んでくれないんですよね……」
【そりゃずっと一人で両親にも遠ざけられて友達もいなくて、周りにいる人たちはきっと入れ替わり立ち代わりで……孤独で寂しかったのは分かるけれど……はぁー】
……私も両親から引き離されて、侯爵家に引き取られてからはずっと孤独だった。一人だった。でも、私には前世の”私”がいた。もし、”私”が居なかったら……。
”私”、いてくれてありがとう。
【ああもう、分かった!分かったから!浄化の力のことは内緒、聖女のことは内緒、そのうえで……そうだね、こう言えばいいんじゃない?】
前世の私のアドバイスに従ってロアに話かける。
「ロアさん、私には言えない秘密があるの。その秘密のせいでロアさんに迷惑をかけてしまうかもしれない」
「僕はマリーのことを迷惑なんて思うはずはありません」
ちょっと笑って首を横に振る。
「ロアさんが迷惑だと思わなくても、私が迷惑をかけたくないので、その時はもう一緒にいられません。でも、それまでなら一緒に旅をしたいです。ロアさんと一緒に」
ロアさんがぱぁっと明るい顔をする。
うおっ、美しい顔がより輝いている。目が、まぶしさに開けていられない。
「本当?じゃあ、僕は迷惑かけられるつもりはないから、ずっと一緒にいられるね!」
迷惑かけられなきゃいいけど、……。
「それで、一緒に旅をするうえで、ロアお兄ちゃんと呼ぶことが心苦しいのです。だますつもりはなかったんですけど……」
ロアの顔に緊張が走る。
「私、こう見えても17歳なんです。お兄ちゃんなんて子供っぽい呼び方は、その……続けるのが、恥ずかしくて……」
「じゅ、17歳?」
信じられないって顔をしてる?
そんなに固まるようなこと?
「同じ年ですね!」
「はぁ?」
【はぁ?】
どう見ても、20は超えていると思ったのに、まさかの……同じ年?
「同じ年では、お兄ちゃんはおかしいですね……家族みたいでそう呼ばれるのは好きだったんですけど……」
しょぼくれるロアさん。
「同じ年なら、お友達になれるでしょう?学園に通っていればクラスメイト、同級生ってことになるね?」
ロアさんの目がキラキラしている。
「学園……通いたかったんです。でも、周りの人に迷惑が掛かってしまうから……諦めて……友達も欲しかったんですけど……」
「だから、私が今日から友達。お兄ちゃんとはもう呼ばないけど、友達だから……」
「マリーちゃんとロア君ですか?」
【小学生かよ!】
小学生?
【幼い友達。じゃなきゃラブコメの幼馴染くらいだよ】
ラブコメ?
「マリーとロア、それでいい?」
「はい」 にっこり笑ったロアに手を差し出した。
私の手の平にちょんっとロアが手を載せる。
「いや、エスコートじゃないよ?男女逆にすることはないからね?」
ロアがきょとんとしている。
「友達は、こうして手をつなぐの」
ぎゅっとロアの手を握った。
「あっ」
ロアが小さく声を上げる。
「ごめんなさい、図々しかった?」
慌てて手を放す。
【ずうずうしいっていうか、小学生か!幼馴染か!】
あれ?でも侯爵家に養女になる前にいた友達とは手を繋いでたけど……貴族のエスコートの代わりじゃないの?手をつなぐのって……?
【……あ、うん、うん?うーん……まぁ、そう、かな?エスコートはしないね、庶民は……】
「あの、違うんです、慣れていなくて……その……手を、つなぎたいです」
ロアが私の手を取った。嬉しそうに私の手を握る。
「じゃあ、おじさんに頼まれたものを届けに出発しようか?」
うんとロアが頷いたので、手を繋いで二人で並んで街道を歩き始めた。
◇◇そのころ王都では◇◇
「だめです。この井戸の水も飲めません」
「どういうことだ?突然同時に井戸の水がだめになるなんて……」
学園で卒業パーティーが行われている裏で、宰相が部下の報告を受けて冷汗をかいていた。
「とりあえず、水は出さずに果実水とお酒だけに……毒味は徹底して、それから原因究明を迅速に」
「判明しました、どうやら毒蛙が大量発生しているようで」
宰相が驚きの声を上げる。
「なんだって?井戸の蓋はきちんと閉めていれば防げるだろう?なぜ同時に何か所も毒蛙が……まさか、誰かが故意に……」
宰相の言葉に、部下の報告が続く。
「いえ、10年以上被害がなかったため、蓋をしめる習慣が失われていたようです」
「なんと……。しかし、起きてしまったことは仕方がない。毒蛙が発生した井戸は早急に使用を中止し、毒蛙の駆除、それから浄化草で浄化を」
宰相に言われて部下は必要部署に指示を飛ばし、走り回っている。
学園では、卒業を迎えた貴族の子息令嬢たちが歓談中だ。
ダンスを踊っている者もいる。
まだ、聖女が姿を消してしまったことに気が付いている者はいない。
いつも目立たずひっそりと立っているので、参加していても気がつかれないことも多いのだ。
婚約者である皇太子殿下の隣にいなくとも、誰も不思議に思わなかった。
いつものように、美しい令嬢が数人殿下に侍っている。
殿下の側近の令息たちにもそれぞれ何人かのかわいらしい令嬢が話しかけている。
非常に華やかなグループが出来上がっていた。
「殿下、卒業式の日くらい、婚約者をエスコートしなくてもよろしいのですか?」
「あの大罪人との婚約は破棄したよ」
「まぁ!大罪人とは、何をなさったのです?」
「何もしなかったからだよ、聖女とは名ばかりで」
「確かに、名ばかりですわねぇ。浄化魔法が使えると言っても、何をしていたのか分かりませんもの」
パーティーを楽しんでいる裏では宰相が青ざめている。
「なんだと?浄化草がない?」
「はい、近隣の村の井戸に毒蛙が出たと言うときに渡していましたので」
「使った分の補充はしなかったのか?」
「それが、王都では必要がなかったため、年々予算が削られおり、備蓄数も少なく……。どうやら大雨の影響で今年は毒蛙の数が多いようで……」
宰相は頭を激しくかいた。
「5年前も同じように大雨が降っただろう、その時はどうだった」
「えーっと、やはり近隣から浄化草を必要とする村がいくつかありましたが、王都での被害はなく、問題ありませんでした。まさか、今回に限りこのように王都でも毒蛙が大量に発生するとは……」
「いざというときのための備蓄だろうに。すぐに浄化草の手配をしろ。このままでは、水が不足して王都の住民に死者が出かねない」
部下の一人が恐る恐る手を挙げた。
「あの……」
「なんだ?」
「聖女様は浄化魔法が使えるのですよね?井戸を浄化していただくことはできないのですか?」
宰相が立ち上がった。
「それだ!」
宰相はすぐに学園へと向かった。
パーティーに出席するために学園にいる陛下にまずは報告する。
「うむ、せっかくの卒業パーティーだが、ことがことだ。聖女に働いてもらおう」
陛下の言葉に、教師がマリアージュ(マリー)を探す。
「恐れながら陛下、姿が見えません」
「息子を……皇太子を呼んでこい」
こめかみを抑える陛下のもとへ皇太子がやってきた。
「お呼びですか父上」
「婚約者のエスコートはどうした?」
皇太子が顔を上げる。
「婚約者とは、偽聖女のことですか?」
「偽聖女だと?マリアージュのことか?」
「はい。浄化魔法が使えるというだけで、実際に使えるかどうかも分かりません。王妃になりたいだけで聖女を自称していた女です」
陛下はさらにこめかみを抑える。
「今はお前の主張はどうでもいい、マリアージュはどこだどこにいる?」
皇太子は悪びれもせず答える。
「分かりません」
陛下が立ち上がり、皇太子の襟首をつかみ上げる。
「分からないとはどういうことだ?仮にもお前の婚約者だろう?会場にいないならいないで部屋で休んでいるとか、状況は把握しておくべきだろう!」
皇太子は驚きながらも自分は間違った行動はしていないと堂々としていた。
「父上、私は聖女を自称し、皆を欺くような大罪人と結婚はできません。それゆえ、婚約は破棄しました。それに、元は庶民。栄えある学園を卒業できないように、出て行ってもらいました」
陛下は愕然とし宰相を見た。
「おい、お前の息子を呼べ、それから、いつもお前が一緒にいる者たち全員呼べ」
集められたのは、卒業式の前にマリアージュを取り囲んでいた者たちだ。
「なぜ、皇太子の行動を止めなかった?」
大きなため息をつき陛下が部下に命じた。
連れてこられた宰相子息、騎士団長子息、第二王子、第三王子、そして隣国の王子。
陛下はまず隣国の王子に謝罪した。
「申し訳ない、巻き込む形になってしまった。王都に毒蛙が大量に発生し、ほとんどの井戸が使えなくなってしまった。当面は水以外のものを口にすることで我々はしのぐことができるが、毒が消えるまでの10日はとても持ちそうにない……。すでに王都に住む者たちには大きな被害が出始めており、今後どうなるか不明だ。危険もあるため今すぐ帰国していただきたい」
隣国の王子は、素直に頷いた。
「我が国と違って毒蛙が出ない秘密でもあるのかと思ったが、そうじゃなかったのか、もうちょっと遊んでいたかったけど、帰るよ」
隣国の王子の背を眺めながら陛下は再びため息をつく。
「さて、戻ってどうなることやら……」
第二王子と第三王子が口を開いた。
「毒蛙とはなんですか?」
「大きな被害とは?」
陛下は三度目のため息をつく。
「知らないのか……まさかまずはそこから説明せねばならんとは……」
宰相子息が眼鏡をくいっと片手で上げて説明を始める。
「王都の水源は井戸です。そのため、井戸に毒を入れられてしまえば簡単に王都を掌握できる。そうならないように、主要な何か所かの井戸には見張りが立っているはずですが?」
騎士団長子息が息巻いた。
「裏切者がいたのか!犯人は捕まえたのか?見張りは何をしていたんだっ!」
宰相が息を吐いた。
「王都に井戸水を飲んだ者が不調を訴えたのですぐに調査した。原因は毒蛙だと判明したのだ。管理されている見張りが立っている井戸は利用者は許可制だ。見知った顔の者以外は使えない。見張りも、不審者が近づかないかはしっかりとチェックしていた……。人は、しっかりと見はっていたんだ」
皇太子がチッと舌打ちをする。
「小さな蛙は見逃したってことか、とんだ怠慢だなぁ!すぐに首を切ってしまえ!」
部屋の中にいた使用人が息をのんだ。
陛下が宰相に声をかける。
「報告を」
「はい、見張りに立っていた者は、厳しい試験を通り抜けた騎士たちですが新人騎士が任に当たっていました。毒蛙の被害が王都でも出ていて騒ぎになっていたころの記憶はほとんどない者たちでしょう」
「……指導する者がしっかり指導していたら防げたのか?」
「指導する側も、10年以上被害がなかったので厳しく指導していなかったと思われます」
「10年以上……か。正確にはいつからだ」
宰相が小さな声で答える。
「12年前です。聖女マリアージュが王都に住むようになってから」
皇太子が声を上げた。
「偶然だろ!浄化魔法が使えるって言っても、何もしてなかったじゃないか!」
宰相子息が悔しそうに口を開いた。
「小さな浄化魔法は使っていたと言っていた……が、王都の井戸すべてを浄化することが小さな浄化魔法か?とても小さいと表現できるとは思えない」
第二王子と第三王子が続けた。
「偶然だよきっと!」
「そうだよ、あんなクソ芋女に何かできるわけないよ!」
宰相がさらに口を開く。
「最初の被害は今日の朝、ちょうど卒業式が始まるころだったのですが……殿下たちに心当たりはございませんかな?」
正直者の騎士団長子息が口を開いた。
「婚約を破棄する出ていけと言ったころだ……だが、俺たちは学園を去れと言っただけだ。そう、あいつだ……侯爵のマリアージュの弟が家から出て行けと言ったから、帰る場所も無くなってしまった、あいつが悪いんだ!」
騎士団長子息の言葉に、すぐにマリアージュの義弟が呼ばれた。
すでに呼ばれるなんていう言葉では形容できず、手を後ろで拘束されて連行される形だ。
何があったのか説明を受けると、義弟が騒ぎ立てた。
「僕のせいじゃないっ!殿下が不敬だ死刑にしてやると言って、王子たちも、王族に不敬を働いたら死ぬしかないと……そのような者を侯爵家に籍をおいたままでは連座されては困りますから、だから……」
「何を言っている、死刑だと言う前から出ていけと言っていただろう!」
「そもそも侯爵家がちゃんと教育をしてもっとかわいげのある女にすれば婚約破棄することもなかったんじゃないの?」
「そうだよ、そもそも皇太子殿下の婚約者の扱いとしてろくでもない事してたの侯爵家でしょ?」
責任のなすりあいを始めた子供たちに陛下はいらだった。
「黙れ、宰相、その後の調査は終わったのか?」
宰相がやや青ざめた顔で報告書を読み上げる。
「12年前から、減ったことは、死者数です。冬場は風邪になる者が少なく命を落とす者が減りました。夏場はお腹を壊す者が少なく命を落とす……特に乳幼児の死亡が減りました。また、怪我をした者が怪我をした箇所から悪化して命を落とすことも減りました。死者が減ったばかりでなく命を落とすほどではない不調を訴える者も減っていると……。それからこれは眉唾なのですが、幽霊が居なくなったとも」
殿下が小刻みに震えながらも声を出す。
「偶然だ、そんなの、すべて偶然、聖女のあの女が何かしたおかげなわけはないっ!」
陛下がもう何度目になるか分からないため息をついた。
「……捕らえよ。お前は廃嫡だ。本来次の継承権を持つ第二王子第三王子お前たちも廃嫡」
それに続いて、宰相が口を開いた。
「息子も廃嫡します。いま、騒動を抑えようと動いている騎士団長からも息子だった者の処分はいかようにもしてくれと……」
「どうして!」
「父上、考え直してください!」
「僕は悪くない、なんで廃嫡されないといけないんだ!」
「騙されているんです、聖女など何の力もない、そうでしょう?」
「偶然が重なっただけで……」
「連れ戻せばいいんですよね!捕まえて……そうだ、牢屋に入れて逃げられないようにしてずっと浄化させれば!」
「すぐに探して捕まえますよ、あんな馬鹿女どうせぐずぐず王都をうろついてるに違いない」
陛下が首を横に振る。
兵に拘束された息子だった者たちが騒ぎ立てるのを、遠い目をしてみている。
「なぜ、こんな愚か者になってしまったのか……」
王都の井戸水が飲めないと言うのがすでに王都にはいないという考え方はできないのか。
浄化魔法が本当にあるのだと気が付いたら、丁重に扱おうと思わないのか。
責任は擦り付け合い、反省もせず、気に入らなければすぐに処罰しようとする。
このような者たちが国を動かすなどあってはならない。
「聖女は何と言っていたか?」
「一番大きな浄化魔法を使うとか……なんとか……」
「そうだ、使うのを渋っていたけど、あれで魔力が切れたんじゃないのか?」
「陛下、今のこの状態は聖女が居なくなったからっではなく聖女が一番大きな浄化魔法を使って力を失ったからです!」
「だから、廃嫡は考え直してくださいっ!」
陛下が、大声を出した。
「馬鹿がっ!最大の浄化魔法というのは、腐った国を浄化する魔法だ、腐敗した政治を……つまり、腐った人間の排除……まずは、お前たち自身が排除される魔法だっ!すでに発動されてしまったというのなら、もうお前たちはおしまいだ!」
陛下が頭を抱えた。
「きっと、水が飲めなくなった民衆が、飲んでしまい苦しむ民衆が怒りを爆発させるだろう……」
宰相も頭を抱える。
「貴族が果実水や酒で難を逃れれば、貴族ばかりが助かってと憎しみを募らせるでしょう。一部の人間のみならず、ほとんどの民衆が怒りを向ければ……」
革命が起きる。
陛下が拘束されたものを見る。
「聖女を追い出したバカ者たちのせいだと見せしめれば、多少は怒りの矛先を逸らすことができるか」
その言葉の意味を宰相子息だった者が悟った。
「見せしめに、私たちを処刑するつもりですか?」
宰相が首を横に振る。
「処刑など、生ぬるいだろう……。井戸のある場所に、檻にいれて置いておくことになる」
喉が渇けば、庶民と同じように井戸の水に手を伸ばし、蛙の毒で高熱に全身の痛みに苦しむこととなろう。
怒りくるった民衆は石を投げ、罵声を浴びせ、いっそ一思いに処刑された方が楽だと思うような目に合うかもしれない。
それを想像して青ざめた。
「なんで、聖女のせいでそんな目に合わなくちゃいけないんだっ!」
「聖女のせいじゃないだろうっ!お前たちが招いたことだ!相手が聖女であろうがなかろうが、していいこととしてはいけないことの区別もつかぬバカ者が!」
「お前たちのような選民意識の高い庶民をないがしろにしすぎる統治者こそが、腐った人間ということだ」
「……聖女が最大の浄化魔法を発動してしまったというのなら、もう、国自体の存続も危ぶまれるというのに、自分たちの保身だけか……」
「隣国の王子も加担していたとなれば隣国にも影響が及ぶでしょう」
「王子が廃嫡されるくらいで済めば御の字だろうな。我が国はそうはいかぬだろう。今まで少しでも悪事に手を染めていた貴族たちは次々に失脚し……」
殿下が笑った。
「そんな馬鹿な、流石に、魔法でそんなことができるわけがない!」
陛下が殿下を殴った。
「まだ分からぬか!実際にこうして水が飲めない事態になっているではないか!どのような経緯で浄化されていくのかは分からないが、巡り巡って浄化されるのは間違いない。真に心を入れ替え、自ら清き者となれば命までは失わずに済むかもしれぬが……」
殴られた殿下は、憎しみのこもった目で陛下を見睨みつけた。
くそっ、この俺を殴るなど、父上といえども許せぬ。
廃嫡だ?
いいだろう、そっちがその気なら力づくでその座を奪ってやる。
と、殿下は牢屋に入れられてからもその怒りを収めることはなかった。
◆◆視点が戻る◆◆
仲良く二人で道を歩く。
立ち寄った村で水をもらい、食べ物を買い、時々嘘をついて石を渡す。
ロアが斧をふるえば、木は簡単に倒せるけれど、旅では倒した木はさほど使い道はない。薪とするには倒したばかりの木は水分を含みすぎているのだ。
ロアは役立たずだと落ち込む。
「ロアがいてくれるから、私は旅ができるんだよ、ロアが居なかったら、一人だったら、絶対にすぐ死んでた」
励ますつもりで言うと、ロアは泣く。
「やだ、マリー死なないで!」
【めんどくさっ、3歳児か!】
……そうだね。人間関係では3歳児くらいなのかもしれない。
でも、ロアがいないと死んでたかもしれないというのは本当だよ。
立ち寄る村で時々聞こえてくる聖女の噂。
「聖女が逃亡したことで王都では大変なことになっている。殿下が血眼で探している」
「聖女を追放したことで王都では大変なことになっている。殿下が廃嫡された」
二つの噂が流れている。
どちらも本当といえば本当なのだろう。
私は学園を追放されたので、二度と戻らなくていいように逃亡している。殿下は廃嫡されて、それを撤回したいがために私を探している。
【いや、違うよきっと。廃嫡されたのはお前のせいだと逆恨みして殺そうとしてるのよ!】
怖っ。
【よかったね、ロアと一緒に旅してるおかげで、聖女を見なかったか?っていう捜索隊の質問に、誰も見たって言わないもんねぇ。ロアのような魅力的な人物を見たあとだと、聖女様はもっと素敵な人に違いないなんて思い込みが生まれるし。まさか、聖女がモブ顔の目立たない女なんて想像もしないんだろうね】
……複雑。
一緒に旅を続けて1年がたち、お互いに18歳になった。
「僕の国では18歳が成人なんです……」
南の国境を前に、ロアが立ち止まってそんな話をし始める。
「もしかして、この先の国がロアの生まれた国なの?」」
南に接している隣国は、この大陸でも一番大きな国だ。とても強い力を有している。
王妃教育という名で、いろいろと教えられたことの一つに地理もあった。
「そうなんだ……。マリー、えっと、この国を出て僕の国に入ってもいい?」
「もちろん」
聖女探しはまだ続いている。国を出た方が安全だろう。
それに、この1年で随分と国が荒れてきている。王都から距離が離れれば離れるほど正確な情報は入手できないけれど、いい噂は聞かない。近く国がどうにかなってしまうんじゃないかと……この国境の関所にもたくさんの人が国を捨て隣国へ行こうと並んでいる。
こちら側に立つ番人のチェックは甘い。出ていきたきゃ勝手に出ていけというスタンスなのだろう。
一方、受け入れる側の隣国のチェックは厳しく行われている。
そりゃ、犯罪者に押しかけられても困るのだから当たり前だ。
それに、働けない者も弾かれているようだ。
かなり厳しい。
「私、通れるかな?」
ロアは、魔物も倒せるし、木も簡単に切り倒せるから木こりとして優秀だ。見た目も悪い人にどう見ても見えないから、問題なく通れるだろう。
「……いざとなったら……」
浄化魔法が使えますと伝えようか。
【や、聖女だとバレちゃうよ、流石に隣国も浄化魔法が使えるのが聖女だって知ってるから】
そっか。
「大丈夫。いざとなったら、僕が……僕が、何とかするから……」
ロアが私の手をぎゅっと握った。
「何とかするって?」
何組か前の人が門番ともめていた。
「入れろ、私を誰だと思っている!俺は宰相だぞ」
え?宰相?
まずい。私は顔を知られている。
慌ててロアの後ろに身を隠す。
「嘘をつくな。なぜ宰相が共もつけずにこんなところに1人で来ている」
「そ、それは……いいから入れろ!この国にいたら、私も殺される」
「殺される?そんな物騒な人ならばますます入れるわけにいかない。どけ」
隣国の門番が宰相を手で跳ねのけた。
なおも食い下がる宰相に、隣国の門番がこちらの国の門番を怒鳴りつけた。
「入国させる気はない。その男はそちらの国の人間だ。直ちに連れて行ってくれ。邪魔だ」
こちらの国の門番はしぶしぶ宰相を拘束して引きずっていく。
「離せ!私は宰相だ、公爵だぞ!不敬だ、不敬っ!」
暴れる宰相と目があった。
「聖女っ」
ひゅっと息をのむ音が離れていたの聞こえた気がする。
「す、すまなかった、息子のしでかしたことは謝る。不遇な状態だったのを知っていたのに、それを見て見ぬふりをしていたのも謝る、だから、助けてくれ、どうか、助けてくれ……っ」
宰相が急におとなしくなり、ガタガタと震えながら土下座を始めたのを、門番が不審な目で見ている。
「大丈夫かしら?自分が宰相だなんてどこかおかしいのかもしれないわね」
「もし本当に宰相だったら、この国は終わりってことだなぁ」
「だな……」
【あらまぁ、これって、もしかしなくても最大の浄化魔法の効果が出てるってことかしらね?】
腐敗を浄化する……国の腐敗の浄化ってことだよね……。まさか国が終わるなんて、そんな酷い魔法だったなんて……。
背筋が寒くなる。
【悪い浄化なんてあるわけないでしょ。この国が終わったら、新しい国になるだけだよ】
新しい国……。
【そう、悪い国が良い国になるの。水だって、悪い水が飲める水になるだけで、水がなくなったりはしないでしょ?】
そっか。飲める水になった方が、人は幸せだよね?
【そうそう。だから何も”私”は悪いことはしていない。むしろ、今まで悪いことしていた人だけが今困っているだけ】
前世の私の言葉に落ち着く。
そうしている間に、私たちの番が回って、気が付けばロアが全部入国手続きをしてくれたみたいだ。
「よかった、ロアと一緒に入れなかったら、お別れになってるところだったね」
本当にホッとしている自分にああと気が付いた。
お別れしたくないんだ。
……二人で旅するのは楽しかった。
「マリー……ずっと友達でいたかったけど……」
ロアが真剣な目を私に向けてくる。
「え?」
お別れ?
ずきりと心臓が痛む。
ロアは国に帰ってきたんだもんね。追い出された国に帰るっていうことは、この国で何かすることがあるんだろう。帰る気持ちになった何か決意が……。
【複雑な事情がありそうだもんねぇロアもさぁ。人に避けられるっていうけど、一緒に旅してる間中全然誰かに避けられるようなことなかったし】
うん。
【すっかりマリーが人を避ける原因を浄化しちゃったんじゃないかな……恩を着せるわけじゃないけど、マリーのおかげなのに捨てるの?】
……ロアはそんな人じゃないよ。
きっと、今までありがとうって感謝の言葉を口にして、それから、お礼にって何かお礼を提示して、困ったことがあったらいつでも相談してって私のこの後のことにも気を使ってくれて……。
それで……それから……。
【でも、もう一緒にはいられない】
仕方がないよ。
【っていうか、そもそも離れても友達は友達っていうの、ロアは知らないのかな?】
え?
【だって、友達でいたかったなんて言い出したんだよ?離れても友達だよって言わない?文通しようとかさ……あ、字が読めないって思われてるんだっけ?だったら、ちゃんと自分から字が書けるって、だから手紙をって言った方が……】
「ロア、あの、あのね、私」
「マリー、……僕は、18歳で成人しました。この国では、成人すれば結婚できます」
【あら、女友達は邪魔よね……それは仕方がない。妻になる人からすれば親しい女性が周りにいるなんて嫌だもんね】
「ずっと、マリーと友達でいたかったけれど、でも……それ以上に、僕はマリーと結婚したいです」
「え?」
ロアの言葉が理解できないまま口をパクパクさせる。
「僕は、ずっとマリーと一緒がいい」
ロアの言葉が信じられなくて、返事に困る。
「あの、マリーといると人が僕を避けなくなるからとか、そんな利己的な気持ちじゃないんです……あの、むしろ……どうして僕とマリーの二人だけでいられないんだろう。誰も近づいてこなければいいのにって……そう思ってしまうくらいで……」
二人でいたい?
【うわぁぁぁ、ヤンデレェェ、逃げてぇぇ!】
ヤンデレ?逃げて?
あ、そうだ、私逃亡中だ。
嬉しいってロアと一緒に私も居たいなんて簡単にこたえられる立場じゃなかった。
まだ聖女を探しているだろう。村々で聞いた噂では、ロアと旅を始めたころとは様変わりしていた。
聖女を手にしたものが次の王座に就くとか……。
二度と最大の浄化魔法だけは使えないように洗脳するだとか……。
【いや、調教って言ってなかった?どちらにしてもクソだね。絶対つかまりたくない】
……仮にも相手は、王座に就こうと言う野望があって、それなりに権力もお金もある人達だよね。
もし、私を手にするというのが結婚するということなら……。
その時、すでに結婚していたとしたら……。
諦める?
【離婚させるならまだしも、邪魔な夫は始末する……って線が濃厚じゃない?】
やっぱり……。
ロアが大事だ。だから……。
「ああああ、殿下、本当に殿下なのか!門番から連絡があって急いで来てみれば……!」
突然、大きな声が上がった。
「辺境伯閣下!お待ちください!本当に殿下であれば近くに行くと気分が悪くなり、呪われると言います」
「えーい、離せ離せ!少しくらい気分が悪くなっても、3日ほど休めば元通りだろう、何が呪いだ!」
「それは、閣下が屈強だからで……普通の者であれば、手が届くほど近づくだけで吐き気を催し、触れれば寒気が走り、抱き着こうものなら気を失って……閣下!」
なんだか立派な馬に乗った、ガタイの良い壮年の男性がこちらに向かってくる。
その後ろを必死に追う騎士たちの姿がある。
会話に耳を傾けると、どうやらガタイの大きな男性は辺境伯のようだ。そのあとを追うのが部下。
でも、なんだか……近づくと呪われる?気分が悪くなる?
門番から連絡があった?
……まさか……。
馬を降りると辺境伯は今一度大きな声で「殿下!」と口にし、ロアに抱き着いた。
「え?あれ?近づいても息苦しくない……。本当にロアーノ殿下?いや、この麗しいお顔は確かに……」
辺境伯がロアから体を話て、ロアの顔をしげしげと見る。
「うん、この3年で随分大きくなったな。お前ももう18か。15で国を出て3年。義兄……陛下も心配していたぞ。いくら近づくなと言ったからと、何も顔も見えないような場所に行けと言ったつもりはないと……」
混乱するしかない。
ロアが、ロアーノ殿下?
地理の勉強で聞いた。確か、南の大国を収める陛下には3人の息子がいたはずだ。
第一王子の名前がロアーノだったのでは……?第一王子なのになぜか皇太子にはならずに、第二王子が皇太子になったことで、第一王子には何か問題があるのではと我が国では言われていた。社交の場にも出なかったため、よほどの馬鹿か、病弱かと噂されていたけれど……。
そのロアーノ殿下がロアなの?
辺境伯閣下は、確か陛下の妹を妻に迎えているはずだから、ロアからすれば叔父になるわけだよね?第一王子は辺境伯領に預けられているという噂も立っていたけど、もしかしたら本当だったのかな?ずいぶん辺境伯閣下はロアと会えて嬉しそうだ。
「あれ?おかしいな?」
辺境伯が首を傾げた。
「そろそろ吐き気がしてくるころなのに……?」
辺境伯がもう一度ロアを抱きしめた。
「ん?平気だぞ?」
体を離してから、もう一度抱きしめるを4,5回繰り返す。
「叔父上、マリーの……彼女のおかげなんですっ!」
辺境伯の目……だけではなく、そのおつきの者たちの目も私に一斉に向いた。
「なんと、かわいらしい子供……」
【ぶはっ、子供w】
辺境伯のサイズ感がおかしいんだよ。ロアも身長高いけど、この国みんな背が高すぎない?
私が余計に小さく見えちゃう。
【”私”は小さいんだけどね、平均よりかなり。ちなみに、オランダ人の平均身長は、171センチなんだってさ。女性の平均身長が!男性は平均で184。一方日本の男性の平均身長は……うん、名誉のためにやめておこう】
ん?オランダ?どこ?
「子供じゃありません。マリーは僕と同じ18歳で、結婚できる年齢です」
「け、結婚?」
辺境伯が驚いている。
「いや、殿下は、まだ殿下なんですよ?結婚するということは……それなりの教育を受けてもらうことになり……通常は王妃教育として……庶民であれば文字を読むことから」
えっと。
ちらっと辺境伯が私を見た。
「これは、読めるかい?」
辺境伯が胸元から紙を取り出し広げて私に見せた。
「ナターシア、君の空よりも美しい星よりも輝く瞳を」
「わわわわ、間違えた、それは妻にあてた手紙、こっちだ、こっち!」
と、辺境伯があわてて私の手から紙を回収して別の紙を渡す。
「緊急連絡。国境を王家の紋章入りのペンダントを持ったロアーノと名乗る青年が通過」
あ、そうなんだ。王家の紋章入りペンダントを……。ということは、本当にロアはロアーノ殿下なんだ……。
庶民の私とは住む世界が違う人。
「ちょ、ちょっと待ってください閣下。これは共通言語で書かれてますけど、奥様への手紙はこの国の一部で使われてる言語で書いてませんでしたか?秘密の手紙みたいでいいとかほざい……ごほん、おっしゃって」
辺境伯が唇を突き出して抗議する。
「秘密なんだから、言うなよ」
「言いますよ、大事なことです。マリーさんはどうして、読めたんですか?」
どうして?
「学んだから?」
侯爵家に引き取られ、聖女としての教育を受けさせられた。
庶民上がりで何もしらない、人一倍努力しても足りないと……。厳しく教育されただけで……。
あ、貴族としては当たり前でも庶民としては珍しいってことか……。
【まぁでも、庶民でも商人とか文字が読める人もいるだろうから大したことないよね】
「学んだ……?えーっと、これは、読めますかな?」
おつきの者が、懐から本を1冊取り出した。
「あ、これ……」
タイトルも作者名もない本だけれど1ページ目に目を通してすぐに分かった。
「バーキュリー博士の兵法論ですか?……でも、少し違うような?」
「なぜバーキュリーの兵法論など知っている、そして違いまで分かるのはなぜだ」
「読んだから?」
何故と言われても。ここにある本はすべて読みなさい。後でちゃんと読んだかテストしますと、侯爵家で私についた家庭教師が命じたんだよね。
別邸には他に誰もいないし、やることもなかったので言われたままあった本を何度も繰り返して読んでいた……。
沢山の本を読んだつもりだったけど、学園の図書館には私が読み切れないほどの大量の本があって、まだまだ私は全然勉強が足りてないのだと自覚したけれど。
ぱらりとめくると、紙が1枚挟まっている。
「えーっと……これ、計算がここ違うみたいですけど……」
なにかの購入履歴のような紙。数字が並んでいたので思わず計算してしまった。
【この計算力は”私”が役に立ってるわよね~!行っててよかった〇〇式!ってね!計算は早いわよぉ!】
「計算まで……」
おつきのものが計算をし直して驚いている。
そして、辺境伯がわははと笑った。
「なんだ、何も問題がないじゃないか。よく見たらとても姿勢もよい。どこの貴族のお嬢さんかな?」
「私、貴族じゃないです……」
辺境伯から笑顔が消えた。
「僕は、マリーが貴族じゃなくても、マリーと一緒にいるつもりです。マリーのためなら身分など捨てます」
「いやいや、待て待て、貴族じゃないなら、俺の養子にしよう。で、俺の養女とロアーノが結婚すれば、俺はロアーノの義父だ。ははは、心おきなくお父さんと呼んでいいぞ!うん、なかなか素敵な案じゃないか?なぁ?」
辺境伯がおつきの者に尋ねた。
「叔父上……!でも、まだ、マリーにプロポーズの返事をもらってないんです」
ロアの言葉に皆の視線が私に集まる。
「ダメなんです、私……私、迷惑をかけてしまいます」
ロアと一緒にいたい。
でも。
「迷惑?何も迷惑などしてないが?」
もう、隠しておけない。貴族が関わってしまったからには……。
「私、実は浄化魔法が……使えて」
「何?だから、ロアーノが人と近づけるようになったのか!それは素晴らしい!」
「……聖女と呼ばれ、かつてはその……皇太子の婚約者だったんですけど……婚約破棄され、王都を追い出されたときにロアと出会ったんです」
ロアが嬉しそうな顔をする。
「運命的ですね。婚約を破棄してくれた皇太子に感謝したいところですが、マリーを追い出す馬鹿に感謝はしたくないですね」
「私を手に入れた者が王座を手にすると噂されていて……だから、きっと、私を手に入れようとする人たちが……ロアに……大切なロアを傷つけてしまうかもしれなくて……だから、迷惑を……」
ロアが、私をぎゅっと抱きしめた。
「大切なロアと言ってくれましたよね。それは、マリーも、僕のことを思ってくれてると考えてもいいですか?」
小さく頷くと、ロアが辺境伯に宣言した。
「よし、戦争しましょう。叔父上強力をお願いします。いえ、バーキュリー博士」
バーキュリー博士って兵法書の作者の?
まさか、辺境伯閣下が?
「いいねぇ、新しい戦術試したかったんだよ。とはいえ、隣国の情勢見るにもうボロボロだよね。戦争も何も、宣戦布告したとたんに白旗上げそうだけど」
辺境伯におつきの者が口を挟んだ。
「まったく野蛮なことしなくても、聖女を手に入れた者が王座に就くなんて噂が流れてるならそうしたらいいじゃないですか?マリー様と結婚したロアーノ様が、隣国の新しい王になればいいんでしょ?我が国の皇太子はすでに第二王子と決まってるんですから。ちょうどいいじゃないですか?」
「え?あの、えっと……?」
辺境伯が、私を抱き上げ馬に乗せた。
「じゃ、さっさと養子縁組すっかなぁ」
「叔父上、叔父上といえ、マリーと一緒に馬に乗るなど」
「あはは、一刻も早く結婚したいだろう?まずは妻にマリーを養女にしていいか確認しないとなぁ。ちょうどかわいい女の子が欲しいと言っていたから、大喜びするとは思うけどあはははは~」
大笑いしながら、辺境伯は馬に鞭を入れた。
それから半年後。
王妃教育をすでに終えていた私は、あっさりと王妃になった。
腐った国の新しい王は、隣国の麗しき王子。
王妃は、ずっとこの国を浄化し続けてくれた聖女。
二人は浄化の旅にでると、王都を抜け出すことで有名な仲睦まじい夫婦であったと歴史書に記されることになるのはまた別のお話。
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