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望むままに  作者: 傭兵
1/3

0-1 堕ちた賢者と無垢なる悪魔

それは突然生まれた


その場所は『世界の果て』であったり『奈落』であったり、様々な呼称が存在するものの、殆どの人類にとっての認識は、人の世で生きられない存在が行き着く先であり、そこへ向かうという事は自死をするのと同義、という認識の場所


大地はヒビ割れ草木は存在しない

空気は常に灼熱、更には瘴気が渦巻いている

空から降り注ぐ光は弱く、常に薄暗い


そんな土地では当然、まともな生物など居ようはずもない

そんな場所で生まれたその存在は産まれながらにして幾つかの魔術が使えた


いや、魔術だけでは無い、きっとそれは誰かの怨念の籠った記憶、つまりは知識が身に付いていたのだ


「あーあいうえお、なるほと、ど、こえはこうさ、た、だすのか」


産まれて始めて声を出す、知識としてやり方は解れども、実際に声を出してみれば思い道理にならない事に多少のイラつきを覚えるが、知識では人類と呼ばれるものたちは皆声で他者とのコミュニケーションを行っていた、こんな場所で人間に会えるとは思えないがその練習をしておいて損は無いだろう


そうして練習を始めること1時間、その存在は多少の違和感はあれども、日常会話が可能な程度には声というものを操れるようになった


「とりあえずハこれで良さそうダな」


そして次にその存在が行ったのは思考の言語化


「これカらは思っタことを声に出しテいこう、言葉ノ練習になるシやるべき事も決まっテ行くだろう、どうせ一人なのダから周囲ヲ気にする必要も無いしナ」


こうして、その存在は本格的に行動を開始する


「生キる為に必要なもノは水と食料カ、水は魔術で生み出せる、食料ハこの瘴気を食えルから心配はいらないナ」


「拠点は必要カ?そもそもなぜ拠点が必要なのダ?知識でハ寝る為とあるがそれだけじゃないダろうに」


「そもそもこの場所、確か世界の果てだったカ、から何処に向かえバ人に会えるんダ?」


「知識が抜けているのカ?この場所に来る方法についての知識は無いようだナ」


「そもそも何故ここはこんなに熱いんダ?魔術で水を生み出した傍から消えていク、これは確か蒸発という現象だったカ?」


「おぉ!魔術で木を生み出した瞬間に光ったゾ!これが火か!だが何故木は燃えるのに地面は燃えないんダ?」



その存在は放浪する中で様々な知識を経験に落とし込み、やがてその知識そのものに疑問を持ち、自分なりに検証していくようになった

そんな旅を続けること3日、やがて不自然な立方体を視界にとらえた


「なんダあれは?明らかにあれだけ変だナ?近づいてみるカ」


その立方体を調べると、周囲の岩肌に比べて明らかに滑らかな表面、そして四角い板をはめ込んだかのような隙間と出っ張りがあった


「これは何ダ?あぁそうか、これはきっとドアというやつだな、開けてみるカ」


知識にあるドアとは開けて中に入る為のものであり、その知識に従ってドアを開けた

中にいたのは人間、頭は白く、顔には無数の皺があり、服装は黒が主な色で所々に金色の装飾が施されたローブを来ている

その人間はこちらに身長ほどはありそうな先端に装飾の施された棒をこちらに向けて言い放った


「死ねぇ!悪魔よ!」


瞬間、中から白い直線状の何かが迫り、その存在を消し飛ばし、ドアを閉めてしまった


だが、その存在はただの生物ではなかった

瘴気から生まれ、肉体を殆ど有さないそれは瞬く間に体を形成する


「人間がいタ!!人間がいタァ!!!」


自分が攻撃された事よりも会話が可能な存在がいたことに喜び、その場で歓喜の大声をあげる


攻撃自体はとても痛かった、だがこの存在にとっては痛みですら初体験の出来事であり、それを与えてくれた人間に感謝をしていたのだ


「おーい!開けテくれ!人間!会話をしよウ!」


ドアを含む建物のあらゆる場所を壊さない程度の力で叩き、中にいる人間に自分をアピールする

すると返事が帰ってくる


「喧しい!悪魔なんぞに話すことなんぞ無いわ!」


「喧しい?喧しいって何だ?悪魔って俺の事カ?俺って悪魔なのカ?」


「その紫の肌!白目と黒目が反転した瞳!頭に生えたその角!一瞬しか見えんかったが悪魔で無ければ何だと言うんじゃ!」


「そうなのか!肌の色は自分でも解るけど目とか解らないし角があったのカ!本当ダ!何の為にあるんだ!?」


「儂が知る訳なかろうが!」


その存在は楽しんでいた、自分の話す言語が正しいのだという自己肯定感や単純な好奇心、そして自分に構ってくれる存在が居た事が嬉しいのだ


「なぁなぁ!さっきのってどうやったんだ!白い真っ直ぐなの、教えてくれよ!」


だがその人間は相手をするからここに居続けるのだと考え、やがて無視するようになった


その後も幾度となく質問を続けるが反応が無い、やがてその存在はドアの近くに座り込み、考え始めた


「知識では会話をするのに必要なのは挨拶カ?金カ?何だか知識が幾つもあるナ、俺の知識って1人分だけのじゃないのカ?」


いつもの様に、思考のすべてを声に出しながらその存在は考え続ける


「人が会話をする理由は何かを得る為って知識もあるナ、挨拶で何か得れるのカ?信頼?信頼って何ダ?俺が話をしたいのはなんでダ?興味?好奇心?何かを知りたいって事だナ?なら俺もあの人間に何かを教えれば良いのカ?」


やる事が定まり、再び壁を叩いて声をかける


「おーい!何か知りたいことは無いカ?俺の知ってる事なら何でも教えるぞ!」


だが返事は無い


「あの人間は知りたい事が無いのか?つまりなんでも知ってるって事か!ますます話がしたくなったゾ!」


その声が聞こえていたのか、中から返事が聞こえた


「悪魔よ、ひとつ教えてくれ」


その声が聞こえた事で嬉しくなり、ドアに飛びつく


「何だ!教えるから話をしよウ!何が知りたいんダ?」


「主はどうやったら今すぐここから居なくなる?」


その質問にその存在は頭を抱えた


「俺がここから居なくなる方法カ!?今すぐってのは難しいナ!俺は人間と話をしたいからそれをしてくれたらいつか居なくなるかもしれないけド今すぐじゃ無いゾ!?なら俺を殺すか吹き飛ばすのが一番良いかもしれないナ!うん、それが俺がここから今すぐ居なくなる為の方法ダ!」


その答えに人間は再び質問を返す


「ならば主はどうやったら死ぬ?」


「わからん!死んだ知識はあるガまだ産まれて死んだことは無いからナ!」


そう答えると同時にドアが再び開いた


「入れ」


老人はそう一言だけ話すとその存在の腕を取り、一瞬「あつっ」と呟いて手を離し、何かの魔術を使ったのか、その手に嵌められた指輪が光ると再び腕を掴んで強引に部屋に招き入れた


部屋に入った瞬間、その存在は震えた

と言うのも、単純な気温が違ったのだ、外に比べて部屋の中は極めて低い気温に保たれていた


「何だ!?寒いって奴か!?勝手に体が震えるゾ!?」


そんな様子を無視したまま人間は問いかける


「お主、名前は?」


「名前?あぁ、悪魔って種族名だもんな、名前は多分ないゾ?俺はまだ産まれてから3回しか夜になってないからナ!」


その回答を聞き、老人はため息をつき、壁にかかっていたローブを手に取り、渡してきた


「そうか、ならお主は悪魔では無いのだろう、悪魔は木っ端を含め全ての個体に名前があるのでな、まぁまずは服を着なさい、女子の裸を見続けるのは目に毒じゃ」


「そうなのか?なら俺は何なんだ?目に毒って言葉は知ってるが、意味は知らないぞ?何でだ?」


「そう質問攻めにするでない、1つずつ答えるが、まず主の名前を決めるところからじゃ、じゃないと不便じゃからの」


「わかった、けど名前ってどう決めるんだ?」


「名前に決め方など無い、じゃが意味はある、名前というものは個体を識別する為の記号であると同時に、どう育って欲しいかという願いじゃ、主も自分がどうなりたいかをイメージしながら決めると良い」


「願いか…なら神って名乗るゾ!俺全部知りたいしなんでも出来るようになりたイ!」


「極端すぎるわ阿呆!神を名乗るなんぞ不敬にも程が有るわ!そうじゃなくてもっと願いを絞れ!」


「絞るってどういう事ダ?」


「うーむ、それじゃあ儂の名前を例に出そう、儂の名はフォン、神話の神の名から取ったらしい」


「じゃあ俺と一緒ダ」


「全然違うわ!ごほんっ、フォンという名は神の名の一部じゃ、神と同じになることは出来んが、その生き様を見習い、あわよくばその加護を賜れるよう儂の親が願ったのじゃ、まぁその名に相応しい人生を送れたかと問われればそんなことは無かったが」


フォンはそう言うと何やら遠くを見るような目をしたように思えた


「そうか!じゃあ俺ハ色々教えてくれたフォンの名前の一部を貰うゾ!フォン……フォン……へオンって名前はどうダ?」


「……辞めておけ、儂の名なんぞを使うのは」


「何でダ?」


「儂の名なんぞ使えば神の加護どころか、呪いが降りかかりかねん」


「ん?でも名前に相応しい生き方はできなかったんだロ?なら名前と生き方は関係ないんじゃないのカ?」


「それはそうじゃが……」


「なら俺はへオンでいい!」


フォンはため息をつきながらもその口角は上がっているように見える


「わかった、じゃがへオンという言葉の響きを聞けば男児の名に聞こえる、主は女じゃ、もう少し女らしい名にしなさい」


「何でダ?」


「言ったじゃろう?名は願いでもあるが個人を識別するための記号じゃと、名前で性別を勘違いされては何かと不便な事になりかねん、そうじゃな…ホリンという名はどうじゃ?」


「ホリン……わかった!俺の名前はホリンだ」


それから2人の奇妙な共同生活が始まった


「まず主は常識から学んでいけ」


「常識?俺の知識だと常識って一定の年齢の時点で形成された偏見の塊って感じだけド?」


「概ね間違っていないが惜しい、その説明文に、自分と同じ文化圏に住まう多くの人物が共通して持っている、と付け加えよ

そうすれば自分の中に形成されてしまった偏見の塊で間違っている部分があれば修正できるようになる上、自らの常識が通用しない場所でも学んでいける」


「わかった、じゃあここで暮らしている限り俺には常識がナいってことを覚えとくヨ」






「次に学ぶべきはその微妙な発音の言葉じゃな」


「微妙?」


「アクセントが変なところがあるんじゃよ、言葉遣いも直さんといかんしな」


「具体的にどうすりゃいいノ?」


「そうじゃな、アクセントについては時間をかけるとして、まずは言葉使いじゃ、一人称を『私』に変えてみよ」


「わたし?何デ?」


「人の世に生きるならばそれが人間であろうと魔族であろうと、どのような種族であろうとも女は女の役割を、男は男の役割を求められる、勿論例外は居るが、周囲に合わせるに越したことはない」


「うーん、よく分からないけどやってみル!」







「これがわしの自慢の地下農園じゃ、今日からここの仕事もやってもらう、さしあたっては水やりだけで良いがな」


「水やりって魔術でやれば良いのか?」


「半分は正解じゃが、やり方の説明が必要のようじゃな?」


「水は出せルけど普通にやったら土が流れてくからな」


「そんな時はこれを使え、この道具の名はジョウロという」


「おぉ!細くて沢山になった!」


「シャワー状に水を撒ける便利な農具じゃよ」


「これでワタシ1人でも全部に水やレるな」






「フォン、今日も体調が悪いの?」


「儂くらいの年齢ともなれば毎日体調は悪いんじゃよ」


「私もフォンくらいになったらそうなる?」


「ホリンに寿命があるのか疑わしいからの、なんとも言えんわ」


「私、フォンが死んだらどうすれば良いのかな……」


「阿呆が、元より主は放浪しておったじゃろうが……じゃがやるべき事に迷うならば世界を見てこい、人の住まう世界に行く方法ならば教えてやる」


「私今どうすればいいの?喜ぶ?それとも死なないでって泣けばいいの?」


「喜ばれると儂としては微妙な気持ちになるがな」


「じゃあ泣くよ!うぇぇぇん!!」


「涙は出ておるし実際泣いているんじゃろうが、泣くと宣言されてはわざとらしくてなんとも言えん、次からはもう少し上手く感情を表現せぇ」







「この魔道具は周囲の気温を調節する力があるんじゃ」


「ふーん、これが?」


「待て!持つな触るな!あぁ不味い!早くそれを渡せ!」


「ん?なんだか暑くなってきた?」


「『エアキープ』『フリーズ』あぁもう!前に言ったじゃろうが!迂闊に触ってはならんものが沢山あるんじゃ!」


「ご、ごめん、直せる?」


「この魔道具を誰が作ったと思っておる!この程度ならすぐ直せるわ!じゃから空気の温度を維持する魔術を変われ!」


「わかった、えっと『エアキープ』『フリーズ』これでいい?」


「阿呆!寒過ぎじゃ!もう少し温めんと儂が死ぬ!」


「えぇ、じゃあ…『ファイア』」


「燃やす気か!い、いや、制御できておるならそれでもう良い!儂を燃やさぬよう、そして遠すぎぬよう維持せよ!」


「注文が多いな、別にいいけど」





「そういや、フォンって偶に無言で魔術使える時あるけど、あれは何なの?」


「ふむ、それを話すならまず魔術と魔法の違いから話す必要があるな」


「なるほど」


「何をわかったような反応をしておる、まだ説明しておらんじゃろうが!

こほん、ではまず魔法から先に説明しよう、魔法というものはその身に宿る魔力を操作し、変換することで現象へと変換するものじゃ」


「魔術もそうじゃないの?」


「そうじゃがやり方が違う、最も大きい差異は詠唱の有無じゃろうな、魔法に詠唱は必要ない、魔力形成、変換、発射、全てを自分で操作して発動するものが魔法、しかしこれを行うのは難しく、慣れていなければ時間もかかる、言わば図面を引かずに何かを作るのと同じ様なものじゃな」


「その言い方だと詠唱が設計図の役割なの?」


「まぁそうじゃな、計算式と言っても良いかもしれんが」


「算術は苦手だな」


「とにかく、詠唱で発動する魔法を魔術と呼ぶ、ここまでは良いか?」


「ん?これで私の疑問解決したんじゃないの?」


「いやまだじゃ、儂は魔法を殆ど使えんのでな、あれは魔術なんじゃ」


「無詠唱の魔術があるの?」


「違う、その種は儂が発明したとある魔道具にある」


「?」


「魔術も詠唱を無くすことは出来ずとも省略することが可能なのは見せたことがあるな?それは先程の魔力の形成であったり変換といった工程の一部を手動で行うことによってなせる技なのじゃが、この魔道具はその変換と発射を自動で行ってくれるようにするものじゃ

結果として無詠唱の魔術が放てるという仕組みじゃな」


「魔術と魔法を混ぜたってこと?」


「魔術の詠唱省略について言っておるならその認識は正確とは言わずとも概ね正しい、魔道具に関して言うならば、設計図を道具に組み込んだと言うのが正しいじゃろう」


「なるほどね、よくわかんないけどわかった」


「それでじゃ、本題はここからでな、わしの作った魔道具は『ウォーター』『ライト』『ハンドプロテクト』『アポート』の一部を組み込んでおってなーーーー」


「Zzz……」


「お主が眠らん事は知っておるんじゃが?」


「寝れるよ?試したことは無けど」


「せめて一貫した行動をせんか」






ーーーーー






フォンとホリンが共に暮らし始めて5年の月日が経過したある日、フォンはベッドに寝たきりとなった


「フォン、今日も動けなさそう?」


「あぁ、負担をかけてすまんな」


きっかけは地下へと続く階段の途中、フォンが転び、足の骨を折ってしまった事だった


体を動かせなくなった老人は体の肉がやせ細り、一気に老化が進む

それが良くないことだということは知識の少ないホリンにも理解出来た


「ホリン、主には様々なことを教えた、もう外の世界でも生きて往ける」


「いや無理だよ、ひとつの事を知れば疑問が3つは増えた、私はまだ全然何も知らない」


「そう思い、知ろうと行動できるならば生きて往ける、大丈夫じゃ、儂が保証してやる」


その表情はとても穏やかなものだ、死が目の前まで迫っているというのに


「1つ、儂の頼みを聞いてくれんか?」


「私に出来ることならなんでもするよ」


「これから儂が話す過去を聞いた上で、ホリンが儂をどう思うのか、それが知りたい」


「わかった、けど仮にフォンが過去に何をしていたとしても私がフォンを好きな気持ちは変わらないよ」


「そうか、では話すとしよう」


そうしてフォンの昔話が始まった





ーーーーー





フォンの産まれは地上にある人間の国家の首都だ

都市の名前は覚えていないが、皆は王都と呼んでいた

そんな土地の上級貴族として生を受けたフォンは産まれながらにして神童と持て囃されていた


5歳の時点で初級の基礎魔術をマスターし、成人する頃には新たな魔術の開発すら成功していた


そんなフォンは国中から『賢者』として祭り上げられていた


そして世界の在り方に疑問を抱く

魔物と亜人の境界は何処にあるのか?


例えば、ドラゴンが高い知性を持つことは世界的に知られていた

だが言葉を発することは出来ず、コミュニケーションが困難なことから魔物に分類されている


対して、ゴブリンは知性こそ低いが言語を発することは可能だ

但し、その知性の低さが仇となり、人間と友好的な関係を結ぶことは不可能とされ魔物に分類されてしまった


フォンはそういった魔物に分類されている生物の調査を行う中で、とある事実に気がつく


現在分類されている亜人と魔物の分類は極めてずさんなものであると


ドラゴンを捕縛し、文字を教えると、直ぐにそれを理解した

発声こそ出来なかったものの筆談によるコミュニケーションで、ドラゴンのただの鳴き声だと考えられてきたものが確立した言語であることが判明する


また、ゴブリンの赤子を産まれて直ぐに攫い、人間の生活をさせることで人間としての常識を培うことが可能であり、人間に敵対しなくなる事も判明した

それでも知能が人類に比べて低いことは変わりなかったが


勿論、同じ手法で魔物の全てを手懐けれる訳では無い

例えばサラマンダーと呼ばれる火を噴くオオトカゲは卵から返し、愛情を注いだところで人間より大きくなった時点で獲物として見られ、攻撃的な行動をとるようになった



これらはそれまで考えられてきた常識を破壊する発見であり、特にドラゴンのような、これまで意思の疎通が不可能とされてきた種族と手を組むことが出来る可能性を期待されていた



だが、フォンは大きな過ちを犯す

それは悪魔の調査で起こった

悪魔は二足歩行という共通点はあれども外見に大きな差がある種族だ

ある個体は体長3m以上はあり、山羊の頭のついた人間の男性のような姿をしている


また別の個体は体長30cm程で蝙蝠の羽と羊の下半身、猿の上半身と虫のような頭をしている


何故それらの生物が同じ種族であると判断されているのか、それは悪魔の特徴として、身体のどこかに名が刻まれていることとキメラのように歪な形で多数の生物のパーツが合成された外見である事が挙げられる


彼らは最初こそ戦闘となったが、捕縛してからは従順だった

文字を教えればみるみるうちに吸収し、その意志を伝えてきた

一部の悪魔は言葉を会してコミュニケーションを取ることが出来た


これまでの成功経験から今回も大丈夫だと油断していたフォンはまず足掛かりとして交易を提案した


悪魔の住まう里のような生息地がある事がわかったからこその提案だ

そしてそれは受け入れられ、悪魔たちは開放された


ドラゴンの時は不当な扱いをせず、ただ文字を教えコミュニケーションを取ったことで印象が良かったのか、それで上手く交易が行えた


ゴブリンの場合は完全な上下社会であり、外部からの異物、たとえそれが同種であったとしても受け入れなかった為に失敗したが、攫う赤子を増やし、解放したゴブリンだけでひとつの群れを作れるほどの規模にすることで有益な関係を築く事に成功した


その他にもリザードマンであったり、オークであったり、これまで魔物と分類されてきた種族とも交易を行うことに成功し、悪魔ともそうなれると信じていた


だが悪魔は違った


後に知ったのだが、悪魔は隠していた能力があった

それは『感情を増幅させる魔術』


フォンは賢者として持て囃されるのと同じく、魔物との交易を行っているという事実に猜疑心を抱かれていた

1部の商人であったり、実際にその恩恵を受けている人物からは概ね好評であったのだが、一般市民や他の貴族からすればそうでは無い


悪魔はその猜疑心を膨らませ続けていたのだ


そして交易の第一陣が帰還するもその様子は妙だった

出発した時は馬車2台とその御者が交代要員含めて3人、護衛として6人の兵士が同行していたが、帰還した時にはその人数が御者2人と護衛2人になっていた

代わりと言わんばかりの悪魔が3人、同行していた


流石に悪魔が都市に入るには段階を踏む必要があり、都市外にて待機させ、交易の結果を確認するべく商会へと向かう最中、事件は起こった


まず最初に、2台ある馬車の中から十数人の悪魔が飛び出した

その悪魔たちは皆武装しており、付近にいる人々を攻撃し始めた

城門で荷の確認はしなかったのかという疑問の答えはおそらく、門番の怠けたいという心を増幅させたのだと思われる


そして運の悪いことに、その場には一般市民だけではなく国の上級貴族が数人存在していた

猜疑心を膨らませたその貴族たちの目的は単純、フォンの行動を監視する為だ

フォンに対してだけではなく、部下に対しても猜疑心を膨らませていたその貴族たちは買収されては堪らないと直接本人が出向いていたのだ


当然フォンも戦った、その頃は魔物との交流に傾倒していたものの、交渉に向かうのに魔物との戦闘は避けられないために魔術の腕は鈍るどころかより研ぎ澄まされていた


そして暴れる悪魔たちの半数を仕留めた頃に騒ぎを聞き付けた衛兵たちがやってきたが、それを見るやいなや、フォンに何人殺されようと殺戮をやめなかった悪魔たちが一斉に逃げ始めたのだ


悪魔たちを表現した言葉にこんなものがある


悪魔と戦う時は正面より背中に注意しろ

悪魔が命乞いをする時は必ず首を刎ねよ

悪魔が逃げた時は見失うな

視界から一度でも外れれば追いつくことは不可能である


その文言の通り逃げた悪魔たちを全員捕まえることは出来なかった


フォンは捕まり、投獄された

罪状は国家転覆罪

結果として上級貴族を5人死なせたのだ、そして下手人である悪魔を手引きしたのはフォン自身

勿論そんなつもりは無かったが、そのような言い訳が通じるはずも無い


フォンは逃げた、潜伏し汚名を注ぐ機会を待った

その時に逃げた悪魔の1人を捕縛し拷問する事で事の真相と人間に対する悪意を知った


だが、雪辱を晴らす機会が訪れる前に王が亡くなり、国は滅んだ


今、その国は名を変えて別の血筋の人間が王家を名乗っている





ーーーーー





「儂は今や『墜ちた賢者』という異名が轟いておる、フォンという名と共にな」


話を聞き終えたホリンはどう声をかければ良いのか解らなかった

思えば、初対面の時悪魔であると判断するや否や即座に魔術で攻撃をしてきたのも頷ける

それに自分の頭に生えているこの角、人間と別の何かを合わせたような外見にも見えるだろう

だが、この体には何処にも名前が刻まれてはいない、少なくとも、自分で見える範囲には


ホリンが自分の体を確認している様子を見ての事だろう、フォンは唐突に笑った


「大丈夫じゃよ、主の体に名が刻まれていない事はこの部屋に入れた時に確認済みじゃ」


思えば、この5年間で学んだ男性の正常な行動、として、女性の裸を見るのは異常だと学んだ

故に着替えや体を洗う際は地下室を使用し、その旨を伝える事を義務として行っていた

だが初対面の時、裸で部屋に連れ込まれ、身を震わせ名前を問われるまでは裸のままで居させられた

その時に体を見られたのだろう


「で、どう思った?」


「すけべなのかなと」


「違うわ阿呆、わしの話を聞いてどう思ったかを問うておるのじゃ」


「それはまぁ、フォンが国を滅ぼしたのは間違いないかなとは思うけど、その悪魔が十何人か侵入しただけで滅ぶ国も沢山人がいるのに弱過ぎないかなと思った」


「それは仕方のないことなんじゃ、人間は魔術が使えるものは少なく、その抵抗力も弱い

恐怖心を増大させれば普段通りの動きもできん」


ホリンにとっての世界とは話の中だったり、知識としては広いのだが、実際のところ産まれてからの数日間さまよった範囲と、このフォンとの共同生活の空間だけだ

弱いと言われてもどの程度か、悪魔はどれほど強いのか解らなかった


「まぁ私がどうこう言えることは無いよ、フォンは多分、糾弾して欲しいんだと思う、話し方を聞いてそう思っただけだけど、まぁ、相手が悪かったね」


「そうか、そうじゃな、確かに相手が悪かったか」


フォンはベッドに横たわったまま静かにその瞳から涙を流す


「主が此処を旅立つ日は近い、最後にひとつ特別な魔術を授けてやる」


「特別な?」


「そう、儂が開発した、世界で儂だけが扱える特別な魔術じゃ、二度と使うことは無いと思っていたが、主ならこの魔術を有効に扱えるじゃろう」


これまでの生活でホリンはフォンの扱える魔術の全てを学んだと思っていた

実際、フォンはその魔術を教えるつもりは無かった、ホリンの事を思えば真っ先に教えても良いはずのその魔術はフォンにとっての後悔の原因の一つとなった魔術だったのだから


「これはわしがオークとフェアリーという名の種族と友好的な関係を築くのに大いに役立った魔術、じゃがその性質上、肉体に多大な負担がかかる、しかしホリンならばリスクを負うことなく扱えるじゃろう」


「まぁ、肉体を消し去られても生きてるくらいだしね、けど良いの?」


「何、儂が実践せずともこの魔術は肉体に陣を刻むだけで誰でも扱える、そこのインクと針を持ってきなさい」


「それもそうだけど、そうじゃなくて」


「過去とはたった今決別した、主に残せるものは残すべきだと思ったんじゃ」


「……わかった」


「かなり痛いが我慢するのじゃぞ」


フォンはそう言うと針に白いインクをつけ、ホリンの右手の甲に白い歪な形の紋章を刻み始める


魔法陣という物は魔道具に刻まれていることが多いが、その殆どは円形をしており、その中に文字やら図形のような物が刻まれる

だが、フォンが今刻んでいるのはまるで木目の様な縦長の模様

そうしてチクチクとした痛みを感じ続けること3時間、かかった時間の割には小さな紋様だがその部分の魔力の動きに大きな違和感が生まれる


「それじゃあその模様に魔力を込めなさい」


「それはいいけど、これってそもそもなんの魔術なの?」


「詠唱と違って魔法陣のみで発動する魔術じゃからな、名を決めておらなんだ、じゃがその効果は予想出来ておるんじゃぁないか?」


「魔物の姿になれるとか?」


「間違ってはおらんが正解とも言えん、その魔術は自分の体を内部から全て変化させる魔術、変化する規模が大きいほど、そして長い時間変化を続けるほど戻った際の負担が大きくなる上、消費する魔力もそれなりに多い、儂なら3時間ももたんが、再度言うが、ホリンなら問題なかろう」


「わかった、それじゃあやってみる」


そうして、ホリンは魔術を発動させた

イメージするのは人間となった自分、角は無く、肌の色は知識にある人間と同じに、目の色は白とフォンのような青、髪の色は自分でも気に入っているため今のままの白、これもフォンと同じ色


そうして肉体が変化を始め、1分と経たないうちに状態が固定される

まず自分の体の調子を確認した、ホリンは魔力量が極めて多いらしく、体感でこのまま1日以上は居続けることが出来ると感じている

体調面でも問題は無い、目を開けて改めて体を確認してもイメージ通りの色へと変化していた


成功の報告をしようとフォンを見れば、何故か口を開けたまま涙を流し続けている


「そうか……そうだったのか………」


何か感極まっている様子でホリンを抱きしめたフォンは涙を流しながら慟哭する


「ホリン………やはり儂は間違っていなかった………悪魔であろうと文化があり知性がある生物はみな共存ができる……」


変化したホリンの首元には魔法陣とは別の模様が浮かび上がっていた

その文字の色はホリンの素の状態と同じ色、つまりは素肌と同化していたためにそれまでは見えていなかっただけであったのだ


「主の真の名は『ハイリ』悪魔の文字は難解じゃから読めんとは思うがその名は覚えておきなさい」


「いや、私の名前はホリンだよ、フォンの娘、いや年齢的には孫かもしれないけど」


フォンの体力は既に限界だったのか、ホリンがそう答えると抱きしめたままの姿勢で寝息を立て始めた

そんなフォンを再びベッドに寝かせてその様子を眺める


そんな時間が2時間ほど経過した時、遂にフォンは呼吸を止めた



ホリンは涙は流さなかった、それは自分の中に芽生えた初めての悲しみという感情に対する困惑の方が大きかったからだ


その証拠に、フォンが亡くなって3日もの間、ベッド脇の椅子に腰掛けたまま動くことが出来なかった


そして動き始めたと思えば、フォンを地下の農園へと運び、その遺体を地面に埋めた


ホリンは旅に出る

その身に纏うのはフォンが長年愛用し続けた黒に金の装飾が施されたローブ

目指すべきは空だ

フォン曰く、ここは世界の端から奈落へと落下する事でたどり着ける場所であるらしい

である以上、世界を見て回るには地上へと向かうのが最優先事項

フォンから空の飛び方は教わった、色んな種族についての知識も、危険が迫った時の戦う方法も

この物語はもう1人の主人公との出会いにより始まります


タイトルは仮のものなので変更の可能性はあります

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