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純情

 

(えっ、男?)


 半ば無意識のうちに、少しだけがっかりする。

 女の子じゃなかった。というか、下手したら今度こそ比良坂すずの彼氏かもしれない。

 『桃ちゃん』は名前のイメージに反してガタイが良く、全身が真っ黒に日焼けしていて、野球部にでも入っていそうな雄臭い爽やかさがあった。


「す、すず。良かった。オレ、すげー心配して……っ」


 身長が百九十近くあるだろう桃ちゃんは、こちらへ歩み寄るなり瞳を潤ませる。そうして床に(ひざまず)いたかと思うと、(ぼく)の右手をがっしりと両手で掴んだ。


「良かった。本っっ当に良かった。すずがこのままずっと目を覚まさなかったらオレ、もう生きていけないと思った」


 その言動から、ああ、これはもう間違いないと確信する。彼は(ぼく)の恋人だ。一女子高生である比良坂すずは、この爽やかでピュアな男子高校生と交際している。実に自然な光景である。


「すずがいないと、オレの()()は永遠に完成しない。オレの人生にはすずが必要なんだ。だからこれからもずっとオレのそばにいてくれ、すず!」


 ほぼプロポーズとも取れる大袈裟な発言の中で、(ぼく)の意識はある一点に引っかかる。


「……()()?」


 何それ、と聞き返すと、途端に桃ちゃんは「えっ」と真顔になる。


「すず。まさか忘れちまったのか? このオレの輝かしい未来の夢を」


「夢?」


 何それ、ともう一度聞くと、彼はあからさまにショックを受けた様子で、今度こそ大粒の涙をボロボロと零し始めた。


「そっ、そんな。記憶喪失になってるとは聞いてたけど、まさかオレとの約束を忘れちまうなんて……。そんなことってあるかよ!」


 どうやら記憶障害のことはすでに把握しているらしい。にしても、自分との思い出だけはピンポイントで覚えてくれているだろうと踏んでいたところを見ると、なかなかの自信家である。

 人目も(はばか)らず、ぐすぐすを鼻を鳴らす目の前の巨漢に、(ぼく)は段々と居た堪れなくなってきた。


「その、なんか、ごめん。多分だけど、キミは比良坂すずの彼氏ってことだよね?」


 もはや聞くまでもないと思ったが、一応確認はしておく。即座にイエスの返答があるものと考えていたが、しかし思いのほか、返ってきた反応は意外なものだった。


「彼氏?」


 はた、と涙を止める桃ちゃん。まるで寝耳に水とでもいうような顔で固まっている。


「あれ? もしかして違った?」


 まさか。ここまで距離感も近く、あたかも将来を約束しているかのような間柄で、まだ恋人未満だというのか。


「ふっ……」


 桃ちゃんはみるみる内に顔面を紅潮させ、


「不純だああぁ————ッ!!」


 生娘もびっくりの純情を振りかざして、全力でその場を走り去っていった。

 

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