表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/62

命の証明

 

          ◯



 美波はまだ死んでいない。

 少なくともまだ心臓は動いている。

 なのに、周りの誰もが彼女を『死んだ者』として扱っていた。


 脳の機能が完全に停止した場合、いくら延命措置を行っても患者は十日程度で死に至る。

 これがまだ『植物状態』であれば、脳の一部が動いており、意識が戻る可能性もゼロではない。

 けれど『脳死』は、脳が完全に沈黙し、体の働きを維持することができない。ここから回復した例は世界に一つとしてなく、その後の心停止をもってその人の死とするか、あるいは脳死判定によって死を判断するかのどちらかになる。


「おかしいよな……。心臓はまだ動いてるのに。美波はもう、ここにいないってことなのか?」


 彼女の親が病院(ここ)に到着するまでの間、俺は彼女のそばから離れなかった。

 離れたくなかった。

 彼女の心臓はもう、十日程度しかもたない。それを過ぎる頃には、この体だって火葬されて、骨しか残らないのだ。


 彼女の親が到着すれば、俺の父の口からは臓器提供の意思確認がなされる。患者が脳死した場合、早い段階で提供の意思が確認されれば、より多くの臓器を提供することができるのだ。

 もともと自らの臓器提供を望んでいた彼女は、すでに意思表示を済ませている。彼女の家族がどういう判断を下すのかはわからないが、本人の意思を尊重するなら、美波は脳死判定をもって死亡と診断され、臓器を摘出されることになるだろう。


「キミはこれを望んでいたのか? だから……わざと車道へ飛び出したのか?」


 俺が尋ねても、彼女は何も答えてはくれない。

 彼女がなぜこんな雨の日に外へ出たのか。一体どこへ行くつもりだったのか。なぜ視界の悪い中、車道へ飛び出したのか。

 これは不慮の事故だったのか。それとも彼女が自ら望んでやったことなのか。もしも彼女が自殺を図ったとしたなら、俺との花火大会の約束は何だったのか。

 俺は、彼女にとっての何だったのか?


「戻ってきてくれよ、美波。頼むから……」


 彼女の魂は、思いは、今どこにあるのだろう。

 人の魂はどこに宿るのだろう。

 脳か、心臓か。はたまた体の全ての細胞か。それとも……。



          ◯



 その日、病院に駆けつけたのは美波の母親だけだった。父親は仕事で海外におり、どうやっても今日中に帰国することは適わないという。

 数年ぶりに会った母親の顔は疲弊していて、以前見た時よりも何倍にも老けて見えた。病院からの連絡を受けた時点で泣いていたのか、すでに目元が赤く腫れている。

 日頃から娘とぶつかることの多かったらしい彼女だが、だからといって愛情がなかったわけではないのだろう。

 むしろ、その逆。

 普段から何度も口出ししていたということは、それだけ娘のことをいつも気にかけていたということだ。

 その証拠に、彼女は美波の顔を見るなり、その場に泣き崩れた。

 普段からあれだけ人目を気にしていたという彼女が。

 俺たちの前で、病院の真ん中で、まるで子どものように声を上げて、いつまでも泣き叫んでいた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ