表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/62

愛崎美波

 

          ◯



 愛崎美波は、『真面目』を絵に描いたような生徒だった。

 少なくとも、表向きはそうだった。品行方正、文武両道。遅刻をすることもなければ宿題を忘れることもない。さらには正義感に溢れ、クラスで揉め事があれば必ず仲裁に入る。教師やクラスメイトたちからの信頼も厚く、学級委員長を決める際には彼女を置いて他にないという程だった。


「そんな愛崎が鼻にピーナッツねぇ。これはとんでもない弱みを握っちゃったな」


「誰にも言わないって約束して。こんなことが周りに知れたら、学校で笑い者にされる。それに、もしこれがママの耳に入ったら……」


 愛崎はそう言って顔面蒼白になる。そこまで気にするくらいなら、最初から鼻にピーナッツなんか入れなきゃいいのにと思う。

 彼女はどうやら祖父母に連れられて病院(ここ)まで来たらしい。親は普段から仕事で遅くなることが多く、祖父母の家が近くにあることもあって、そちらに預けられることが多いのだとか。


「じーちゃんばーちゃんの前では調子に乗るタイプか? 気持ちはわからないでもないけど、本当に意外だったな。愛崎がそんなことをする奴だったなんて」


「別に……。誰にも見られてなければ、ちょっとぐらい羽目を外したっていいでしょ。学校ではずっと真面目な()()をするの、けっこう疲れるんだから」


 もはや隠すものもなくなったとばかりに、彼女は半ば開き直るように言った。その口ぶりからすると、普段の彼女の振る舞いは自然なものではなく、少し無理をして作っているものらしい。


「なんか、本性を現したって感じだな。せっかく学校では真面目なキャラを貫いてるのに、そんなにオープンに話していいのか?」


「井澤くんは不真面目だから、少しくらいこういう話をしてもいいかなって思っただけ。それに、井澤くんはあんまり学校にも来ないでしょ。友達もいないから、私のことを言いふらす心配もなさそうだし」


「って、おい。黙って聞いてれば好き勝手に言ってくれるじゃないか」


 俺が不真面目なのも、学校で友達がいないのも確かに事実だ。けれどそれにしたって、ここまではっきりと嫌味を言われる筋合いはない。


「悔しかったら学校に来なよ。それから勉強して、クラスメイトとも仲良くして、社会を学んでいかなきゃ。そうしないと大人になった時に苦労するよ」


 さすがは学級委員長だけあって、教科書みたいなことを言う。


「俺はそういうのはいいんだよ。どうせ勉強したって親が喜ぶわけでもないし。将来がどうとか、そういうのにも全く興味がないし」


 人には人の数だけ家庭の形がある。俺の場合は、どれだけ真面目に生きていたって、兄と比較されて親に嘆かれるだけだ。ならば最初から手を抜いて生きた方が、少しでも気がラクになるというものである。


「井澤くんはいいよね。そういうのが許される家でさ」


 これまた嫌味っぽいことを言いながら、彼女は丸椅子から立ち上がった。どうやら彼女の祖父母が諸々の手続きを終えたようで、部屋の端から手招きしている。

 井澤くんはいいよね——と言ったときの彼女は、わずかに顔を曇らせていたように見えた。まるで自分には自由がないとでも言いたげなその態度は、俺にとっては八つ当たりにしか思えない。


「おい、待てよ。俺にだって色々あるんだぞ」


 すかさず抗議しようとしたが、彼女はもはや聞く耳持たんとばかりに無言で離れていく。

 悔しかったら学校に来なよ、と、先ほど彼女が口にしていた言葉が脳裏で蘇る。こちらを振り返ろうともしない彼女の背中が、もう一度そう語っているように俺には見えた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ