表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/62

故郷

 

          ◯



 再び車に乗り込んで山の方を目指していると、目に飛び込んでくるもの全てが懐かしさで溢れていた。

 あの頃から何も変わらない氷張川。(ぼく)が生まれる前からあったショッピングモール。沈み橋。S字坂の途中に見える、低木で形作られた『さくらがおか』の文字。

 やがて坂を上り切ると、町の中心を通る主要道路の脇にはいくつもの店が並ぶ。


「凪。そこの信号、右に曲がってくれる?」


「ああ」


 (ぼく)がお願いすると、凪はハンドルを切る。この方角は、(ぼく)が通り慣れた道——おそらくは自宅への帰り道だ。

 十年前に住んでいた家が、この先にある。母校である小学校の脇を通り過ぎ、小さい頃に友達とかくれんぼをしたバスターミナルの手前を左へ曲がる。そして、


「そこの交差点を右に曲がって、すぐ左に入って。それから……」


 細かい道順が、自転車の感覚と共に蘇る。住宅街の細い道をジグザグに曲がっていく。

 そうだ。この先に、(ぼく)の帰る家がある。


「凪、停まって!」


 (ぼく)の一声で、車は停止した。

 進行方向の、右手側。舗装された坂道に沿って並ぶ家々の中に、その場所はあった。けれど、


「あれ……?」


 十年前に(ぼく)の住んでいた家があったはずのその場所は、すでに空き地になっていた。雑草が生え放題になっていて、おそらくここ数年はこのままの状態だったのだろうと思われる。


「あれー? 空き地じゃん。ここに昔何かあったの?」


 後部座席から沙耶の声が飛んでくる。(ぼく)はまるで狐につままれたような心持ちで、目の前の何もない空間を見つめていた。


「そんな。どうして……。ここに(ぼく)の家があったはずなのに」


「キミの家族なら、キミが亡くなった後にここを引っ越していったよ」


 凪が言って、思わず(ぼく)は彼を見る。


「そうなの? 今はどこに」


「さすがにそこまでは調べてないな。捜そうと思えば手がないわけじゃないが、キミは会いたいのか?」


「……いや」


 今さら会ったところで、どうなるというのだろう。

 今の(ぼく)は記憶を取り戻しつつあるとはいえ、体は比良坂すずのものなのだ。こんな状態で会いにいったところで、きっと相手を困らせてしまうだけだろう。

 それに、


(なんだか、会うのが怖い……ような)


 できることなら、両親とは顔を合わせたくない——そんな気がしてくる。


「ふーん。ここにあんたの住んでた家があったってこと? せめて家だけでも残ってたら、何か思い出せたかもしれないのにね」


 沙耶の声を耳にしながら、(ぼく)はなんとか記憶を掘り起こす。

 この場所に建てられていた、二階建ての一軒家。壁は白く、屋根は黒っぽい灰色。そして、門柱に掲げられていた表札は、


「……『愛崎(あいざき)』」


 その名を口にした瞬間、ハンドルを握っていた凪の指がぴくりと反応した。


「あいざき? 何それ。もしかして、あんたの苗字?」


 沙耶に聞かれて、(ぼく)は曖昧に首を傾げる。

 記憶の中にある家の表札には、確かに『愛崎』という文字がある。

 けれど、十年前の凪は(ぼく)のことを『みなみ』と呼んでいたはずだ。


(どういうことだ?)


 何かが引っ掛かる。違和感とともに何か、不安のような、嫌な予感のようなものが胸に広がる。


「みなみ」


 隣から、凪が実際にこちらの名を呼ぶ。記憶の中の声よりもずっと低い、大人になった彼の声。


「もう一度聞くが……キミは全てを思い出したら後悔するかもしれない。それでも真実を知りたいのか?」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ