令嬢、逃げる
「何、クラブ活動に参加したい?」
「はい、読書愛好会に参加したいのですが、よろしいでしょうか?」
カルダニア王室でのお茶会の翌日、私は父上にそう切り出したのだった。
「それは一向に構わないのだが……いきなりどうしたんだい、メイベル」
「そ、その……奉仕活動で一緒になる友人からお話を聞いて、面白そうだなと思いまして」
ぎくりとしつつも、私はなるべく平静を装って父上に参加したい理由を説明し始めた。
ハリーストやカルダニアでは身分にかかわらず、趣味を同じくする者同士の活動団体、いわゆるクラブ活動に参加することができる。その中で私は、貴族の令嬢や令息が多数所属する会に加入しようと思ったのだ。
理由としては、エドヴァルド以外の‘‘男友達’’を作るためだ。身分差からしても彼と結婚することはまずあり得ないので、将来の結婚相手候補も探さねばならないのだ。今回は、それが目的でもある。
男女が友人となった場合、半年間は会うための誘いは交互に行うというルールが存在する。つまり、今は私がエドヴァルドにお誘いをする番となっている。
……が、しかし。私はエドヴァルドにお誘いの手紙を書いていない。これからも、書くつもりはなかった。
お茶会では何も起きなかったものの、今後エドヴァルドが私に何らかの仕返しをすることは確実だ。だから、彼とはなるべく距離を取りたかったのだ。
大国の王太子ともなれば、女友達は私以外にもたくさんいるはずだ。そのため、私は彼との仲は自然消滅を狙うことにしたのである。
とはいえ、これはとんでもなく卑怯な手口でもある。なぜなら、私はエドヴァルドに謝ることなく逃げようとしているのだから。そう考えると、胸が痛むのも事実だ。
しかし。彼が私の前世での裏切りをどこまで根に持っているか分からない以上、こちらから蒸し返して謝罪する勇気も持てないでいた。
そして考えに考えた結果が、とりあえず距離をとるという‘‘一旦保留’’である訳だ。
エドヴァルドから逃げつつも、将来の結婚相手探しをする。そのために選んだ手段が、クラブ活動への参加であった。
「私、今まで教会での奉仕活動しか参加して来なかったので、この前の夜会でも上手くお話しできませんでしたの。だから、色んな人とお話しする練習もしたいのです」
「……ふむ、なるほどな。分かった、やってみなさい」
「ありがとう、お父様!」
そう言って、父上は読書愛好会への加入申込書にサインしてくれたのだった。
「そうか、メイベルもクラブ活動に参加するような年頃になったか」
私に申込書を手渡しながら、父上はしみじみとした口調で言った。
「参加していた頃を思い出すと、何だか懐かしいな。彼……オルダー宰相閣下とも、クラブ活動で仲良くなったんだ」
父上は、公爵であると共に植物学者でもある。宰相閣下も学者の一面を持つ勉強熱心な性格であり、若き日の二人はすぐに意気投合したらしい。
「せっかくの機会だ、気軽に楽しんで来なさい」
いつも父上と母上は、私の意思を尊重してくれていた。何かを強要されることは一度もなく、それは他のきょうだいたちも同じであった。
彼らのためにも、この平穏を守っていきたい。そう思いながら、私は父上の書斎をあとにしたのだった。
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「まあ、天体観測がご趣味ですの? 実は私も星空を見るのが好きですの」
「おや、そうでしたか。それは奇遇ですね」
数日後。初めて参加する舞踏会で、私は子爵令息であるヒュームと歓談していた。彼とは読書愛好会で知り合い、ばったり居合わせたのである。
読書愛好会は、奉仕活動でよく一緒になる友達が何人も参加しており、初対面の子たちも優しい子ばかりなので、私はすぐに馴染むことができたのだった。
ちなみに、クラブ活動には他にも紅茶愛好会やドレス愛好会など様々なものがある。しかし、中には令嬢たちが熾烈なマウンティングを繰り広げているような会もある。前世の私ならばそこに飛び込んでいただろうが、今の私には読書愛好会のような穏やかな空間で十分であった。
読書愛好会は、毎回五人のグループになって最近読んだ本の内容と感想を共有し合うものだ。そしてヒュームは、先日同じグループの隣の席になったのだった。
彼はやや口下手ではあるものの、物腰が柔らかく、優しい性格が顔にもよく表れている。もしかすると、私は優しそうな人がタイプなのかもしれない。
「ところでヒューム様は、今宵踊るお相手はお決まりでいらっしゃるのかしら?」
ハリーストでの舞踏会は、まずは雑談から始まる。その後、双方が同意したらダンスが始まるのだ。ちなみに、誘うのは男女どちらからでも良いというルールだ。
「恥ずかしながら、まだ決まっておりません」
「ふふ、だったら、よろしければご一緒して下さらない?」
「え、え、でも……私など、身分不相応では……」
舞踏会では、最初は身分の高い者をパートナーとして踊るものだ。なので、私も公爵令息など高い身分の相手と踊ったあと、数曲目でヒュームと踊るべきなのだろう。
しかし、それは原則であり絶対ではない。照れながら慌てる彼に、私はにこやかに微笑みかけた。
「ふふ、全く不相応ではありませんわ、だからお気になさらないで」
「そ、それでは……」
「随分、楽しそうでいらっしゃいますね」
私がヒュームの手を取ろうとした、まさにその時。横から聞き覚えのある声が、聞こえてきたのだった。
まさか、と思って顔を向けると、そこにはエドヴァルドが立っていた。
「ぜひ、私も会話に混ぜてはいただけませんか?」