令嬢、対峙する
エドヴァルドと嬉しそうに話すルナーティカ。そんな二人の姿を、ただ遠目で見るだけしかできない私。彼女が笑うたび、心の中がざわついて仕方がない。しかし私は、ただ三十分が過ぎるのを待つしかないのだ。
扇子で隠しつつも、こっそりと手に持った懐中時計に視線を落とす。頭の中では、先日のグロウとのやり取りを思い出していた。
グロウは私に、魔力があると言った。そしてその後、彼は力について様々なことを教えてくれたのだった。
魔力とは先天的な力であるが、力を有していたとしても発現する時期は人によって異なる。一般的には、激しい感情を抱いたことが、発現のきっかけになることが多いらしい。
激しい感情。それはルナーティカへの怒りと嫉妬であることは明白だった。
『魔力の発現は、卵を割ることにも喩えられます。魔力という中身を取り出すには、まず殻を割らねばならないのです』
魔力は良くも悪くも使える、変幻自在なものだという。とはいえ、自分の思うように力を使える者は極わずか。力を使いこなすとは、狂犬を手懐けるようなことだと彼は言った。
『なので、魔力は使うものというよりも、抑え込むものと考えた方が良いかもしれません。こちらをよろしければ、お使いください』
帰り際、グロウは私に耳飾りを手渡した。それは一見ただの金製のイヤリングだが、魔法石が埋め込まれているものであり、力をある程度抑制できるものなのだという。そして今宵の夜会でも、耳に着けてきたのだった。
イヤリングはダイヤ型のパーツが横に三つ並んでおり、歩くたびに揺れ、時折ぶつかり合って音を立てる。ウィンドチャイムのような音色は、聞いているだけで気持ちを落ち着かせてくれていた。
ちょうどその時、懐中時計の秒針が十二を指した。顔を上げると、エドヴァルドがルナーティカとの歓談を終える挨拶をしているところであった。
そして目が合った瞬間、彼は早足で私の元へとやって来たのだった。
「お待たせしました、メイベル様」
エドヴァルドはそう言って、爽やかな笑顔を向けてきたのだった。
「……秒単位でぴったりでしたわよ。びっくりしましたわ」
「実は事前に、三十分ぐらいで終わるような会話の話題を毎回考えておりまして……あとは、三十分を体内時計で測れるように身体に叩き込みました」
そう言ってから、彼はバルコニーの方へと視線を向けた。
「よろしければ、少し落ち着いたところでお話ししませんか?」
「ええ、喜んで」
私たちは、バルコニーへと向かったのだった。
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今宵は風もなく、星の明るい穏やかな夜であった。そしてバルコニーは、広間の賑やかな声が遠くに聞こえるだけの静かな空間となっていた。
「お土産の口紅、お気に召したようで何よりです」
そう言って、エドヴァルドは私の片頬に手を添えた。
彼は視察のお土産として、口紅をくれたのだった。それは塗ったあと、 色がだんだんと変わっていくという珍しい代物であった。塗った直後は薄ピンクだが、時間が経つと濃い赤色へと変貌していくのだ。
「ええ、とても気に入っております。素敵なお色なので、似合っていると嬉しいのですが」
「もちろん。ルビーのような赤色が、とってもお似合いでございます。赤は、今もお好きですか?」
「……はい」
アルビナであった時。私は赤色の瞳であったため、赤はよく身にまとっていた色だ。しかしアルビナという存在から距離を置きたいと考えていたので、メイベルとなってからは赤も無意識に避けていたのだった。
しかし、メイベルという存在から離れたいと思っている今、赤は親しみを感じる色となっていた。
正直、まだグロウの言葉を信じたくない自分がいる。彼には申し訳ないが、自分のことをまだ得体の知れない化け物だとは認めたくなかったのだ。
それに魔力を持つという根拠は、ガラスが大量に割れたこと、グロウの手を触れて温かかったことの二つだけだ。どちらも偶然であって欲しいと願っている自分がいた。
「でしたら、婚約指輪はルビーも良いかもしれませんね」
エドヴァルドの言葉には、変わらぬ優しさが滲んでいた。ルナーティカが現れてからも、彼は変わらず私を愛してくれているのだ。
「きっとどんな指輪でもお似合いになると思いますが」
いとおしむように、彼は私と手を繋いだ。手袋を外しているので、人肌の温もりがじわりと伝わってくる。
だが、グロウと手を触れ合わせた時のような、明確な‘‘熱’’は感じられなかったのだった。やはり、エドヴァルドと私は似たもの同士ではないのだろうか。
しかし。
たとえ自らが化け物であったとしても、彼を大切にしたいということは変わらぬことだ。不安を振り切るように、私は手をそっと握り返した。
すると、広間とバルコニーを隔てるガラス扉が開く音がした。二人して振り向くと、やって来たのはエドヴァルドが連れていた執事であった。
「殿下、お話し中失礼します。先程オルデランタの宰相閣下がいらっしゃいまして、ご挨拶をしたいとのことです」
「ああ分かった、すぐ行く。メイベル様、少しお待ちいただけますか? すぐ戻りますので」
「ふふ、どうぞお気遣いなく」
手繋ぎを解き、私はエドヴァルドを見送った。その後ろ姿は、いつになく頼もしいものに見えた。
それからメイドを呼び、私は赤ワインを頼んだ。久しぶりに飲みたい気分だったのである。そしてバルコニーから庭園を眺めながらワインを飲んでいると、後ろから足音が聞こえてきたのだった。
「あら、赤ワインを飲んでらっしゃるの?」
「!?」
可愛らしい声を聞き、私はおそるおそる振り向いた。
「せっかくだから、私も飲んでみようかしら」
そう言って、ルナーティカは笑みを浮かべたのだった。




